第三四話:「とっておきのがね」
まず先手を取ったのは王女の方。
杖の先に幾つかの水球を生み出すと、一直線にそれを撃ち込む。
彼女はそれを紙一重で躱すと、一息で王女の元まで迫る。
右手に、順手で握った小刀を構えながら突進し、そのまま振り抜く。
その行動を予測はしていたのか、ギリギリで反応し、杖で一撃を弾く。
一瞬の交差の後、彼女は王女の横を走り抜ける。
その動作につられ、王女が後ろを振り向いた所で———、飛んでくる刃が二本。
「……ッ!」
咄嗟の反射で振るった杖にそれが当たったのは、偶然と呼んでいいだろう。
何とか対応した王女が前を見ると、身体をこちら側に反転させた彼女が地面に着地する所だった。
王女は即座に第二撃の用意をする。
(あんなに速く動かれちゃ、単発じゃ捉え切れないわね)
そう考えた王女は、今度は躱されないように、自分と彼女の間に三メートル程の高さの壁を作り、その大量の水で押し流す。
彼女は先程のように紙一重で避ける事も出来ない為、横に跳んで回避する。
が、回避した先で彼女は、爆発を受けたかのように吹っ飛ぶ。
(クッ、何が……!)
混乱するが、立ち止まって考えている暇はない。
衝撃に逆らわず、王女との距離を更に離すと、神殿を囲っている柱の一本に飛び上がる。
直後に、彼女が足を付いていた地面が何かに抉られる。
「……風、か。二属性使いとは珍しい」
「正解。でも分かった所で、関係無いわよっ!」
ヒュン、という音が響く。
その音に反応し身を捻るが、躱し切れずに、腕を切り裂かれる。
「不可視の攻撃、躱せる物なら躱してみなさい」
身を捻った事で体勢が崩れ、重心が柱から外れる。
それに合わせるかのように、数個の水球が再び彼女を襲う。
このまま柱の上で無様に足掻いても、攻撃が当たるだけなのは明白だ。
(ならば……!)
落ちる身体を堪えるのではなく、むしろ重力落下に身を任せる。
そしてそのまま、柱を駆け下りて行く。
(そんな、無茶苦茶な……っ!)
一発も食らう事無く地面に降り立つと、勢いを殺さず駆け抜ける。
しかし、王女に向かっていった訳ではない。
むしろ逆に、神殿内を縦横無尽に駆け回り始めた。
その速さはどんどんと加速していき、身体能力的には一般人と変わらない王女の眼では、追うので精一杯な程だ。
(これじゃ捉え切れない!)
時折水や風を操って攻撃を当てようとするものの、一度として彼女が受ける事は無い。
そして、そのお返しとばかりに飛んでくる幾つもの刃。
その全てが正確に王女の身体を狙ってくる。
王女は段々と捌き切る事が出来なくなり、刃が腕や頬をかすめるようになる。
(このままじゃジリ貧だわ。仕方無い、あんまりやりたくなかったけど……)
王女は意識を集中させる。
その間も彼女は、柱から柱へと飛び回り、物陰から上から背後から、王女を狙ってくる。
王女の周囲の地面には、既に何本もの短剣が刺さっている。
そして彼女が柱から飛び降り、地面に着地する直前で、
(今だっ!)
地面に突き刺さっていた短剣の一つに、思いっきり杖を叩き付ける。
短剣は深々と食い込み、そこを起点として地面に亀裂が生じた。
亀裂は一気に広がり、地面を崩壊させながら彼女を襲う。
「な……っ!」
体勢を立て直している暇は無い。
バランスも何も無いでたらめな動きで、間一髪上空へ逃れる。
が。
「そんな体勢でおまけに空中じゃ、身動きも何も無いわよね」
そう言って王女は、今までの数倍はある大きさの水を造り出す。
(獲った!)
しかし。
それが彼女に当たる事は無かった。
何故なら、彼女の身体は———、宙に停止していたからだ。
水の塊は彼女の横を通り過ぎ、後ろの柱の上部に当たり消し飛ばす。
だが、彼女にダメージは通っていない。
「何それ……。あり得ない……」
「『あり得ない』?」
地上から一メートル程浮いた所で、彼女は王女の言葉を反復する。
「貴様の眼は節穴か? 自分の周りを、よく目を凝らして見てみると良い」
言われた通り、王女は辺りを見渡してみる。
すると、所々キラキラと光に反射する物が見えた。
それは。
「……糸?」
「只の糸ではない。兄様特製の、強化鋼糸だ。ちょっとやそっとの事では切れはせん」
糸は神殿中を通っており、彼女の身体にも何重と巻き付いている。
「あまり動かない方が良い。既に糸は張り詰めている。下手に動けば肉が断たれるぞ」
言うまでもなく王女は動かない。
否、動けない。
肉が断たれる云々以前に、幾重にも巻かれた鋼糸が王女の動きを阻害しているのだ。
少し力を入れるだけで、その綺麗な肌は血に染まるだろう。
「辺りを動き回ってたのも、これを仕掛ける為って訳?」
「更に言うなら、貴様に投げつけた刃物の類も、糸を身体に巻き付かせる為だ」
王女は、フゥ、と息を吐く。
確かに戦略では彼女に敵わなかった。
けれどまだ、負けてはいない。
まだ、終わっていない。
「何が可笑しい?」
口元に笑みを浮かべた王女をみて、彼女は訝しげな顔をする。
「別に何も可笑しくはないわ。素直に感心してるのよ」
「……?」
「これじゃあ、私とアナタの実力差は歴然。それは確かにそう。でも、付け入る隙はあるでしょう?」
「何を言いたいか、理解に苦しむな」
彼女はわざとらしく溜息を吐くと言葉を続ける。
「この状況で、逆転の一手があるとでも言うのか?」
「えぇ、勿論。とっておきのがね」
「何をする気か知らんが、今の貴様に出来る事など、せいぜい喋る事しか無いだろう」
「喋らなくても、魔法は使えるわよ」
「……フン、魔法か。だが言っておくが、その杖にも鋼糸は巻き付いている。そんな状態では、私に狙いをつける事は難しいだろう」
「……」
「それに、もし仮にそれが出来たとして、水や風程度どうとでもなる」
ハァ、と王女は再び息を吐く。
ただしそれは、決して諦めの気持ちなどではない。
仕切り直しの合図、反撃の第一歩だ。
「アナタの言う通り、それらじゃどうにもならないでしょう。でも……、これならどうかしら?」
ボゥッ、という音と共に、彼女の杖の先に火が灯る。
「……! 貴様、二属性ではなく三属性か」
「えぇ。奥の手は最後まで隠しておくものよ」
「だが、そう易々と燃え尽きる程、柔な物ではないぞ」
「やってみなきゃ分からないでしょ」
「下らん」
彼女はクイッと、オーケストラの指揮者がタクトを振るかのような動作を見せる。
途端に、身体に巻き付いていた糸は王女を締め上げる。
「痛……っ!」
「早く負けを認めろ。私とて、好きでこのような事をやりたくはない」
「……誰が!」
痛みをこらえながら、息も絶え絶えに王女は言葉を紡ぐ。
「別に、燃やし尽くす必要は、無いわよ。それが出来れば、最善なんでしょうけど、そこまで上手く、事が運ぶとは、私も思ってないわ」
「ならば、どうする気だ?」
「簡単よ。この糸は、アナタ自身の手で張った。なら、経路はどうあれ、最終的には、アナタの手元に辿り着く事に、なるでしょ」
彼女が意味を理解すると同時、杖に巻き付いていた糸に炎が燃え移った。
炎は、てんでバラバラにあらぬ方向を経由しながら彼女の方へ、正確には彼女の指先に向かって走っていく。
「……っ!」
ぞくり、と。
彼女の全身を悪寒が駆け巡る。
即座に糸を指から離す。
支点を失った事で糸は緩み、彼女の足場は崩れ王女を拘束していた物は無くなる。
(行ける!)
杖を構え直すと、火球と、それより一回り大きい水球を生み出し彼女に放つ。
それは彼女に当たる———直前で、互いにぶつかり合った。
そして発生したのは、
(水蒸気……!)
気化した水蒸気は常温の空気に触れ、白へと色を変えていく。
(これで目くらましくらいにはなるはず。一旦引いて体勢を立て直し……)
しかし、王女はそこで考え直す。
(……じゃない! それじゃ最初に戻るだけ。なら、ここで仕掛ける!)
杖を握り直すと、彼女がいるであろう場所へと走る。
ぼんやりと煙に映る影に向けて、渾身の力を込めて炎を叩き付ける。
放たれたそれは煙を払い、地面を削る。
しかし、そこに彼女の姿は無かった。
(いない!? 一体どこに———)
王女が辺りを見渡……そうとした瞬間、首元に冷たく尖った刃が突きつけられた。
「惜しかったな」
背後からそう声をかけられる。
「目くらましのアイデア自体は悪くない。だがそこで、すぐにでもあの場から離れなかったのが貴様の失態だ」
「……ハァ」
王女は三度息を吐く。
それは今度こそ本当に、諦めの溜息だった。
そして王女は言う。
「参った。私の負けよ」
それは、はっきりとした敗北宣言だった。
分かりにくかったかもしれませんが、今回は三人称視点です。
これからも度々こういう形式が出てくるかもしれませんので、あしからず。




