第三二話:「答えなくて良いんですか?」
マスターが姿を消してから約三〇分後。
そろそろ退屈にも拍車がかかってきた所で、ギルドの扉が開く音が聞こえた。
その音に反応して振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
「どちら様ですか?」
女性は所謂メイド服(ミニじゃないよ、ロングだよ)を着ており、見た目はどこからどうみても侍女然としている。
感情表現の乏しそうな表情と口調で、彼女は静かに言った。
「王宮の使いの者です。お迎えに上がりました」
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お互いの挨拶もそこそこに、僕らは王宮へと向かっていた。
「彼女を見た事はありますか?」
僕は小声で、隣を行く王女に声をかける。
「無いわ。でも、使用人なんて大抵皆同じ格好をしてるし、どこかで見かけた事はあるかもね」
「いいえ、ございません」
前を行く彼女からの、予期せぬ返答が来る。
ギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量だったはずだけど。
まぁ、この人も王宮に勤めてるんだから、それなりに腕は立つのかな。特に興味は無いけれど。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。
「私は一介の使用人故、貴女方のような身分の方々と関わる事は殆どありません。それでなくとも、私の担当は第一王女様ですので」
彼女の口から『第一王女』という単語が出た瞬間、王女の顔色が変わったような気がした。
「……ねぇ、お姉さまの様子はどうなの? 大丈夫なの?」
「以前とお変わりありません」
言葉だけ見れば好意的に取れなくもないのだが、彼女の平淡な口調と、それに混じるほんの僅かな寂しさのような物を感じ取った僕には、どうやっても良い意味には取る事が出来なかった。
案の定、王女の彼女に対する反応は、芳しい物ではなかった。
「……そう」
小さく呟かれたその言葉は、既に何かを諦めたようなその言葉は、風に紛れて消えて行った。
「到着されました」
ピタリと足を止め、彼女は言う。
それと同時に、巨大な扉がゆっくりと開き出した。
扉が開放され、動きが完全に止まった所で彼女は再び歩き出す。
僕らもそれに続いて行く。
王宮の中は相変わらず、豪華絢爛を絵に描いたような仰々しさだった。
この前の事で少しは懲りて自重するかと思ったが、やはり人間、本質まではそうそう変わる物では無いらしい。
ま、どうだっていいけどね。
それよりも、僕にとっては大変不快な出来事がある。
それは何かと言うと———、出会う人出会う人が、ことごとく僕に視線を向けてくるのだ。
悪意だったり好奇心だったり奇異の眼だったり、こもっている感情は様々だけど、皆一様に僕を捉えてくるのだから、気になってしょうがない。目立つのは好きじゃないんだってば。
え? 今までの自分の行動を振り返ってから言えって?
「あぁ、そういえば……」
彼女が足を止め、僕を振り返る。
「国王に挨拶はされていきますか? よろしければご案内いたしますが」
それを僕に聞くか。
僕がしでかした事ぐらい、彼女の耳にも届いているはずだけど。
……あぁ、なるほど。そうかそうか、考えてみれば当たり前の事だ。
彼女は僕に聞いたのではなく、僕の隣にいる王女に聞いたのだ。
なら僕が答える必要は無いな。
……。
………。
…………。
……何で誰も喋らない。
「答えなくて良いんですか?」
「何で私が?」
小声で尋ねる僕に、王女は不思議そうな顔で聞き返す。
「今聞かれたのはアナタでしょ?」
え、やっぱり僕なの?
黙ったままの彼女を恐る恐る見ると、バッチリ僕と目線が合った。
うん、僕ですね、はい。
「いえ、遠慮しておきます」
「そうですか」
気分を害した様子も無く、彼女は歩みを再開した。
敬語率、一人称の『私』率が上昇して来ましたが、まぁ何とかなるでしょう。
ちなみに『私』の読み方は『わたし』でも『わたくし』でもどちらでもOKです。