第二三話:「僕は関係無いでしょう」
「―――という訳で、改めましてご挨拶を」
テーブルを挟んで、僕は彼らと向かい合う。王女は、僕の横に座っている。
二人のうち、男の方が口を開く。
「辺境の土地で、しがない暗殺稼業を営ませてもらってます。あ、こっちは俺の妹っス」
ペコリ、と女性の方が頭を下げる。
つられて僕も同じ動作をする。
隣の彼女に、動く気配はみられない。
何やら不機嫌そうだ。
「まぁそれでですね……。回りくどいのは苦手なんで、単刀直入に言わせてもらっていいっすか?」
「えぇ、何か?」
「実は、妹の事で相談が……。いえ、もちろん分かってます。さっき会ったばっかの得体の知れない奴の言う事なんか、聞く気も起きないっスよね」
苦手と言っておきながら、充分回りくどいじゃないか。
というか、嫌な予感しかしないな。
「構いませんよ。どうぞ仰って下さい」
僕がそう促すと、彼は恐る恐るといった風で話し始めた。
「その、ですね、妹がどうやら、惚れちまったようでして……」
「良いじゃないですか。お年頃のようですし、お兄さんとしては心配かもしれませんが、見守ってあげましょうよ」
僕がそう言うと、彼は少し複雑そうな顔をして、
「そういう事じゃないんですけどね……」
と、小さく呟いた。
僕は、それに気付かない振りをして、再び尋ねる。
「それで、どうして僕にそれを言うんですか? 僕は関係無いでしょう」
後半の部分を強調しながら言うと、彼は言いにくそうにしながら答えた。
「えぇっと、ですね……。その惚れた対象というのが、あなたでして……」
「ごめんなさい」
間髪入れずに即答する。
「えぇえぇ、そうですよね。いきなりこんな事言われても戸惑うっスよね、分かります。勿論こちらとしては無理にとは言いません。ですが、俺も妹の気持ちは最大限尊重してやりたいんです。どうしてもと言うなら俺からも言いますが、どうか前向きに考えて―――って、えぇっ!?」
面倒くさいな……。
「も、もう少し考えてくれても良いじゃないっスか」
「嫌ですよ。どう考えても、いい方向に転がりそうにないでしょ」
早いうちに断っておかないと、また結局なあなあになってしまうので、僕は話を畳み掛ける。
「大体、あなた達はさっきの王様に仕えてるんじゃないんですか?」
「えぇまぁそうなんですが、一応、俺たちの間にも掟みたいなモンがありましてね。説明すると長くなるんで、要点だけ纏めますと、『惚れた相手にとことん尽くせ。金だ何だは二の次だ』っつー事でして」
「なるほど。つまり、金で雇われているあっちよりも、自分が惚れた対象である僕の方が優先順位が高いと、そういう事ですか」
「まぁ、言っちまえばそういう事っス」
と、今まで黙っていた女性の方が口を開いた。
「我が主」
「とりあえず僕はまだ主にはなってないですけど、何ですか?」
「私は、雨の日も風邪の日も、健やかなる時も病める時も、目の前にどんな困難が立ちはだかろうとも、誠心誠意、我が主に尽くす所存です」
結婚式の誓いの儀ですか。
「我が主が『殺せ』と命じれば誰でも殺しましょう。我が主が『死ね』と命じれば、今すぐにでもこの首を差し出しましょう。私は、我が主の傍にいられれば、それで幸せなのです」
重い! 愛が重い!
とてもじゃないけど、受け止めきれる自信がないよ!
「我が主の傍にいられるのならば、私は何も求めません。何も望みません。捨て駒のようにぞんざいに扱い、家畜のように無礼に扱い、奴隷のように使い潰して、ボロ雑巾のように使い捨てて下されば、私はそれで満たされるのです。私は―――」
「わ、分かった、分かりました! 分かりましたから、一旦落ち着いて下さい!」
慌てて彼女を静止させる。
放っておくと、永久に語り続けそうだから怖い。
「お話はとりあえず分かりましたし、あなたの気持ちも充分理解しました」
ですが、と言って、一旦言葉を切ると、
「こちらにも色々事情があります。なので、少し考える時間をください」
と言って、返事を延ばしておく。
「待つとはどれくらいでしょう? 三年までなら待つ用意はありますが」
「そんな待たなくていいですから。明日の同じ時間に、またここに来て下さい。それと、お兄さん」
「ん? 俺っスか?」
「この後ちょっとお時間いいですか? 話し合いたい事があるので」
「あぁ、全然大丈夫っスよ」
「兄様。我が主に手を出したりしたら、殺しますよ」
「い、いや、出さねえから」
そう言って目を逸らす。
……念のため、気をつけておこう。
「付き合わせてしまって悪かったですね。あなたも帰っていいですよ」
隣でずっと黙っていた彼女に声をかける。
すると彼女は、いきなり立ち上がって、彼に杖を向け言い放った。
「師匠に何かあるといけないから、私も同伴させてもらうわ。文句はないわね?」
言った後、視線を一瞬こちらに向ける。
……何だったんだろうか?
「僕はどちらでも良いですが、どうしますか?」
「……まぁ、俺も別に構いませんけど」
「じゃあ決まりね」
そう言うと彼女は、再びどっかと椅子に座り込んだ。
「では、私はこれで失礼させていただきます、我が主」
彼女は、そう言い残してギルドを去っていった。
「んじゃあ始めましょうか。何ですか、話したい事って?」
「……予想はついてると思いますけど、妹さんの事です」
「……やっぱりっスか。それで、何から聞きたいですか?」




