第閑話:「小さい言うな!」
私の父親……いや、父親と呼ぶのはよそう。
あの人———王は、最低の人間だ。
人を人とも思わぬ無能。
学業も政治も軍事の才も、何一つ持っていない。
それなのに、王としての威厳は充分以上に持っている。
逆に言えば、先代から受け継いだのはそれだけだ。
言うのが遅れたが、この国では血筋が全てだ。
よっぽどの事を為さない限り、身分が変わる事は無い。いっそ清々しい程のカースト制度だ。
平民の子は平民。貴族の子は貴族。そして、王族の子は王族。
その人の人生は、生まれた瞬間に全て決まると言っても過言ではない。
だから、この国の長い歴史の中で、賢明な王、無学な王が出るのは、当然と言えば当然だ。
そして、歴史に残るのはいつも、賢明な王。
今代の王は、間違いなく後者。歴史に名を残す事はまず無い。
平民達だって、そんな事は薄々理解している。
だから、今代の王には何も期待していない。
とは言え別に、私はその事であの人を責めるつもりは無い。
誰にだって向き不向きはある物だ。
あの人には、王の資質は無かったというだけの話だ。
では何故私が、あの人を最低だと断ずるのか。
簡単な事だ。
あの人には、王である以前に、親である資格が無い。親である自覚が無い。
あの人は私の事を———私に限らず、他の兄弟姉妹や、自分の妻でさえも———ただの一度も、名前で呼んだ事が無い。
私を呼ぶ時には、『お前』か『第三王女』。その二択だ。
他の人たちも、似たような物だろう。
恐らくあの人は、自分以外の全ての人を、自分に奉仕するための存在としか、見ていないのだろう。
私は、その数多いる有象無象の、ほんの一欠片でしかないという事だ。
そのくせ、私が平民達と関わりを持とうとすれば、一丁前に危機感を持つ。
心配せずとも、その内勝手に潰れてくれるのだから。
……とまぁ、長々と語ってしまった訳だが、私が言いたいのはそういう事ではない。
遠からずこの国は、いずれ滅びるだろう。
その時に備え、私は力が欲しいのだ。
自分だけでも、生にしがみつけるように。
それに見合うだけの努力はしてきたはずだ。
私の事を、自分勝手だと思う人もいると思う。
だが、この国ではそれが正常なのだ。
正常だと思う事それ自体が異常。そんな事は分かっている。
分かっていても、どうしようもないのだ。
他の兄弟達の事は知らない。興味も無い。
大半が、王族というぬるま湯に浸かりきって腐りきった愚か者達だ。助ける義理は無い。
私を含めた、それなりに危機感を持っている数名は、それぞれ各自で手を打っている。
だから、心配するような事は……。いや、何でもない。
とにかく、そういう訳だから、私は力を欲しているのだ。
街を出て、魔物退治に勤しんでいるのもそれが理由だ。
そして今日、私は彼女に出会った。
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彼女を見て、私は一目で確信した。
そして思った。
彼女を手駒に出来れば、自分はどれだけの力を手に入れられるだろう、と。
そうすれば……。
だから私はすぐに動いた。
まずは印象付け。
そのつもりだった。
けれど、私のそんな考えは、一瞬で吹き飛ばされてしまった。
自分の見立てが間違っていた事を思い知らされる。
気付けば私は、彼女に弟子入りを求めていた。
彼女を師匠とするにあたり、いくつかの障害があった。
その最たる物が、あの人だ。
あの人は必ず何かを仕掛けてくる。
そしてその読みは、ある意味では当たり、ある意味では外れた。
あの人は、私の予想を遥かに超えた難題を、彼女に課した。
それがあの二人。
あの二人は、あの人の護衛の中でも、特に優れている。
何でも、彼らは人族領の中でも辺境中の辺境に拠を構えている、一流の暗殺一族だそうだ。
彼らが動く理由は二つ。
金か、力か。
金を積まれれば誰でも殺すし、力ある者には己の命を懸けて付き従う。
あの人は当然前者。
とは言え、あの一族が力で誰かに従っている所など、誰も見た事が無い。
彼らが本気になれば、高々一族数十人で、一国を落とせるという噂もあるくらいだ。
だからそれは、都市伝説程度の扱いだった。
それなのに———、いや、まずは順を追って話そう。
とにかく、人界最高峰の暗殺者達を一瞬で黙らせたその技量には、流石の私も舌を巻いた。
かと思えば、あの人に対して刃を向けての説得。
つくづく、彼女が怪物だという事に、遅ればせながら私は気付いた訳だ。
そして、周りの世界が止まっているのにも構わず、彼女は悠然と王宮を出て行った。
一体どれだけ、時間が経過しただろうか。
ふと我に返れば、周囲には次第に喧騒が戻っていく所だった。
何やら混沌とした状況になっていたが、それに構っている暇はない。
最低限の礼儀として、あの人に一礼をすると、私は王宮を出て、その足でギルドへ向かった。
その時の私は、気付くべきだった。
あの風景の中に、足りない者があった事を。
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ギルドに着くと、私は彼女を捜す。
とは言っても、私の身長では辺りを見渡せないので、自然周囲を徘徊する事になる。
とりあえず受付まで歩を進めようと、大柄な男たちの間をすり抜けながら歩く。
こういう時には、身体が小さいのは便利だ。
と、考えていたら、パシッ、と腕を掴まれた。
「小さい言うな!」
振り向き様に杖を振るう。
それを優しく受け止めながら、私の手を掴んだ人物は言う。
「誰もそんな事言ってないじゃないですか」
呆れたような、気怠そうなその敬語口調は、間違いなく彼女———師匠の物。
「全然来ないから心配したんですよ?」
「あなたが色々やらかすからでしょーが!」
戸惑った様子の顔を浮かべながら、師匠は言う。
「まぁ、依頼達成の報告は終えましたから、とりあえずゆっくり話しましょうか」
そう言って、師匠は角のテーブルに向かう。
そこで座っている人物を見て、思わず私は言葉を失った。
そこにいたのは、見慣れぬ———見知らぬではなく見慣れぬ—――ここにいるはずのない人間達だった。
「ん、王女様? 何でこんな所に?」
「もしかして、我が主の待ち人とは彼女の事で?」
「そうですが……、僕はあなたの主になった覚えはないですよ」
師匠と話していたのは、全身真っ黒の一組の男女。
あの人の護衛のはずの———彼らだった。
という訳で、無事に(?)第一章を終わらせる事が出来ました。
皆さんが今回の話を読んでくれている事を信じて、今話は筆を置かせていただきます。
それでは皆様、また次回!(多分)




