第一二話:「僕はあなたに会いたくなかったんですけどね」
部屋に入ると、既にマスターは中にいた。
昨日と違い、今日は顔色も良かった。
僕が部屋に入った後、副マスターは部屋の扉を閉め、そのすぐ横に立った。
マスターは、昨日と同じ長椅子に座っていたので、僕も昨日と同じ、その向かいの椅子に座る。
自然とマスターと副マスターが僕を挟む形になり、力ずくでの強行突破でもしない限り、逃げ出す事は不可能そうだった。
まぁ逃げる気はないが。
マスターが口を開く。
「昨日に続いて又お主に会えるとは。此れは運命、否、神の導きなのかもしれんのう」
「そっちから呼び出しておいて、何を言ってるんですか。それに僕は、運命なんて物は信じてませんから」
「ほう、丸で神の存在は信じて居るかの様な口ぶりじゃの」
そりゃそうだ。
信じているというか、実際に会ってるんだから。
僕が何も答えないでいると、
「然う露骨に邪険にせんでもええじゃろう。儂はお主に会いたかったのじゃから」
「僕はあなたに会いたくなかったんですけどね」
「何じゃい、連れん奴じゃのう」
そう言って彼女は豪快に笑った。
副マスターは、僕らの会話に入ってくる気配はない。
どうやら、聞き役に徹するつもりのようだ。
「さて。ではそろそろ、本題に入るとしようかの」
そう言うと彼女は、僕と彼女の間に置かれた机に載っている、大猪の頭にポンと手を置く。
「其奴にも聞かれたと思うが、確認の意味も込めてもう一度問おう。此れは本当に、お主がやったのか?」
「はい、そうです」
「ふむ、成程な」
と言うと、一度頷いてから、
「まぁ詳しくは聞かん。今重要なのは、お主が此れをやったと云う事実だけじゃからな」
と言った。
僕は、
「ありがとうございます」
と、一応礼を言っておく。
「其れで、お主の処遇に付いてじゃが……」
「あ、やっぱり依頼を受けてないのに、勝手に狩るのは駄目でしたか?」
「ん? 嗚呼済まん済まん、此れは儂の言い方が悪かったの。まぁ確かに其れは厳禁じゃが、今回は初犯と云う事で、儂の権限で不問にしておく」
「以後気をつけます」
「うむ、然うしてくれ。其れで、処遇と云うのは、処罰と云う意味では無く、どちらかと言えば待遇の改善の意味合いが強い」
「待遇……、ですか?」
「然うじゃ。冒険者に成り立ての新人が、たった二日、否、正確には昨日討伐したのじゃったか? まぁどちらでも良いか。兎に角、その短期間で彼奴を倒した事は、素直に称賛に値する」
「はぁ、それはどうも……」
この先は大体予想がついた。
「其所でじゃな。先程考えた結果、お主をBランクに昇格させる事にした」
「分かりました」
「然うじゃろうな。行き成りランクを上げると言われて、戸惑うのも無理は無い。じゃが、儂は此れは正当な評価じゃと思っておる。お主の実力は其の程度には充分に有る。実力を持つ者が、不当な評価を受ける事が、儂には我慢ならんのじゃ。じゃから、儂はお主を———って、えぇっ!」
お約束とは言え、いい加減これも飽きてきたな。
「聞こえませんでしたか? 僕は了承したと言ったのですが」
「いやいや、普通はもっと驚く所じゃろう。此れは異例中の異例じゃぞ? 何故そんなにも、普段と変わらぬ調子で居れるのじゃ……」
「まぁ、慣れてますから」
彼女は呆れたように溜息を吐く。
だが、これに異論を唱えた者がいた。
誰であろう、僕の背後に立っていた、副マスターだ。
「マスター、それはやり過ぎです!」
「何じゃ、儂の決定に異論が有るのか?」
「そうではなく、体面の問題だと言っているのです! こんな事がまかり通ったと他の冒険者に知れ渡れば、一気に暴動が起きますよ!?」
「一々五月蝿いのう、お主は。そんな事だから、陰で『堅物』等と噂されるのじゃぞ」
「それは貴女が勝手に言っているだけでしょう! とにかく、俺は認めませんよ!」
「しつこい奴じゃのう」
マスターに食って掛かる彼を、僕は遠巻きに観察していた。
そこでマスターが、一つの提案をする。
「ならばこうしよう。お主と其奴で、一対一の決闘を行うのじゃ。其奴が勝てば、ランクを昇進させる。お主が勝てば、其奴のランクは今と変わらずじゃ。どうじゃ? 勝っても負けても、お主に損は無かろう」
「ですが……」
「お主はどうじゃ? この提案を受けるか否か」
彼女は僕に話を振ってきた。
僕としては、早くお金を稼ぎたいので、この提案には乗らせてもらう事にする。
僕が賛成の意を示すと、彼も渋々、
「……分かりました」
と肯定した。
「では決まりじゃの。勝負の日時、場所、方法はお主が決めると良い」
と彼に言うと、
「面白い余興になる事を望んでおるぞ」
と、僕たち二人に言って、部屋を悠然と出て行った。
後には、僕たち二人が残された。
次回は久しぶりに戦闘シーン(の予定)です。