第一三話:「期待しないで待ってますよ」
翌日、僕は町の広場に立っていた。腰に、一振りの剣を携えている。
相対するは、ギルドの副マスター。その背には、彼の身長程もある大剣。
周りには、どこから噂を聞きつけたのか、大勢の見物人達。その殆どが冒険者だ。
その最前列、特等席には、マスターがどっかと腰を下ろしている。
副マスターは、その様子を見て、ハァ、と溜息を吐く。
「ったく……、ウチのマスターは気分屋で困るぜ。お前もそう思うだろ?」
「えぇ、そうですね」
と、僕は苦笑しながら答える。
彼は再び息を吐くと、
「まぁ、もう決まっちまった事だし、やるからには俺も全力でやるがよぉ……」
そこで僕をジロッと見ると、
「一応忠告しとく。怪我したくなきゃあ、さっさと降参しろ。俺だって、無意味な争いは嫌いなんだ」
と言う。
僕はそれに答える。
「確かに僕も、無駄な争いは嫌いです。でもこれは、僕にとっては無駄じゃないんですよ」
「……ハァ。マスターの言葉を否定するつもりは無えが、正直俺は、お前をそこまでのヤツだとは思ってねえ」
辺りの空気が張りつめる。
「だが、悪ィが俺は、手加減ってモンが苦手なんだ。再起不能になる前に負けを認めろ。さっきのは、そういう意味の『忠告』だ」
強烈な圧迫感を感じながらしかし、僕は平然とした調子で言う。
「そうですか。僕は得意ですよ、手加減。そういう事は、今まで散々してきましたから」
「……思い上がるなよ、ガキが」
圧力が更に鋭さを増す。
……これは、ちょっと本気出すかも。
高揚する気分を抑えながら、僕は彼を見据える。
「お主ら、準備は良いかの?」
と、マスターが問いかける。
「はい」
「えぇ」
と、僕らは同時に答える。
「では……、両者構え」
その言葉で、僕らは自分の武器に手をかける。
それまで騒がしかった周囲が、一瞬で静寂に包まれる。
聞こえるのは、人々の呼吸音のみ。
マスターの腕が、頭上に掲げられる。
「始めっ!」
言葉と共に、彼女の腕が振り下ろされる。
同時に、僕らは相手に向かって走り出す。
数メートルあった距離は、一瞬でゼロにまで縮まる。
彼は、剣を抜くと、勢いに任せてそのまま僕目掛け振り下ろす。
僕は、鞘を滑らせて、下から彼の剣目掛け振り上げる。
このまま二つの剣がまともに打ち合えば、単純に質量の差で、僕の方が負けるだろう。
だが、僕は構わず振り抜く。
交錯は一瞬。
キィン、という甲高い音が鳴り響き、刀身が真っ二つに折れる。
折れた剣先は宙を舞い、数メートル横の地面に突き刺さった。
僕と彼は、剣を振り抜いた姿勢のまま静止している。
しかし、僕らの顔は対極的だった。
僕の方は、普段と変わらぬ冷静な表情。
対して、彼の表情は、驚愕の色に染まっていた。何故なら———、
「何……、だと……?」
———彼の剣は、根元から先が無くなっていた。
一方で、僕の剣は、ひびどころか、刃こぼれ一つしていなかった。
残身を解くと、僕は剣を鞘に戻す。
「ふむ……、勝負在りじゃな」
彼女がそう言うと同時に、周囲に喧騒が戻ってきた。
「何が起きたんだ、今の……」
「アイツが何かしたのか?」
「それより、まさか副マスターが負けるなんて……」
「どうなってんだよ、オイ……」
辺りの話し声を無視し、僕が立ち去ろうとすると、
「待てい」
と、マスターの声が僕に届いた。
「何ですか?」
と、僕は振り返る。
「然うじゃな。儂としては満足じゃが、見世物としては、少々盛り上がりに欠けたのう」
「元々そのつもりではやってないんですけど……」
「おや、然うじゃったかの。まぁ良い。兎に角、約束通り、お主のランクはBに引き上げておこう」
そう言うと彼女は、今度は彼の方に向かって行く。
僕はそれを、自然と目で追っていた。
「どうじゃ、彼奴の力は?」
その言葉に反応したかのように、彼は顔を上げてマスターの方を見る。
自然と僕の目にも顔が見えるようになるのだが、その顔は実に晴れ晴れとしていた。
「素晴らしいの一言です。俺如きでは、全く歯が立ちませんでしたよ」
「然うじゃな。彼奴はお主、否、儂の数段上に居るじゃろう」
「ハハ、そこまでですか。なら、俺じゃ到底敵うはずも無かったですね」
そう言うと、彼は僕の方を向く。
「マスター、一つ相談があります」
「うん、何じゃ?」
「しばらく、ギルドを離れようと思います」
彼女はその言葉に驚く事無く、
「然うか」
と一言だけ言った。
「各地を回って修行をしてきます。そんで、強くなって必ず、貴女の元に戻ってきます」
「期待して待っておるぞ」
「はい」
そう言うと彼は、折れた剣の刀身を拾い上げると、残った柄と共に鞘に入れ、マスターに手渡した。
「では」
「もう行くのかい?」
「はい。準備を終えれば今すぐにでも」
「然うかの。達者でな」
彼はマスターに頭を下げると、今度は僕の方に向かってきた。
「次会う時は、もうちょっとましになってやるよ」
「期待しないで待ってますよ」
「ぬかせ」
そう言って笑うと、彼は僕らに背を向けて去って行った。
約一週間ぶりの十五話目です。
やはり平日の更新は厳しいという事で、今後はしばらく、土日祝日の更新となりそうです。
遅くなりますが、これからもご愛読をよろしくお願いします。




