第一一話:「いけませんでしたか?」
「そういえば、今日は騒がしいようですけど、何かあったんですか?」
「いつも通りだと思うけど……。でも確かに、少しうるさいわね」
僕が尋ねると、彼女は依頼を確認しながら応える。
「何でも、昨日あるパーティが大猪の討伐に向かったんだけど、『既に退治されていた』って言って帰ってきたのよね」
君にはまだ早い事だけどね、と彼女は笑いながら言う。
「私も現物を見た訳じゃないから、詳しい事は分からないんだけど……」
と前置きすると、話し始めた。
「相当強力な火魔法でやられてたみたいよ。彼らの中に、それほどに強大な火魔法を扱える魔術師はいなかったから、彼らがやった訳じゃないのは決定的ね」
「へぇ、そうなんですか……」
嫌な予感がする。
「彼らの読みでは、かなり高ランクの魔術師の仕業らしいわね———」
「あの、ちょっといいですか?」
僕は、彼女の話を途中で遮る。
心当たりがありすぎる。
「———それで、今は誰がやったかで手柄の取り合いになってるんだけど……。うん? 何かしら?」
「ちょっと待っててもらっていいですか?」
と言うと、僕は彼女の返事を待たずに、ギルドの外に出た。
人目につかない場所に来ると、宙を叩いてひびを入れ、中からあるものを取り出す。
別に隠れる必要は無いのだが、何となくそうしてしまうのだ。
それは、僕では抱えきれないので、引きずって持って行く事にする。
ギルドに戻り、扉を開くと、再び視線が集まる。
ただし、今回は僕への視線ではない。
僕が引きずっているそれへの視線だ。
僕は、真っ直ぐ受付に向かって歩いて行く。
彼女は、頭に?マークを浮かべながら、近づいてくる僕の方を見ている。
どうやら、僕の陰になって、よく見えないようだ。
僕は、カウンターの前まで辿り着くと、
「もしかして、大猪ってこれですか?」
と、持っていたそれ———猪の頭をカウンターに乗せる。
ピキリ、と、彼女の笑顔が引きつった。
「……えと、これをどこで?」
「昨日薬草採取に行った時に、偶然遭遇したので狩っておいたんです。いけませんでしたか?」
「い、いえ、そうじゃないけど……」
彼女はそう言って、少し考えた後、
「ちょ、ちょっと待っててね」
と言って、カウンターの奥へと引っ込んだ。
恐らく、マスターか副マスターでも呼びに行ったのだろう。
僕は手持ち無沙汰になってしまった。
昨日の騒ぎを殆どの人が知っているのだろう、僕に話しかけてくる人はいなかった。
少しして、彼女は副マスターと戻ってきた。
マスターは不在だろうか。
僕にとってはその方がありがたいが。
あの人は少し苦手だ。
彼は、僕と猪の頭を交互に見やると、僕の方に近づいてきて、
「これをやったのがお前というのは本当か?」
と尋ねてきた。
「そうですけど……」
と肯定すると、
「どうやってやった?」
と聞いてきた。
「普通に魔法で……」
「まぁ、それはそうだろうな。じゃあもう一つ質問だ」
と言うと、彼は更に僕に近づき、一段と低い声音でこう尋ねた。
「何でしょう?」
「お前はあれをどうやって保存していた?」
……しまった。
迂闊だった。
『物質を、入れた時の状態のまま保存する』というあの空間の仕様が、今回は裏目に出た。
だが、驚くのはそこではない。
真に驚くべきは、彼のその慧眼さだ。
普通は、僕がこれを討伐したという事に気を取られて、そこまでは頭が回らない。
現に、彼以外の誰一人として、この事に疑問を持った者はいなかった。
僕が返答に窮していると、
「まぁいい。答えたくない事の一つや二つは、誰にでもあるだろうからな」
と言ってくれた。
僕は、心の中で安堵の息を吐いた。
「だが、一応マスターに報告はさせてもらう。お前も付いて来い」
と言って、彼は猪の頭を片手で担ぎ、カウンターの奥へと引き返した。
またここを乗り越えるのか、と思ったが、受付の彼女が、横の小さな扉を開けてくれたので、ありがたくそこを使わせてもらう事にした。
目下僕の懸念材料は、僕の能力がバレるかという不安ではなく、昨日に続いて二日連続であのマスターに会わなければならないのかという憂鬱感だった。
最後の方にあった、『小さな扉』というのは。コンビニのレジとかによくあるあれです。名称が分からないので表現が難しかったです。読者の皆様には、ご迷惑をおかけしました。




