第一章 8 ―― 死の先 ――
8
突然の告白は、正樹からではなく教室の中央で集まっていた三人の女子生徒の一人。
弥生の友人であった。
正樹が蓮に話しかけたことで、周りの蓮に対する警戒心が解けたように見えた。
蓮の表情から血の気が引いていく。
普段、相手を気にせず、自分の言うべきことは迷わず話す正樹であったけれど、今回ばかりは蓮の心境を察して、逡巡していた。
今も混乱して焦点を宙に彷徨わせる蓮に口を紡ぎ、窓の外を眺めていた。
「あいつが……」
ようやく放たれる声はしどろもどろで、あとが続きそうになく、そのまま口を固く閉ざす。
「まぁ、噂なんだけどな。それに、お前らの関係は俺らの学年じゃ、ほとんどの奴が知ってるだろ。それでお前を気にして……」
正樹の声は広がり、教室にいた生徒みんなが蓮を見ていた。が、正樹の説明により、さっきまでの白く冷たい視線ではなかった。
ただ、同情に似た感情は強くなっていて、背中に這う微かな気持ち悪さは残っていた。
あまり気分のいいことではなく、正樹はすべてを話さなかった。
居心地の悪さに、激しく脈打っていた心臓が落ち着きを取り戻していく。正樹を含め、教室に残っている生徒がみな、蓮に注目している。
それでも、彼は誰とも目を合わさず窓の外を眺めた。
グランドでユニフォームを汚して走る野球部のかけ声がここまで聞こえてくる。
「あの路線、弥生が通学で使ってるやつで、事件が起きてもう三日じゃない。それなのにまだ学校に来ないから……」
「あいつって、前に一度死んでるの?」
「知らない。だって、私ら仲良くなったの高校に入ってからで、中学別だったから。ほかに弥生と同じ中学出身の子、知ってる?」
誰にというわけでもなく聞かれた質問に、一様に首を傾げるか、かぶりを振っていた。
弥生の生死について、蓮を除いた者たちで疑問が交わされる。気づけばみなが蓮の机の周りの机や椅子に座り、大きな輪になっていた。
「でも、生き返るって言っても、怪我とかしてたらどうなるのかな?」
一人の何気ない呟きに正樹たちは顔を上げる。
「だってそうじゃん。事故死だったりしたら、無傷ってわけにもいかないでしょ?」
疑問を口にした女子生徒が自分の顔をパンパンと、優しく叩いて怪我を強調してみせた。
「なんか、結構肝心な部分って秘密になってるところが多いよね、実際」
光の見えないことに一人が口元を手で押さえて考え込んでしまう。
すると、一人の男子生徒がワザとらしく、一度「ゴホン」と咳払いをして、
「生き返った者の詳細については政府の最重要機密であり、一般の方々にはお知らせするわけにはなりません。あしからず」
重い空気が漂うなか、クラスでも陽気な一人である彼が、胸の前で腕を組み、口元で右手の人差し指を立てると、下唇を尖らせてどこか可笑しく話してみせた。
タラコ唇を装った彼の姿は、現在の総理大臣を真似ており、みなの反応を期待して目線を左右に配らせていた。
空気の読めないボケではあったが、緊張した空気が変わる。
「何それ、似てねぇ」
これまでの沈黙が嘘のようにドッと笑い声が溢れた。
「ちょっとは空気、読めよ」
不謹慎な態度を窘める者もいたけれど、発言とは裏腹に目は綻んでいる。
「だってさ、深く考えても意味ないじゃん。普通に考えたらやっぱ病院なんじゃないの?」
「まぁ、そうだよね。きっとどこかの病院で入院してんだよ」
「やっぱりそうなのかな。実は私って、知り合いで死んだって人って初めてなんだよね。だからちょっと怖かったんだよね」
「ふぅ。なんか腹減ったな。なぁ、なんか食いに行かね?」
つい数分前まで蓮に白い視線を注いでいた者たちが、あたかもただの世間話を終えたと言わんばかりに、次の話題へと話を移していた。
一方的に盛り上がるなか散り散りになり、みな自分の席へ戻りカバンを手に取ると、一斉に教室の入口へと向かう。
「お前らどうする?」
教室を出る間際、一人が席に座ったままの蓮と正樹を誘う。
「あぁ、俺、今日はパス。今、金欠なんだ」
正樹は悔しそうに唇を噛み、胸の前で腕を組んで×印を作ってかぶりを振った。蓮も素っ気なく「いい」と断る。
二人が同行しないのを知ると、もう意識は別の場所にあるのか、急いで教室を後にした。
「……ったく、何がすっきりしただよ。興味本位で見てたくせによ。大体、まだ死んだとも限らないだろって」
二人以外、誰もいなくなった教室。
正樹は眼鏡を取って眉間を指で押さえ、出て行った生徒を罵倒する。
「お前も気にすんなよ。あいつら、お前らが付き合ってるのを知ってるから、あんな目で見てただけなんだし」
蓮を気遣いながら、眼鏡をかけ直す。
「ま、仮にあいつらの言うとおりだとしたら、どこかの病院で入院してんじゃないの」
目尻を掻きながら心配をかけまいと、正樹も先ほどの話に乗る。
「まぁ、俺も、蘇った奴がどこに入院するのか知らないし、それにそもそも、立花の奴が事件に巻き込まれたかっていうのも、まぁ、噂なんだ――」
「……病院か」
これまでずっと黙っていた蓮が一言呟く。
「――? まさか、心当たりでもあるのか?」
聞き取りにくい声に注意しながらも、正樹は様子を伺うと、蓮は窓の外をぼんやりと眺める。
どこを捉えているのかわからぬ呆然とした蓮の眼差しに、正樹は急に拍子抜けしてしまい、呆れ顔で嘆息をこぼして、かぶりを振った。




