第一章 6 ―― 空席 ――
6
翌日、英語の授業を四時限目に控えた休み時間。机上と睨み合っていた蓮はふと顔を上げる。
蓮の席は窓際の後ろから二番目。斜め右を見れば教室全体を見渡せた。
休憩中、生徒が様々な場所で数人集まって輪を作って雑談している声が教室を賑わせていた。
友人同士、恋人同士で話している生徒を軽く流し、蓮は廊下側から二列目の前から三番目の席をじっと眺めた。
人の波にポツリと開く空席。席の主人は今日、欠席していた。
「また立花の席、見てんのかよ」
呆然とする蓮は、突然の指摘にハッとして目を丸くする。どこか茶化して聞こえた声の方へ蓮は顔を向ける。
目を背けた席は指摘された通り立花弥生の席であり、痛いところを突かれた、と動揺を隠せずに瞬きを忘れ、仏頂面になっていた。
口をヘの字に尖らせた先には、あたかも動揺して無様に言いわけを繕う蓮を待って、口元をニヤニヤと緩ませ、不敵な浮かべた男子生徒が蓮の前に居た。
少し茶色に染められた髪をセンターで分け、黒く細い縁の眼鏡の奥から元々細い目がニヤけたお陰でさらに細くなって、キツネを彷彿させた。
昨日、蓮に助けを請いた人物、竹内正樹である。
「今日は諦めろって。立花は休みだ。何度見たって現れないって」
蓮の前の席の椅子に、反対向けに座っており、手にしたシャーペンをクルクルと指先で回しながら茶化してくる。彼の目線は振り返り弥生の席を眺めており、指先を一切見ていないのだから器用なものだ。
「大好きな彼女のことは一先ず忘れて写してしまおうぜ」
「バカ。別に見てたわけじゃないよ」
少し真剣な声で蓮の気を引きつけると、机上に二人は視線を落とす。
机上には蓮と正樹が前日苦戦を強いられた英語のプリントが互いに広げられていた。
二人にしてみればどれだけ知恵を絞っても答えを導き出せないはずなのだが、二人が握るシャーペンはスラスラと流れ、次々と空欄が埋められていく。
「助かったよ。それにしても正樹、よく見せてくれる人がいたな」
「まぁな、あれから色々探してさ、やっと隣の金田から借りられたんだよ」
二人のプリントに加え、もう一枚が横向きになって置かれており、これには「金田」と名前が書かれ、問題すべてが埋められていた。
金田とは隣のクラスの人物である。
正樹の人懐っこい性格から借りてきた物を蓮も便乗させてもらっていた。
「そっか……」
「お前さ、もう少し人見知りをどうかしたらどうよ」
小さく相槌を打つ蓮に、正樹は容赦なく言い捨てる。
カリカリと軽快に音を立てていたシャーペンが一時、音を止めた。
自分でも痛感している部分を突かれてしまい、蓮は苦笑いを浮かべる。
一方、正樹は平然とシャーペンを動かしていた。彼にとっては何気ない一言でしかなかったのだ。
「それよりも早く終わらせてしまおうぜ」
休み時間の終わりが迫っているのを焦る正樹は、蓮の動揺をおくびにもせず先を急かす。
だが、残念なことに蓮のプリントの空欄はすべてを埋める時間はなさそうで、なかば諦めて、気を紛らわそうと教室を見渡す。
無意識のうちにまた弥生の空席を眺めていると、授業開始を知らせるチャイムが校舎に大きく響いた。
「ぬおぉぉぉっぉっぉおぉっ」
正樹の苦悶の叫びが無情にも木霊すると、ほかの生徒のざわめきと笑い声が混じった。




