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きみに咲いた勿忘草  作者: ひろゆき


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 第二章  10  ――  誘い  ――

                     

            10



 会いたいけれど会えない苦しさもある。

 だからこそ、会えるのに自分から避けるのは卑怯であり、逃げているんじゃないか、と己の姿に苛立ちを持つようになっていた。

 それは、偶然にも会った、沙紀の影響がかなり大きかった。

 だからこそ、乱暴ではあったけれど、沙紀の助言は蓮にとっては励ましにもなった。

 それまで悩んでいた胸に竦むしこりを払拭させることができ、彼女と別れたあと、自然と弥生の病室に訪れていた。

 病室の扉を叩く手にも、多少の怯えは残っており、叩く力は弱くなっていた。それでも逃げるのも嫌で、グッと留まった。

 扉を開き、蓮の心配は杞憂だったのか、弥生は普段通り気さくに迎え入れてくれた。

 彼女の無垢な様子に触れて安堵しながらも、蓮は彼女を見ず窓際に立って外を眺めた。

 さっきまでの茜色に染めていた空が一段と暗くなっていたけれど、まだ少し明るい。


「何、黙ってるの?」


 背中に無視をする蓮を責める、素っ気ない声が飛ぶ。何度か頷いたあと、一緒に溜め息を吐く。

 体を反転させ、ベッドの上で胡坐を掻く弥生を捉えたのと同時に口が開く。


「あのさ、今度の日曜、どっか行かない? ほら、ずっと病室に閉じこもってばかりだろ。たまにはどこか行こう。退屈だろうし」


 精一杯の誘い。

 病棟に来る前から、何度も脳裏で考え繰り返していた。心のなかでは饒舌に話せるのに、いざ声に出した瞬間、舌が絡まりそうで早口になってしまう。

 必要もないのに手を空中で振り回していた。

 実は弥生の姿すら、はっきりと見えてはいなかった。


「何それ?」


 ようやく弥生を捉えると、彼女は身を丸めて首を伸ばし、上目使いに冷やかに言う。


「――ダメ?」


 恐る恐る聞く。

 頬を膨らませて唇を閉じ、ダルマみたいに体を左右に揺らしながら返事を渋る。弥生の不敵に笑みを浮かべる姿に、蓮は胸がキリキリと痛んだ。

 揺れていた体がピタリと止まる。


「……多分、無理」

「え? なんでっ」


 これまで窓際でオドオドとしていた蓮。返事を聞いて体を乗り出すと声を張り上げる。耳に響く自分の声に眉をひそめると、弥生は勢いに驚いて、体勢を崩して背中からベッドに倒れると、組んでいた足が解ける。


「もぉ、痛いっ」


 座り直して渋い顔をすると、ベッドで打った後頭部を擦り、大声で叱咤する。


「早とちりしないでよ。私が言いたいのは、許可してもらえないって、言ってるの」

「許可って、「外出届」? どうして?」

「まだ、こんなんなの」


 もうっ、と文句を言いたげに唇を尖らせ、右手の人差し指を額にツンツンと当てる。弥生の額にはまだ包帯が何重にも巻かれていた。

 確かに傷も癒えていないのに外出を許可するほど、病院も甘くない。反抗する気はないけれど、蓮は目尻を下げ、肩を窄めて明らかに残念がる。

 倒れ込むように長椅子に座り込みうなだれた。

 顔を上げる気力すら失った蓮の様子に弥生がクスクスと笑う。


「私だって正直、どっかに行きたいよ。今なら花火だってしたいし」


 弾んだ弥生の声に、ようやく蓮は顔を上げる。彼女の反応はせめてもの救いであった。


「誘ってくれてありがと」


 弾けそうな屈託ない笑顔に体が軽くなり、胸の奥の痛みが楽になった気がした。蓮も顔を綻ばす。

 しかし、微かに息苦しさだけは執拗に喉の奥に居座っていた。



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