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きみに咲いた勿忘草  作者: ひろゆき


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 第二章  9  ――  大事に  ――

                       

            9



 照れ臭さから沙紀がノートを開く前に奪い返そうとすると、簡単に振り払われる。

 苦悶の表情を浮かべながらも諦めるしかなかった。

 恥ずかしさに頬が紅潮していく。目線も一か所に定まらず、激しく左右に暴れてしまっていた。

 蓮の動揺をよそに、沙紀は悠然と一枚ずつページを捲っていく。

 一枚捲るたびに目を丸くしたり、驚いたりして楽しんでいる。

 沙紀の表情の変化は、絵を楽しんでいるようで、自分の絵をよく思われると、蓮も強張っていた表情が緩んでいく。


「――この子は?」


 沙紀の手が止まり聞いてくる。彼女の指摘に蓮が顔を覗かせると、ノートは弥生の絵が描かれたページを開いていた。


「えっと……」


 別に隠すつもりはないのだけど、蓮は鼻を擦りながら躊躇してしまう。


「何、動揺してんのよ。もしかして彼女?」


 蓮を茶化すように不敵に笑い、わざとゆっくり聞いてくる。蓮は諦めて黙って頷く。


「やっぱり。結構描いてるもんね、この子のこと。へぇ、可愛いじゃん」


 何か秘密を覗かれた気分で、沙紀の顔を直視できず空を仰いだ。茜色の空は痛いほどに鮮やかに見える。頬に触れる風は弱く、雲の流れは遅い。いや、実際は早いだろうが遅く思えた。


「同じクラスの子?」

「まぁ」

「へぇ」


 沙紀の声は弾み、連の反応を楽しんで、食い入るように笑っている。

 

「ね、写真はないの?」


 とんでもない要求に蓮は絶句すると、すぐに苦笑して誤魔化した。確かにスマホには残っているけれど、さすがに見せたくはない。

 しばらく沙紀は好奇心で追及してきたけれど、諦めて絵に視線を戻す。


「これだけ可愛い子なら学校で毎日会うのも楽しいんじゃない?」


 嬉しそうで何気ない質問は、蓮から感情を奪って動きを止めた。彼の様子に沙紀もキョトンと瞬きをする。


「こいつ、学校にいないんです」


 途切れそうに呟き、空を眺めた。無意識のうちに弥生のいる病棟を見上げていた。


「学校にいないって?」

「――あそこにいるんです」


 建物の六階を見詰めたまま答え、初めは意図が掴めずにいた沙紀だったけれど、釣られて建物を見上げ、すぐに事情を察すると絶句する。


「そいつ、ここに入院してるんです」


 話していいのか逡巡していたけれど、不思議と冷静に言えた。

 平静を取り戻そうとしているのか、沙紀は何度も息を呑み込んでいた。数回繰り返し、最後に胸に手を当てて信呼吸をする。


「知り合いってもしかして、彼女?」


 驚く沙紀に、蓮は小さく頷く。

 

「じゃぁ、彼女も蘇って」


 ノートに写る弥生を儚い目で見詰め、しばらくして目蓋を閉じる。

 絵の弥生を手で擦り、目を開いたとき、沙紀からそれまでの寂しそうな色は消え、笑顔を見せる。


「だったら、一緒にいられる時間、大切にしなさいよ。あんたたちはもう一度会えたんだからね。いい? 絶対に大事にするのよ」


 最後はより口調を強める沙紀に圧倒される。変わらない命令口調は蓮を委縮させ、彼を睨む眼光に唾を呑む。

 思わず声が漏れそうになる。

 沙紀が病院にいる理由が過り、瞬時に彼女の言葉に深みを重ねていたのを理解した。


「――はい」


 弥生との関係を茶化されるのは苦手であったけれど、ここは奥歯をグッと噛み締め、素直に従った。

 何より、沙紀の言葉が今までよりも重く、苦しさが込められていたので。



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