第二章 3 ―― 経験済み ――
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どこか、目に見えない緊張感が体を蝕み、硬直させていた。
「……あんた、あの病棟に知り合いがいるの?」
いきなり単刀直入な質問に圧倒され、蓮は身体をビクつかせると彼女の顔を見た。すると彼女は臆する様子もなく蓮を睨みつける。
「嘘つかないでよ。この前、私が上にいたとき、あんたがいたの見てんだから。あんな場所で制服を着てたら、患者じゃないのは一目瞭然なんだからね」
初めて病棟を訪れ、弥生に会えずに帰った日に、何か騒ぎが起きていたことを、ふと思い出した。
きっと、一瞬聞こえた女性の声がこの人なんだろう、と蓮は察した。
休日の今日、蓮は白のレイヤードシャツにカーゴパンツと制服ではなかったけれど、彼女の洞察力に感服する。
否定をするつもりはなかったけれど、一気に捲し立てられ、蓮は畏縮して頷く。
「じゃ、知り合いには会えたの?」
いくぶん、穏やかになった声に蓮はまた頷く。
「そっか、いいな」
すると、これまでとは打って変わり、か細い声で吐く。
「あの、誰かを捜してるんですか?」
急に物々しさを静めて、ベンチのそばの花壇に植えられたヒマワリを見上げる彼女に、ようやく声をかける。
「まぁ、ね」
「大野圭太さん、ですか?」
「――知ってるのっ」
名前を出すと、さっきの勢いが戻り声を張る。
「いや、さっき受付で聞こえたから」
慌てて手を振り、いきさつを話すと「そっか」と納得したのか、一度溜め息をこぼして落ち着く。
「――そ。一応、私の恋人。バカで、アホで取り柄のない奴だけど、死んじゃって」
容赦なく罵る彼女に圧倒されてしまう。
「その、連絡はなかったんですか?」
それでも尋ねると、彼女はかぶりを振る。
恋人――
親しい仲であっても、世間では他人になってしまい、病院からは連絡がないのが現実であった。
他人が知る方法は本人からの連絡のみ。
それが絶望的であるのを蓮は知っていたけれど、寂しそうにする彼女には言えないでいた。
「ね、あんたの知り合いってやっぱり、家族なの?」
かぶりを振る。
「じゃ、どうしてこの病院に知り合いがいるって分かったの? どう調べたか教えてよっ」
ベンチの座面に両手を突き、上半身をこちらに向けて乗り出す彼女に、蓮は驚き身を反らした。
目を合わさなくてもじっと睨む気迫に負け、口を開く。
「その、失礼なんですけど、死んだことってあります?」
「なっ、そんなのないわよっ」
一瞬、動きを止める彼女であったけれど、すぐさま困惑と憤りの入り混じる怒鳴り声が耳に響き、思わず目を瞑る。
「その、僕の場合、経験済みだったんです。前に命を落としたことがあって。どういう経緯で元に戻るのか知ってたから、だから、あいつの住むこの街で一番大きな病院をって、ここに見当がついたんです」
得意げに話す内容ではないので、迷って困り果てた様子で、遠くに裂く花を眺めて喋った。
「蘇った人って、知り合いに心配かけたくなくて、連絡をしない場合が多いんです」
「そんな勝手な。私は」
またも感情に任せて怒鳴る彼女を、怯えながらも両手の掌を見せて宥める。
顔を紅潮させる彼女を気にしつつ、周りにいた人々の何事かという白い視線に、蓮はたじろぐ。
蓮の動揺に気づいたのか、「ごめん」と、ようやく彼女は身を引いて座り直す。
「あいつはまだ一回目のはずなのよ。だから絶対にどこかにいる。そう思っていくつかの病院を回って捜してるんだけど、ね」
長い髪を手で掻き、寂しげに話す様子から、恋人はまだ見つかっていないのを察した。
「理由はあれだけど、あんたが羨ましいわよ。知り合いの人とちゃんと出会えたなんて」
それまで一方的に責めていたけれど、今は神妙になり、彼女はどこか必死に寂しさを隠していた。
ふと、彼女の姿に弥生が重なる。
「さてと、いろいろごめん。私、行くわ」
一方的に疑問をぶつけて納得したのか、おもむろに彼女は言うと、ベンチから腰を上げ、建物へと歩き出す。
横暴にも見える態度を取られ、すぐさま去ろうとする彼女に、蓮は呆気に取られて声を失っていた。
「私、決めた。絶対に諦めない。あんたを見てそう思った」
振り返らないまま声を上げる。
「僕も信じてます。きっと会えるって。その、大野さんに」
「ありがと」
蓮の励ましに顔だけを振り返らせ笑うと、建物へと入って行った。




