第二章 2 ―― 女性 ――
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今日は病棟に向かおうとする気分になれず、蓮は一階、正面玄関のそばの受付ロビーにいた。
午後五時を回り、ロビー手前の受付機を操作する者、または受付カウンターで直接話を伺う者。雑音に賑わうのだけど、休日の今日は受付全体が閑散としていた。
そんななか、蓮は椅子に静かに座っていた。
求めてるんじゃないかい、お兄ちゃん。 ――
昨夜訪れた虹の畔で会った、老人の指摘が今になっても脳裏から消えようとしなかった。
目的なくここに来る者はいないさ。 ――
「目的…… 僕の目的って」
意図の掴めぬ老人の言動に蓮は頭を抱え目蓋を閉じる。重い闇は一向に晴れようとせず、弥生の病棟に足は運べそうになかった。
「……――はいないのって聞いてんでしょっ」
雑音を切り裂く、甲高い女の怒号に重い闇が一気に晴れ、うつむいていた顔を上げる。
一つ離れた席に座る女性、誰かの見舞いに訪れたのか通路を横切る親子、蓮の周りにいた人物全員が一点を凝視し、一瞬の静寂が受付ロビーを包む。
「だから、ここにオオノケイタが入院してるのか聞いてるのよっ」
数少ない人の視線がすべて一人の女性に注がれる。受付ロビーのカウンターに身を乗り出し、職員に喰ってかかっている女性に。
「ですから、あいにくこちらに、大野圭太さんは」
「もっとしっかり調べてっ」
タイトなジーンズに黄色いTシャツとラフな格好をした女性。しなやかで艶のあるブラウン色の長い髪が光っているのが離れていても分かる。
声を聞いている内に蓮はしてハッとする。以前にも同じ光景を見ていたことに。
瞬きをしていて気づく。目の前にいる女性は数日前、スタッフステーションでも誰かを捜していると叫んでいた人物だと。
騒がしくなるのを避けようと蓮は立ち上がり、通路を進み奥へと向かった。ロビーを横切る際、どんな人物なのかと女性の横顔を見た。
すると、相手も気配を察したのか、偶然こちらに振り向く。一瞬、目が合うと、殺気に似た彼女の吊り上がった鋭い眼光に圧倒され、すぐに目を逸らしてしまう。
自然と歩幅を広げた。
エレベーターホールへ続く曲がり角があったけれど、そこを通過し、中庭に続く通路を進んだ。
それまで白い壁に挟まれていたのだが、突如片面が嵌め殺しの窓が開けて外の明かりが通路に射し込んでいた。
一面をガラス張りにされた先は中庭となっており、端にある扉を出た。
中庭に出ると、向かいの建物までの間、石畳の通路が弧を描き繋がり、石畳を挟む形で芝が生え、花壇がところかしこに設けられていて、花が咲いていた。
陽は沈みかけているとはいえ、まだ蒸し暑いけれど、ロビーより静かなので花壇のそばにあるベンチに腰を下ろした。
中庭には蓮以外にも人はいた。パジャマ姿が目立っているので、患者が息抜きに訪れているらしい。
「――あんた、第二精神病棟にいたでしょ?」
気持ちを鎮めようとしていると、どこからともない問いに蓮の体が硬直する。
声の主を探すと、体全体が影に覆われ足元に影が写り込む。顔を上げると、目の前に受付で啖呵を切っていた女性が腰に手を当て、悠然と見下ろしていた。
突然のことに、蓮は驚愕する。
「――そこ、いい?」
好戦的な態度は変わらず、顎で蓮の隣を指すと、返事も待たないままドンと座り込む。
二十代前半と思える彼女は終始、威圧的な態度を崩さずに隣に座ると、化粧の香りがほのかに鼻孔を刺激した。




