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きみに咲いた勿忘草  作者: ひろゆき


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17/35

 第一章  17  ――  怖い  ――

                       

           17



 確信を得て扉を開く。

 扉を開いた瞬間、時間の流れが遅くなる。最初に飛び込んできたのはベッドの脚。視線を上げると、膨れたかけ布団。流れの遅い時間についていくとようやく人の姿を捉える。

 紛れもない立花弥生の姿を。

 突然現れた蓮に弥生は声を失って体を硬直させた。

 それでもこちらをじっと眺めている。一方、蓮も久しぶりに会う弥生に息を詰まらせる。 

 彼女の額に巻かれた何重もの包帯に。

 数日前、屋上で話した彼女とはかけ離れた姿は、痛々しかった。

 久しぶりの再会は懐かしく、嬉しいはずなのに、二人に笑顔は弾けない。強張った表情のまま、重たい空気が病室を支配していく。


「本当に来れたんだ」


 沈黙を破る弥生の一言により、驚きで曇っていた表情が晴れる。幼い子供みたいに浮かべた笑みに、ようやく蓮の頬も綻ぶ。

 歩み寄ると、ベッドのそばの長椅子に蓮は腰を下ろした。返事もせずに一連の動きをじっと弥生は追うけれど、蓮は気にせず窓の外を眺めた。


「ま、一応僕も経験があるから、ね」


 素っ気なく呟くと、弥生は「そっか」と短く返事してそれ以上は聞かなかった。

 遠くを眺めていると、外の風は強いのか、雲の流れは早かった。


「今入ってきたってことは、聴こえてたんでしょ? 今日は歌ってても怒らないんだ」

「ここじゃ仕方ないのかなって」

「ふ~ん。あ、でも、一回危なかったけどね」


 以前、屋上で恵理に聴かれそうになったのを白状する。


「だから気をつけろって言ったじゃん。あの歌は、一度も死んでない人に聴かれたらいけないんだし」

「分かってるって」


 それまでは優しげでいた蓮だけど、ここだけは語句を強めて叱咤する。弥生は悪びれる様子もなくふざけてみせた。

 ベッドの高さの関係から弥生を見上げて睨むけれど、彼女は平然と流して、細めていた目をパッと開く。


「前にも聞いたけど、なんでこんな戒律があるんだろうね」 


 あどけない眼差しとは裏腹に、難題を投げかけられて蓮は言葉を失う。弥生を直視できず、膝で頬杖を突いて目を逸らした。

 納得する答えを期待する視線が痛く、耐え切れなくなった蓮は大げさにかぶりを振って払拭する。


「んなことより、なんで連絡してくれなかったんだよ?」


 強引に話を切り替え、今度は蓮が弥生をじっと見据えると、彼女はまったく動じず、冗談気味に首を傾げる。

 それでもじっと見ていると、弥生は体を前後に大きく揺らす。


「連絡ならしたじゃん、ちゃんと」

「あのな、あんな一言、「ごめん」じゃ、納得できるかよっ」


 これまで冷静に話していたけれど、急に声を張り上げると、勢いで拳を壁に殴りつけてしまった。

 鈍い音にさすがの弥生も驚き、肩を強張らせて首をすぼめてうつむく。

 委縮する姿に我に返った蓮も、ヒリヒリと痺れる拳を擦りながら膝の上に戻す。


「……怖いのよ、今が」

「今って…… 蘇ったのが? でも、怖いって言ったって蘇るのは普通だろ?」

「そうじゃないの。別に蘇ることじゃなくて、周りが怖いのよ」

「周り?」


 奇妙な言葉に、無言で弥生は頷く。

 

「一度死んじゃったらさ、私の存在も一度消えちゃうでしょ。それで、消えたはずの場所にまた戻る。そうしたときに、私を見るみんなの目が怖いのよ。なんか、変な目で見られる気がして」

「……そんなこと」

「分かんないじゃない。学校なんて、ほとんどの人が一度も死んでない子ばっかりよ。そのなかで一人死んだ…… って考えたら」

「そんなの関係ないだろ、現に僕は――」

「あんたと私は違うのっ」


 次の瞬間、弥生は急に発狂する。

 突然のことに唖然としていると、おもむろに弥生はベッドから降りた。

 途方に暮れていると、弥生は蓮の腕を掴み、長椅子から無理矢理立たせる。

 突発的な行動に困惑していると、弥生の細い腕の力を強く感じてしまい、蓮は逆らえずに従ってしまう。


「――出てってっ」


 そのまま強引に病室の入口へと引っ張られた。そこで扉を勢いよく開くと、廊下へと蓮を背中から押し出した。

 踏み止まろうとする蓮。しかし、予想を超える力に足元をふらつかせた。体勢を整えたと同時に背中でピシャッと断たれた。


「私はあんたとは違うっ。 違うのよ」


 壊れそうな儚い弥生の吐息に、蓮は振り返れずじっとうつむいていた。両手の拳をギュッと握り締めて。



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