第一章 17 ―― 怖い ――
17
確信を得て扉を開く。
扉を開いた瞬間、時間の流れが遅くなる。最初に飛び込んできたのはベッドの脚。視線を上げると、膨れたかけ布団。流れの遅い時間についていくとようやく人の姿を捉える。
紛れもない立花弥生の姿を。
突然現れた蓮に弥生は声を失って体を硬直させた。
それでもこちらをじっと眺めている。一方、蓮も久しぶりに会う弥生に息を詰まらせる。
彼女の額に巻かれた何重もの包帯に。
数日前、屋上で話した彼女とはかけ離れた姿は、痛々しかった。
久しぶりの再会は懐かしく、嬉しいはずなのに、二人に笑顔は弾けない。強張った表情のまま、重たい空気が病室を支配していく。
「本当に来れたんだ」
沈黙を破る弥生の一言により、驚きで曇っていた表情が晴れる。幼い子供みたいに浮かべた笑みに、ようやく蓮の頬も綻ぶ。
歩み寄ると、ベッドのそばの長椅子に蓮は腰を下ろした。返事もせずに一連の動きをじっと弥生は追うけれど、蓮は気にせず窓の外を眺めた。
「ま、一応僕も経験があるから、ね」
素っ気なく呟くと、弥生は「そっか」と短く返事してそれ以上は聞かなかった。
遠くを眺めていると、外の風は強いのか、雲の流れは早かった。
「今入ってきたってことは、聴こえてたんでしょ? 今日は歌ってても怒らないんだ」
「ここじゃ仕方ないのかなって」
「ふ~ん。あ、でも、一回危なかったけどね」
以前、屋上で恵理に聴かれそうになったのを白状する。
「だから気をつけろって言ったじゃん。あの歌は、一度も死んでない人に聴かれたらいけないんだし」
「分かってるって」
それまでは優しげでいた蓮だけど、ここだけは語句を強めて叱咤する。弥生は悪びれる様子もなくふざけてみせた。
ベッドの高さの関係から弥生を見上げて睨むけれど、彼女は平然と流して、細めていた目をパッと開く。
「前にも聞いたけど、なんでこんな戒律があるんだろうね」
あどけない眼差しとは裏腹に、難題を投げかけられて蓮は言葉を失う。弥生を直視できず、膝で頬杖を突いて目を逸らした。
納得する答えを期待する視線が痛く、耐え切れなくなった蓮は大げさにかぶりを振って払拭する。
「んなことより、なんで連絡してくれなかったんだよ?」
強引に話を切り替え、今度は蓮が弥生をじっと見据えると、彼女はまったく動じず、冗談気味に首を傾げる。
それでもじっと見ていると、弥生は体を前後に大きく揺らす。
「連絡ならしたじゃん、ちゃんと」
「あのな、あんな一言、「ごめん」じゃ、納得できるかよっ」
これまで冷静に話していたけれど、急に声を張り上げると、勢いで拳を壁に殴りつけてしまった。
鈍い音にさすがの弥生も驚き、肩を強張らせて首をすぼめてうつむく。
委縮する姿に我に返った蓮も、ヒリヒリと痺れる拳を擦りながら膝の上に戻す。
「……怖いのよ、今が」
「今って…… 蘇ったのが? でも、怖いって言ったって蘇るのは普通だろ?」
「そうじゃないの。別に蘇ることじゃなくて、周りが怖いのよ」
「周り?」
奇妙な言葉に、無言で弥生は頷く。
「一度死んじゃったらさ、私の存在も一度消えちゃうでしょ。それで、消えたはずの場所にまた戻る。そうしたときに、私を見るみんなの目が怖いのよ。なんか、変な目で見られる気がして」
「……そんなこと」
「分かんないじゃない。学校なんて、ほとんどの人が一度も死んでない子ばっかりよ。そのなかで一人死んだ…… って考えたら」
「そんなの関係ないだろ、現に僕は――」
「あんたと私は違うのっ」
次の瞬間、弥生は急に発狂する。
突然のことに唖然としていると、おもむろに弥生はベッドから降りた。
途方に暮れていると、弥生は蓮の腕を掴み、長椅子から無理矢理立たせる。
突発的な行動に困惑していると、弥生の細い腕の力を強く感じてしまい、蓮は逆らえずに従ってしまう。
「――出てってっ」
そのまま強引に病室の入口へと引っ張られた。そこで扉を勢いよく開くと、廊下へと蓮を背中から押し出した。
踏み止まろうとする蓮。しかし、予想を超える力に足元をふらつかせた。体勢を整えたと同時に背中でピシャッと断たれた。
「私はあんたとは違うっ。 違うのよ」
壊れそうな儚い弥生の吐息に、蓮は振り返れずじっとうつむいていた。両手の拳をギュッと握り締めて。




