第一章 15 ―― 一枚の絵 ――
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弥生とは屋上で別れることにした。
自分から命を絶つ、といった、最悪の事態に陥らないか、と微かな不安は残っていたけれど、夕焼けが好きだと言ったときに見せた嬉しそうで、無邪気な笑顔を信じてみよう考えた。
無邪気な笑顔の裏に、危うい感情を隠していないのだと。
ずっとそばにいておくことも考えてみたけれど、それは弥生の気持ちを余計に刺激してしまう危険性もあったので、遠慮しておいた。
弥生の気持ちを阻害したくはなかった。
病棟に戻ると、スタッフステーション内は少し騒がしくなっていた。
弥生との距離が少しでも縮まった気がしていたので、嬉しさを誰かと共有してみたかったのだけれど、辺りに漂う空気に影響を受けて、恵理を躊躇させてしまった。
「どうしたの?」
ただならぬ空気から、恐る恐るそばにいた同僚の清水に尋ねた。すると、清水はうんと頷いてみたけれど、表情はどこか浮かなく、曇っている。
「どうもこうもないわよ。ちょっとこれを見て」
訊かれた清水は怪訝とした様子で、恵理にある物を差し出す。
「――紙?」
手渡されたのは一枚の紙。ルーズリーフの一枚らしい。
説明もなしに渡されて困惑していると、紙に何かが描かれていることに気づき、視界に飛び込んできたものを捉えた瞬間、恵理は絶句して指先に力が籠ってしまう。
「ね、驚いたでしょ。この子、立花さんにしか見えないでしょ?」
清水も不気味そうに顔を強張らせて、同意を求める。恵理はまだ驚愕して声が喉を通らず、無言で何度も頷いてしまう。
絵には一人の人物画が描かれていた。
鉛筆で走り書きされた荒い絵。それでいて、一見して弥生だと把握できるのだから、描いた人物の描写力は素人目にしても、高いのが伝わってくる。
残念なのは、屋上で見た弥生の笑顔とは違い、寂しそうに見えてしまった。
笑顔を浮かべる絵の弥生。ビー玉みたいな眼差しは表現されているのだけれど、どこか物足りなさがあった。
気のせいなのか、一度屈託ない弥生の笑顔が印象強く残っていて、描かれている姿がどこか残念に思えてしまった。
「ねぇ、これ誰が?」
「分かんない。さっき、ちょっとゴタゴタがあったから」
焦る気持ちをグッと堪えて訊くと、清水は見当もつかないとかぶりを振る。
それでも、立花弥生を知っている人物が描いたことは事実。
「どこにあったの?」
「あそこ」
清水は顎をしゃくってみせる。釣られて振り向いた先は休憩所。
「どんな人だったの?」
「あぁ、確か男の子。多分、高校生ぐらいじゃないかな、見た目からして。制服着てたと思うし。どうだろ?」
曖昧な返事に苛立ち清水を凝視すると、「仕方ないじゃん」と、苦笑で返されてしまう。
(高校生の男の子……? まさか本当に彼氏?)
「だってさ、その前に変な人が来たんだよ。ここにあいつはいない――」
「ごめん、ありがと」
隣で腕を組み、何か癪に障ることを思い出したのか、清水は頬を膨らませ、口から次々と不満を吐き出してくる。
このまま大人しくしていれば、留まることのない不満に押しつぶされそうで、目眩が起こりそうになってしまう。
怒りにも取れる感情を浮かべる清水をよそに、恵理は話に耳を貸さず、慌ててスタッフステーションを飛び出した。
どうしても気がかりになってしまう。
(あの子に知らせないと)
廊下を駆け、迷わず屋上へと急いだ。まだ弥生は降りてきていないはずなので。
思わず強く握ってシワが寄ってしまった紙。弥生の顔が描かれた裏に一言、これも走り書きされていたが、恵理は気づかないでいた。




