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きみに咲いた勿忘草  作者: ひろゆき


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15/35

 第一章  15  ――  一枚の絵  ――

                       

           15



 弥生とは屋上で別れることにした。

 自分から命を絶つ、といった、最悪の事態に陥らないか、と微かな不安は残っていたけれど、夕焼けが好きだと言ったときに見せた嬉しそうで、無邪気な笑顔を信じてみよう考えた。

 無邪気な笑顔の裏に、危うい感情を隠していないのだと。

 ずっとそばにいておくことも考えてみたけれど、それは弥生の気持ちを余計に刺激してしまう危険性もあったので、遠慮しておいた。

 弥生の気持ちを阻害したくはなかった。

 病棟に戻ると、スタッフステーション内は少し騒がしくなっていた。

 弥生との距離が少しでも縮まった気がしていたので、嬉しさを誰かと共有してみたかったのだけれど、辺りに漂う空気に影響を受けて、恵理を躊躇させてしまった。


「どうしたの?」


 ただならぬ空気から、恐る恐るそばにいた同僚の清水に尋ねた。すると、清水はうんと頷いてみたけれど、表情はどこか浮かなく、曇っている。

 

「どうもこうもないわよ。ちょっとこれを見て」


 訊かれた清水は怪訝とした様子で、恵理にある物を差し出す。


「――紙?」


 手渡されたのは一枚の紙。ルーズリーフの一枚らしい。

 説明もなしに渡されて困惑していると、紙に何かが描かれていることに気づき、視界に飛び込んできたものを捉えた瞬間、恵理は絶句して指先に力が籠ってしまう。


「ね、驚いたでしょ。この子、立花さんにしか見えないでしょ?」


 清水も不気味そうに顔を強張らせて、同意を求める。恵理はまだ驚愕して声が喉を通らず、無言で何度も頷いてしまう。

 絵には一人の人物画が描かれていた。

 鉛筆で走り書きされた荒い絵。それでいて、一見して弥生だと把握できるのだから、描いた人物の描写力は素人目にしても、高いのが伝わってくる。

 残念なのは、屋上で見た弥生の笑顔とは違い、寂しそうに見えてしまった。

 笑顔を浮かべる絵の弥生。ビー玉みたいな眼差しは表現されているのだけれど、どこか物足りなさがあった。

 気のせいなのか、一度屈託ない弥生の笑顔が印象強く残っていて、描かれている姿がどこか残念に思えてしまった。


「ねぇ、これ誰が?」

「分かんない。さっき、ちょっとゴタゴタがあったから」


 焦る気持ちをグッと堪えて訊くと、清水は見当もつかないとかぶりを振る。

 それでも、立花弥生を知っている人物が描いたことは事実。


「どこにあったの?」

「あそこ」


 清水は顎をしゃくってみせる。釣られて振り向いた先は休憩所。


「どんな人だったの?」

「あぁ、確か男の子。多分、高校生ぐらいじゃないかな、見た目からして。制服着てたと思うし。どうだろ?」


 曖昧な返事に苛立ち清水を凝視すると、「仕方ないじゃん」と、苦笑で返されてしまう。


(高校生の男の子……? まさか本当に彼氏?)

「だってさ、その前に変な人が来たんだよ。ここにあいつはいない――」

「ごめん、ありがと」


 隣で腕を組み、何か癪に障ることを思い出したのか、清水は頬を膨らませ、口から次々と不満を吐き出してくる。

 このまま大人しくしていれば、留まることのない不満に押しつぶされそうで、目眩が起こりそうになってしまう。

 怒りにも取れる感情を浮かべる清水をよそに、恵理は話に耳を貸さず、慌ててスタッフステーションを飛び出した。

 どうしても気がかりになってしまう。


(あの子に知らせないと)


 廊下を駆け、迷わず屋上へと急いだ。まだ弥生は降りてきていないはずなので。

 思わず強く握ってシワが寄ってしまった紙。弥生の顔が描かれた裏に一言、これも走り書きされていたが、恵理は気づかないでいた。



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