第8話 天文部
退院した。
誰も祝ってくれない退院だった。
先生は笑った。
看護師さんも笑った。
でも。
みんな知っている。
私も知っている。
これは治ったからじゃない。
ただ少しだけ時間をもらっただけだ。
◇
春風が吹く。
高校の校門を見上げる。
新しい制服。
新しい教室。
新しい生活。
◇
そして。
アユのいる学校。
◇
「ユイ!」
遠くから声が飛ぶ。
振り返る。
◇
アユだった。
◇
少しだけ髪が伸びている。
中学の頃より大人っぽく見えた。
◇
「久しぶり」
◇
「昨日も会った」
◇
「病院でね」
◇
アユは笑った。
◇
その笑顔を見るだけで。
胸が苦しくなる。
◇
好きだ。
◇
言えないけど。
◇
◇
「天文部どう?」
◇
「楽しい」
◇
即答だった。
◇
少しだけ嫌だった。
◇
私の知らないアユがそこにいる。
◇
「そんなに?」
◇
「そんなに」
◇
また笑う。
◇
私が好きだった歌の話をする時より。
楽しそうだった。
◇
◇
放課後。
◇
私は校舎を歩いていた。
◇
目的地は決まっている。
◇
天文部。
◇
◇
本当は合唱部へ行くつもりだった。
◇
先生にも誘われていた。
◇
中学の実績があるから。
◇
続けた方がいいとも言われた。
◇
でも。
◇
私の足は違う方向へ向かう。
◇
◇
階段を上る。
◇
屋上へ続く扉。
◇
その横の部室。
◇
天文部。
◇
◇
私は深呼吸する。
◇
星なんて詳しくない。
◇
望遠鏡も触ったことがない。
◇
興味もない。
◇
それなのに。
◇
扉を開けた。
◇
◇
「失礼します」
◇
部室には数人いた。
◇
その中に。
◇
いた。
◇
アユ。
◇
そして。
◇
めぐる。
◇
◇
初めて見る。
◇
アユが夢中になった人。
◇
思っていたより普通だった。
◇
優しそうな顔。
◇
少し長い髪。
◇
穏やかな目。
◇
それだけ。
◇
なのに。
◇
アユはこの人を見る時だけ。
少しだけ嬉しそうに笑う。
◇
◇
「入部希望?」
◇
めぐるが聞く。
◇
「はい」
◇
自分でも驚くほど自然に答えた。
◇
◇
アユが固まる。
◇
「え?」
◇
私は笑う。
◇
「よろしくお願いします」
◇
◇
静かだった。
◇
その場で一番驚いているのは。
◇
たぶんアユだった。
◇
◇
帰り道。
◇
「なんで?」
◇
アユが聞く。
◇
「なにが」
◇
「天文部」
◇
「入りたかったから」
◇
「嘘」
◇
即答だった。
◇
私は苦笑する。
◇
◇
「そんなに分かりやすい?」
◇
「分かりやすい」
◇
アユは立ち止まる。
◇
「ユイ、星なんて興味なかったじゃん」
◇
胸が痛い。
◇
図星だから。
◇
◇
「そうかも」
◇
「じゃあなんで」
◇
言えない。
◇
あなたがいるから。
◇
そんなこと。
◇
絶対に。
◇
◇
だから私は嘘をつく。
◇
「めぐる先輩」
◇
アユの顔が固まる。
◇
◇
「え?」
◇
「ちょっと気になる」
◇
◇
沈黙。
◇
◇
私は知っている。
◇
最低だ。
◇
こんなの。
◇
分かっている。
◇
◇
でも。
◇
言えないんだ。
◇
本当のことが。
◇
◇
好きなのは。
◇
めぐるじゃない。
◇
アユだ。
◇
◇
だけど。
◇
その言葉を口にする勇気はない。
◇
私にはない。
◇
◇
だから。
◇
私はめぐるを利用する。
◇
アユの近くにいるために。
◇
◇
その日。
◇
家に帰ったあと。
◇
鏡を見る。
◇
そこには。
◇
最低な女が映っていた。
◇
◇
「私」
◇
小さく呟く。
◇
◇
「なにしてるんだろ」
◇
返事はない。
◇
窓の外には星が浮かんでいる。
◇
私はそれを見上げる。
◇
綺麗だとは思わなかった。
◇
ただ。
◇
アユも今。
◇
同じ星を見ているのかなと思った。
◇
それだけだった。




