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第8話 天文部

退院した。


 誰も祝ってくれない退院だった。


 先生は笑った。


 看護師さんも笑った。


 でも。


 みんな知っている。


 私も知っている。


 これは治ったからじゃない。


 ただ少しだけ時間をもらっただけだ。



 春風が吹く。


 高校の校門を見上げる。


 新しい制服。


 新しい教室。


 新しい生活。



 そして。


 アユのいる学校。



「ユイ!」


 遠くから声が飛ぶ。


 振り返る。



 アユだった。



 少しだけ髪が伸びている。


 中学の頃より大人っぽく見えた。



「久しぶり」



「昨日も会った」



「病院でね」



 アユは笑った。



 その笑顔を見るだけで。


 胸が苦しくなる。



 好きだ。



 言えないけど。




「天文部どう?」



「楽しい」



 即答だった。



 少しだけ嫌だった。



 私の知らないアユがそこにいる。



「そんなに?」



「そんなに」



 また笑う。



 私が好きだった歌の話をする時より。


 楽しそうだった。




 放課後。



 私は校舎を歩いていた。



 目的地は決まっている。



 天文部。




 本当は合唱部へ行くつもりだった。



 先生にも誘われていた。



 中学の実績があるから。



 続けた方がいいとも言われた。



 でも。



 私の足は違う方向へ向かう。




 階段を上る。



 屋上へ続く扉。



 その横の部室。



 天文部。




 私は深呼吸する。



 星なんて詳しくない。



 望遠鏡も触ったことがない。



 興味もない。



 それなのに。



 扉を開けた。




「失礼します」



 部室には数人いた。



 その中に。



 いた。



 アユ。



 そして。



 めぐる。




 初めて見る。



 アユが夢中になった人。



 思っていたより普通だった。



 優しそうな顔。



 少し長い髪。



 穏やかな目。



 それだけ。



 なのに。



 アユはこの人を見る時だけ。


 少しだけ嬉しそうに笑う。




「入部希望?」



 めぐるが聞く。



「はい」



 自分でも驚くほど自然に答えた。




 アユが固まる。



「え?」



 私は笑う。



「よろしくお願いします」




 静かだった。



 その場で一番驚いているのは。



 たぶんアユだった。




 帰り道。



「なんで?」



 アユが聞く。



「なにが」



「天文部」



「入りたかったから」



「嘘」



 即答だった。



 私は苦笑する。




「そんなに分かりやすい?」



「分かりやすい」



 アユは立ち止まる。



「ユイ、星なんて興味なかったじゃん」



 胸が痛い。



 図星だから。




「そうかも」



「じゃあなんで」



 言えない。



 あなたがいるから。



 そんなこと。



 絶対に。




 だから私は嘘をつく。



「めぐる先輩」



 アユの顔が固まる。




「え?」



「ちょっと気になる」




 沈黙。




 私は知っている。



 最低だ。



 こんなの。



 分かっている。




 でも。



 言えないんだ。



 本当のことが。




 好きなのは。



 めぐるじゃない。



 アユだ。




 だけど。



 その言葉を口にする勇気はない。



 私にはない。




 だから。



 私はめぐるを利用する。



 アユの近くにいるために。




 その日。



 家に帰ったあと。



 鏡を見る。



 そこには。



 最低な女が映っていた。




「私」



 小さく呟く。




「なにしてるんだろ」



 返事はない。



 窓の外には星が浮かんでいる。



 私はそれを見上げる。



 綺麗だとは思わなかった。



 ただ。



 アユも今。



 同じ星を見ているのかなと思った。



 それだけだった。


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