↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/13

第4話 逃げる人

 アユは歌が好きだった。


 たぶん誰よりも。


 でも、そのことを誰にも言ったことはない。


 言えなかった。



 小学生の頃。


 初めて合唱コンクールで歌った。


 その時のことを今でも覚えている。


 体育館。


 大勢の人。


 スポットライト。


 緊張。


 それでも楽しかった。


 歌っている時だけは。


 自分が自分じゃないみたいだった。


 だから好きになった。


 歌が。



 でも。


 好きだけじゃ駄目だった。


 中学に入ってすぐ。


 みんな気づいた。


「ユイ歌上手いよね」


「ソロやればいいのに」


「やっぱり可愛い子は違う」


 またそれだった。


 可愛い。


 可愛い。


 可愛い。


 歌じゃない。


 顔だった。



 アユは教室の後ろから見ていた。


 ユイが褒められるところを。


 拍手されるところを。


 笑顔を向けられるところを。


 そして思う。


 どうして。


 私は同じだけ練習した。


 同じだけ歌った。


 それなのに。



 放課後。


 誰もいない音楽室。


 アユは一人で歌う。


「この背中に鳥のように」


 声が響く。


 誰も聞いていない。


 だから好きだった。


 誰もいない歌が。


 誰にも評価されない歌が。



 音楽室の扉が開いた。


「やっぱりいた」


 ユイだった。


「なにしてるの」


「別に」


「歌ってたでしょ」


「歌ってない」


「嘘」


 ユイは笑う。


 アユは目を逸らした。



「アユって歌好きだよね」


 その言葉に少しだけ腹が立つ。


「嫌い」


「嘘」


「好きじゃない」


「じゃあなんで一人で歌ってるの」


 答えられない。


 好きだからだ。


 そんなこと。


 一番言いたくなかった。



「ユイはいいよね」


 気づけば口から出ていた。


「え?」


「可愛いし」


 ユイが固まる。


「歌も上手いし」


「そんなこと」


「ある」


 今度ははっきり言った。



「みんなユイばっかり見る」


 沈黙。


「それは」


「ユイは気づいてないかもしれないけど」


 アユは笑う。


 自嘲だった。


「私は知ってる」



 合唱コンクール。


 文化祭。


 発表会。


 いつだって。


「あの可愛い子誰?」


「歌上手いね」


「可愛いしね」


 最後に必ず付く。


 可愛い。



「私が同じ歌を歌っても」


 アユは窓を見る。


「誰も見ない」


 夕日が差し込む。


 オレンジ色だった。



 ユイは何も言わない。


 言えない。


 アユも分かっていた。


 ユイが悪いわけじゃない。


 そんなこと。


 一番知っている。



 だから余計に苦しい。


 憎めないから。



「ごめん」


 ユイが小さく言った。


「なんで謝るの」


「分からないけど」


 ユイは俯く。


「でも苦しかったなら」


 アユは思わず笑った。


 変なやつだ。


 本当に。



 ユイは可愛い。


 歌も上手い。


 優しい。


 だから嫌いになれない。



 帰り道。


 二人で歩く。


 夕焼け空。


 風が吹く。


「アユ」


「なに」


「私ね」


 ユイは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「アユの歌好きだよ」



 足が止まる。


 心臓が跳ねた。



「……そう」


 それだけしか言えない。



 好きだった。


 歌が。


 でも。


 今はそれ以上に。


 その言葉をくれた人が。



 だからアユは気づかない。


 その感情が嫉妬だけではないことに。


 そしてユイも気づかない。


 その言葉がアユをどれほど救ったのか。



 夕日が沈む。


 空はゆっくりと夜へ変わる。


 誰もまだ知らない。


 この先。


 二人が違う空を見上げることになるなんて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。