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第3話 かわいい子

私は昔から可愛いらしい。


 自分ではよく分からない。


 鏡を見ても私が映るだけだ。


 でも周りはそう言う。


「ユイちゃん今日も可愛いね」


「ありがとう」


「その髪型似合う」


「そうかな」


「モデルになれるんじゃない?」


「無理だよ」


 そう言われる度に私は笑った。


 それが正解だから。


 でも。


 本当は少しだけ嫌だった。


 みんな同じことしか言わないから。



 退院して数週間が経った。


 私はまた病院へ戻っていた。


 慣れた景色。


 慣れた匂い。


 慣れた天井。


 少しだけ安心する自分が嫌だった。


 午後。


 病室のドアが開く。


「ユイちゃん!」


 知らない男子だった。


 いや。


 クラスメイトだ。


 名前は思い出せない。


 でも顔は知っている。


「大丈夫?」


「うん」


「これお見舞い」


 コンビニの袋を差し出される。


「ありがとう」


「早く元気になってね」


「うん」


 五分後。


 彼は帰った。



 その後も人は来た。


 男子。


 男子。


 男子。


 また男子。


「頑張ってね」


「心配してたんだ」


「また学校来てよ」


 みんな似たようなことを言う。


 みんな優しい。


 でも。


 どこか遠い。



 夕方。


 病室にアユが来た。


 机の上を見る。


「すごいね」


「なにが?」


「お見舞い」


 果物。


 お菓子。


 花。


 ぬいぐるみ。


 病室は賑やかだった。


「そうかな」


「今日だけで何人来たの」


「四人?」


「多すぎ」


 アユは呆れたように言う。


 私は少しだけ笑った。


「人気者」


「違うよ」


「違わない」


「違うって」


 アユは窓の外を見る。


 機嫌が悪そうだった。



「アユは?」


「なに」


「入院したら来てくれる?」


「行かない」


「ひどい」


「病院嫌い」


「嘘」


「本当」


「嘘」


 私は知っている。


 アユは毎回来る。


 一度も欠かさない。


 誰よりも来ている。


 だから。


「じゃあなんで来るの?」


 アユは少しだけ黙った。


 それから言う。


「幼馴染だから」


 またそれだった。


 便利な言葉。


 逃げる時の言葉。



 その日の帰り。


 アユは珍しく病室の前で立ち止まった。


「ユイ」


「なに?」


「別に」


 何か言いたそうだった。


 でも結局言わない。


 そして帰っていく。


 私は不思議に思った。


 アユらしくなかった。



 翌日。


 私は学校へ行った。


 合唱部の練習がある。


 音楽室へ向かう。


 扉を開ける。


 みんながいる。


「ユイ!」


「退院したの?」


「大丈夫?」


 囲まれる。


 少しだけ苦しい。


 その時だった。


「どいて」


 アユの声。


 みんなが道を開ける。


 私は思わず笑った。


「なにそれ」


「なにが」


「保護者みたい」


「病人だから」


「失礼」


 周りが笑う。


 アユは不機嫌そうだった。



 練習が始まる。


 ピアノ。


 指揮。


 歌声。


 私は歌う。


 好きだから。


 歌っている時だけは病気を忘れられる。


 自由になれる。


 翼が生えたみたいに。


 歌い終わる。


 拍手。


 先生が言う。


「やっぱりユイは上手ね」


 みんなが頷く。


 私は照れる。


 その時。


 一瞬だけ見えた。


 アユの顔。


 笑っていなかった。


 拍手もしていなかった。


 ただ私を見ていた。


 まるで。


 何かを失った人みたいに。



 帰り道。


 夕日が沈んでいく。


「アユ」


「なに」


「どうしたの?」


「なにが」


「今日変だった」


「変じゃない」


「変だった」


 アユは黙る。


 そして小さく呟いた。


「ユイはいいよね」


「え?」


「可愛いし」


 私は立ち止まる。


 アユは前を向いたまま。


「歌も上手いし」


「そんなこと」


「ある」


 その声は少しだけ震えていた。


 私は初めて知る。


 アユも悩んでいることを。


 私には見えなかっただけで。


「アユ」


「帰る」


 そう言って歩き出す。


 私はその背中を見る。


 追いかけられなかった。


 分からなかったから。


 アユが何に苦しんでいるのか。


 まだ私は知らない。


 その言葉の意味を。


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