第3話 かわいい子
私は昔から可愛いらしい。
自分ではよく分からない。
鏡を見ても私が映るだけだ。
でも周りはそう言う。
「ユイちゃん今日も可愛いね」
「ありがとう」
「その髪型似合う」
「そうかな」
「モデルになれるんじゃない?」
「無理だよ」
そう言われる度に私は笑った。
それが正解だから。
でも。
本当は少しだけ嫌だった。
みんな同じことしか言わないから。
◇
退院して数週間が経った。
私はまた病院へ戻っていた。
慣れた景色。
慣れた匂い。
慣れた天井。
少しだけ安心する自分が嫌だった。
午後。
病室のドアが開く。
「ユイちゃん!」
知らない男子だった。
いや。
クラスメイトだ。
名前は思い出せない。
でも顔は知っている。
「大丈夫?」
「うん」
「これお見舞い」
コンビニの袋を差し出される。
「ありがとう」
「早く元気になってね」
「うん」
五分後。
彼は帰った。
◇
その後も人は来た。
男子。
男子。
男子。
また男子。
「頑張ってね」
「心配してたんだ」
「また学校来てよ」
みんな似たようなことを言う。
みんな優しい。
でも。
どこか遠い。
◇
夕方。
病室にアユが来た。
机の上を見る。
「すごいね」
「なにが?」
「お見舞い」
果物。
お菓子。
花。
ぬいぐるみ。
病室は賑やかだった。
「そうかな」
「今日だけで何人来たの」
「四人?」
「多すぎ」
アユは呆れたように言う。
私は少しだけ笑った。
「人気者」
「違うよ」
「違わない」
「違うって」
アユは窓の外を見る。
機嫌が悪そうだった。
◇
「アユは?」
「なに」
「入院したら来てくれる?」
「行かない」
「ひどい」
「病院嫌い」
「嘘」
「本当」
「嘘」
私は知っている。
アユは毎回来る。
一度も欠かさない。
誰よりも来ている。
だから。
「じゃあなんで来るの?」
アユは少しだけ黙った。
それから言う。
「幼馴染だから」
またそれだった。
便利な言葉。
逃げる時の言葉。
◇
その日の帰り。
アユは珍しく病室の前で立ち止まった。
「ユイ」
「なに?」
「別に」
何か言いたそうだった。
でも結局言わない。
そして帰っていく。
私は不思議に思った。
アユらしくなかった。
◇
翌日。
私は学校へ行った。
合唱部の練習がある。
音楽室へ向かう。
扉を開ける。
みんながいる。
「ユイ!」
「退院したの?」
「大丈夫?」
囲まれる。
少しだけ苦しい。
その時だった。
「どいて」
アユの声。
みんなが道を開ける。
私は思わず笑った。
「なにそれ」
「なにが」
「保護者みたい」
「病人だから」
「失礼」
周りが笑う。
アユは不機嫌そうだった。
◇
練習が始まる。
ピアノ。
指揮。
歌声。
私は歌う。
好きだから。
歌っている時だけは病気を忘れられる。
自由になれる。
翼が生えたみたいに。
歌い終わる。
拍手。
先生が言う。
「やっぱりユイは上手ね」
みんなが頷く。
私は照れる。
その時。
一瞬だけ見えた。
アユの顔。
笑っていなかった。
拍手もしていなかった。
ただ私を見ていた。
まるで。
何かを失った人みたいに。
◇
帰り道。
夕日が沈んでいく。
「アユ」
「なに」
「どうしたの?」
「なにが」
「今日変だった」
「変じゃない」
「変だった」
アユは黙る。
そして小さく呟いた。
「ユイはいいよね」
「え?」
「可愛いし」
私は立ち止まる。
アユは前を向いたまま。
「歌も上手いし」
「そんなこと」
「ある」
その声は少しだけ震えていた。
私は初めて知る。
アユも悩んでいることを。
私には見えなかっただけで。
「アユ」
「帰る」
そう言って歩き出す。
私はその背中を見る。
追いかけられなかった。
分からなかったから。
アユが何に苦しんでいるのか。
まだ私は知らない。
その言葉の意味を。




