第2話 歌う理由
退院の日。
空は晴れていた。
窓の外に広がる青空は相変わらず自由そうだった。
「ユイちゃん、本当に無理しちゃ駄目だからね」
先生が何度も念を押す。
「はい」
「少しでも苦しかったら連絡」
「はい」
「ちゃんと聞いてる?」
「はい」
先生は大きくため息を吐いた。
私は少し笑う。
何度も聞いた言葉だった。
それでも今日は違う。
病院を出られる。
学校へ行ける。
それだけで嬉しかった。
◇
久しぶりの学校だった。
校門。
教室。
廊下。
全部懐かしい。
ほんの数週間ぶりなのに。
「ユイ!」
声がした。
振り返る。
アユだった。
「おはよう」
「おはようじゃない」
「え?」
「退院したなら連絡しなさい」
「ごめん」
「本当に」
怒っている。
でも少し安心したようにも見えた。
「心配した?」
「別に」
いつもの返事。
私は思わず笑った。
「なに」
「ううん」
やっぱりアユは変わらない。
それが嬉しかった。
◇
放課後。
私はある場所へ向かっていた。
音楽室。
中から歌声が聞こえる。
綺麗だった。
誰かのピアノ。
重なる声。
知らない歌。
でも懐かしかった。
「入らないの?」
隣から声がする。
アユだった。
「合唱部?」
「そう」
「見学?」
「うん」
「へぇ」
興味なさそうに言う。
少しだけ腹が立った。
「アユは?」
「私?」
「入らないの?」
「親に入れって言われてる」
「じゃあ入るの?」
「たぶん」
本当に興味なさそうだった。
でも私は知っていた。
病室で歌っていたことを。
「歌、好きなんでしょ?」
アユは少しだけ固まった。
「なんで?」
「なんとなく」
「好きじゃない」
「嘘」
「嘘じゃない」
そう言って歩き出す。
私はその背中を追った。
◇
翌日。
合唱部の見学へ行った。
そして驚いた。
「アユ?」
「なに」
「なんでいるの?」
「入ったから」
「昨日、興味ないって」
「ないよ」
「じゃあなんで」
「さあ」
適当に答える。
だけど。
その日の練習中。
私は見てしまった。
アユが歌う姿を。
真剣だった。
誰よりも。
夢中だった。
目を閉じて。
声を重ねて。
歌っていた。
私は知る。
アユは嘘をついている。
歌が好きじゃないんじゃない。
好きすぎるんだ。
◇
帰り道。
夕焼けが街を染めていた。
「アユ」
「なに」
「病院で歌ってた?」
アユの足が止まる。
「は?」
「私が倒れた日」
「知らない」
「歌ってたよね」
「知らない」
顔が赤くなっている。
分かりやすい。
「歌ってたんだ」
「歌ってない」
「歌ってた」
「歌ってない」
私は笑った。
アユは不機嫌そうな顔をする。
「変なやつ」
「アユが?」
「ユイが」
「どうして」
「そんなの覚えてるなんて」
私は空を見上げた。
青い空だった。
「だって」
あの日。
暗闇の中で。
私を救ってくれたから。
「好きだったから」
「なにが?」
「その歌」
アユは少しだけ黙る。
そして前を向いた。
「翼をください」
「え?」
「あの日歌ったやつ」
私は笑った。
「やっぱり歌ってたんじゃん」
「しまった」
アユは頭を抱えた。
その姿がおかしくて。
私は久しぶりに声を出して笑った。
アユは呆れたようにこちらを見る。
だけど。
少しだけ笑っていた。
夕焼けの中。
私は思う。
またあの歌を聞きたい。
もっと近くで。
もっとたくさん。
そして気づかない。
それがただの憧れではないことに。




