5-3. 目的(3)
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温室の横にある研究室は、小屋と言ってよいほど小さな平屋建てで、しかし決して粗末ではなかった。遠くから見たら白壁に見えるそれは、近くで見ると素材違いの石を丁寧に組んだ壁であり、玄関扉は磨かれた紅木の一枚板で、分厚い。
パーゼルはさっさと大股で研究室の中に入った。あとに続くと、入ってすぐ横に下へ伸びる階段があり、彼は無言でそこを降りていく。階段の足元を照らすように、青白い光がぽつぽつと灯っていた。薄暗く狭い空間に、シトラは知らず胸の前で手をこすり合わせる。
「おーい。帰ったぞ」
誰かに呼びかけながら、パーゼルは階段を下りた先の金属扉を開けた。ぱっと白い光が網膜を焼く。その明るさに手をかざし、シトラは目をすがめて部屋の中を見やった。
小屋の地下とは思えないほど広い空間に、それでも所狭しと並ぶ魔導具と思わしきものと、錬金術の器具。びっしりと硝子瓶が並んだ棚、書きつけのような羊皮紙が散乱する机。雑然とした室内に、しかし人の気配はない。
パーゼルは溜息をつき、床に転がった丸い魔導具に歩み寄ると、腰をかがめながら「か・え・っ・た・ぞ」と、一音ずつ区切って発音しながら話しかけた。途端に、魔導具が宙に浮き、どこかへ向かって飛んでいく。
「ったく、認識が上手くいかねぇなあ」
耳の後ろを掻きむしるようにして、パーゼルがぼやいた。
「あぁえっと、お前さんは――その辺に座っててくれ。今あいつが湯を沸かすから」
顎で示した先には、さっきの丸い魔導具がいる。
「あいつって……魔導具ですか?」
「そ。音声認識で動く最新式、って言いたいんだがね。まだ試作の域を出ない」
指定された長椅子の上は、図面と書類と上着で埋まっていて、どこに座ればいいのかわからない。
「悪い。適当に退けて座って」
言われたとおりに、シトラは図面と書類を慎重に積み上げ、一人分の面積を確保した。
「すごいですね。広くて……庭園にこんな研究室があるんだ」
座ってから、シトラはパーゼルの研究室を改めて見回した。魔塔と同じ空間拡張魔術なのだろうか、天井までもが高い気がする。天井に埋め込まれた明かりは魔導燈の暖かな色と違い、白く眩かった。魔塔とはまた違う不思議な空間に、シトラは遠慮も忘れてじっくりと観察してしまっている。
「王宮で静かなとこって言ったらここくらいしか無くってね。ま、仕方なくってとこだな。オレこう見えて一応王族だからさ、王宮から離れらんないのよ」
「っ……」
シトラは慌てて立ち上がり、頭を下げた。王族。この人が。
(もう、それならそうと、教えておいてよ……!)
クレイスに心の中で文句を呟きながら、シトラは顔を伏せたまま、パーゼルの言葉を待った。
「あー、いい、いい。王位継承権の端っこにいるような立場よ、オレ。筆頭閣下の方がずっと偉いから、気にしなさんな」
軽い口調に救われて顔を上げると、パーゼルは居心地が悪そうに口をゆがめていた。彼はそのまま、ふらふらと丸い魔導具がいる方へ向かっていく。
シトラは先ほど作った一人分の面積に、ちょこん、と今度は浅く腰掛けた。
驚きはしたものの、王宮の中に専用研究所を設けている時点で、只者ではないのは当然だ。王族だというのに使用人を一人も置かず、魔導具で湯を沸かしているところを見ると、クレイスの友人というのも頷ける気がした。
もしかして……。
シトラは、魔導具と戯れているパーゼルを息を詰めてうかがった。
あの噂についても知っているだろうか。ユーネルディア家が実際『どんなふうに』人を探しているのか。もしそれが、探しているのではなく、『探しているように見せる』ための画策なのだとしたら……。
だめだ、とシトラは首を振る。
パーゼルはクレイスの友人だ。ここでの言動は全部クレイスに筒抜けになってしまう。彼はきっと自分に何も見せない。たとえ訊いても躱されてしまうだろう。ちゃんとした証拠を自分で集めない限りは……。
シトラは研究室の壁、棚、机の上を確認していく。作りかけの魔導具なのか、豆ほどの大きさの細かな部品が机の真ん中に寄せられるようにして置かれていた。それと反対側の壁には錬金薬を生成するものだろう、薬草らしき束がいくつか積まれていて、それらを細かくほぐしたものが入れられた大籠、硝子の器具、何を示すのかよくわからない計器が壁にかけられている。
水音とともに、珈琲の香りが立ち上った。
「興味あんの? オレの研究」
唐突に声をかけられ、シトラは肩を一瞬震わせた。
パーゼルは淹れ終わった珈琲を「ほい」と置いて、封が開いた袋を無造作に差し出し、「これ、甘いもんだから」と振った。いただきます、と呟いて袋の中を探り、中のものを摘まみだすと、意外にも可愛らしい色と模様の飴が出てくる。
口に放り込むと、柑橘の香りと濃い甘みが広がった。おいしい。
「お前さんも魔術士なんだろ? ちょっとなんか魔術使って見せてよ」
もごもごと飴を舐めていた口が凍り付いた。
面白がる表情を隠そうともせず、パーゼルは褐色の瞳をシトラに向ける。
「すみません。今日は……あいにく、杖を持ってきてなくて」
残念そうに顔を傾けてみせると、彼は瞼を半分下ろすようにしてシトラの首元を見つめ、指をさした。
「それは?」
シトラは首飾りを確かめるように、手を伸ばした。
「……先生が、身分証だと」
指先で鎖を手繰り寄せ、襟元から首飾りを引き出して、手のひらにその石を載せた。青く澄んだ石に、流水紋のような文様が彫り込まれていた。
「へぇ。なるほどねぇ。身分証」
パーゼルは細めた目を元に戻し、頷きながらにやついた。
「随分とまあ、ねちっこい『身分証』だ」
「ねちっこい?」
「あいつの魔力がむせ返るくらい込められてやがる。漏れ出してはないからお前さんにはわからんか。こりゃ、俺の感覚を阻害するためだけにやりやがったな、あいつ」
パーゼルは珈琲をぐびりと飲んで「まあいい」と呟いた。
「こんだけ過剰反応されりゃ、これ以上首突っ込むのは野暮ってもんだ。あ、それしまっていいよ」
シトラは愛想笑いを浮かべながら首飾りを元に戻した。クレイスの過保護さが、友人であるパーゼルにも伝わってしまったのだろう。なんだかちょっとだけ気まずい。




