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アルヴァレインの魔女  作者: 理慈
第3章
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5-4. 目的(4)

「パーゼル様は、魔導技師でいらっしゃるんですか? それとも、錬金術師?」

 殿下という敬称の方がふさわしいのか悩み、結局無難なものに落ち着いた。シトラは漂う気まずさを掃おうと、彼の研究に話を移す。


「どっちもだね。気の向くまま好きなことをしてるってだけ」

 パーゼルは立ち上がって棚に向かうと、硝子の小瓶をいくつか取り出し、腕に抱えて戻ってきた。卓の上の図面を押しやって、それらをひとつずつシトラの前に並べて見せる。


「まあ両方やってると資金なんかいくらあっても足りなくてね。最近じゃ『いかに安く済ませるか』って研究が本業じゃないかって自分でも思い始めてきたところだよ。しっかし、廉価品で済ませようにも、なかなか効果を引き出せなくてさ。あいつからもこの前『もっと手頃な価格にならないか』って無茶苦茶言われたけど、無理だっつーの」

「鉱山の瘴気を浄化する魔導具、ですか?」

「そうそれ。なんだ、知ってたのか」


 パーゼルの指が、二つの小瓶の蓋の上を行き来した。


「あの魔導具の核は魔結晶でね。吸わせる成分によって効能が変わるんだ。こっちはプルガトリア・アウレア。んでこっちがプルガトリア・オパカ。アウレアは五七零の二――あの浄化の魔導具の核に吸わせた霊草だ。効果は文句なしだが採取場所が限られていて、あまりに高価すぎる。つーわけでオレはオパカに目を付けた。まあ結果的には上手くいかなかったんだけどな」

 やれやれ、とパーゼルは溜息を吐いた。


「こういう、代替品で同等以上の効果を出す研究を今はしてるよ。物によっちゃ十分の一以下の値段でかなりいい線までいけるが……筆頭閣下の研究には、役に立たないだろうな」


 シトラはクレイスの研究室を思い浮かべた。足を踏み入れたことはないが、おそらく、最高級の器具に最高級の素材が惜しみなく用意されている――そんな気がする。


「たしかに、お金の出し惜しみしなそうですもんね」

 王都の菓子店でも、茶器店でも、服飾店でも、ちょっとでもシトラが興味を見せれば『端から端まで』全部買いそうな勢いで、そのたびにシトラはおののいている。筆頭という職がどれほどの収入を得るのかは知らないが、彼が金銭面で思案する姿は想像がつかない。


「お前さんはあいつとは違うだろうから、オレの研究が役立つ日もくるだろう。これ、読んでいいよ」

 パーゼルは、ぽい、とシトラの前に羊皮紙をまとめた束を放り投げた。代替可能性の高い霊草や魔導物質が一覧になっていて、単価と注意書きが添えられている。字は読みづらく、しかし細かい。聞いたことのあるものやないものが入り混じり、シトラはただただ、へぇ、と感嘆の声を漏らした。


「安いものは、やっぱり効能が劣ったり、使用期限が極端に短かったりするんですね」


 紙をめくりながら、シトラは興味深く一覧の文字を追う。


「そ。効果の高いもんはやたら辺境や奥地にいかないと手に入らない。オレの考えでは、おそらく古代人が採り尽くしちまったのさ。その証拠に、古代語の魔導書には、今じゃ考えらないくらいの超高級品が普通に現れる。ったく、後世のことを考えろっつーの。持続可能な資源環境を整えるのも研究者の役目だろーに」


 持続可能、という言葉に、シトラは目を丸くしてパーゼルを見つめた。


 まさか、この世界でそんな概念に出会うとは。


 前世では、持続可能性という言葉が広まるまでに、多くの森が焼かれ、多くの物が失われ、多くの言葉が重ねられた。その結果、自分のところまで届く概念として伝えられたのだ。しかし、その概念のきっかけがどんなものだったのか、自分はまったく知らない。


 パーゼルはこの個人的な研究室で、古代語の魔導書を読み、その概念に行き着いて一人怒っている。

 もしかしたら、かつての世界でもパーゼルのような人がいたのかも知れない。目の前のことのみならず、先を見通す、良心を持った研究者が。


「何。そんなに尊敬されちゃった? オレ」

 パーゼルは袋に手を突っ込んで飴を掴み取ると、数個まとめて口に入れる。


「はい。パーゼル様って、すごいです」

「ヴッ」


 苦し気に喉元を押さえて、パーゼルは、どんどんと胸を叩いた。そのまま珈琲を飲み干す。


「……うわぁ。こりゃ、納得だわ」

 彼は飴をぼりぼりと噛み砕きながら、何かを気の毒がるような、哀れみをこめた目をシトラに向けた。

「天然もんっつーのは恐ろしいね。お前さん、魔術士やめてオレんとこで助手になる?」


 え? とシトラは眉をひそめた。

 どうしてそんな話になるのか理解できない。


「向いてると思うよ。その代替品一覧見てる時の目、知りたくてたまらないって顔だ」

 パーゼルは顎で書類を示した。


「せっかくのお心遣いですが、あの……私、先生の弟子なので」

 遠慮がちにシトラは首をすくめた。無遠慮な好奇心を晒してしまったことが恥ずかしく、しかし冗談とは言えその好奇心を評価されたことが純粋に嬉しい。それでも、魔術士をやめるつもりはシトラには毛頭なかった。


「ふーん。じゃあお前さんは、宮廷魔術士目指してるってわけか」


 シトラは、ぱちぱちとまたたいた。

 宮廷魔術士。国の人材であり、その立場を国に保証された魔術士。

 それを目指すという発想が、シトラの中には存在していなかった。


「そう……なんでしょうかね……??」


 眉を寄せ、シトラは首を傾げながら、パーゼルに問いかける。


 しん、と静まり返った後、パーゼルは爆発するように大きな笑い声をあげた。


「おいおい、まじかよ。お前さん、欲ってもんがないのか? 筆頭の弟子だろ? 宮廷魔術士になれば出世間違いなしだ。国家という盾を手に入れて、思う存分魔術の道に没頭できるんだぜ。それをお前、『そうなんでしょうかね?』ときたもんだ。いやまったく、参ったねぇ」


 パーゼルは密林の奥深くに存在した未知の生物を観察するような、不躾極まりない視線をシトラに向けた。全身を往復するように眺め回され、シトラはその居心地の悪さに身を縮ませる。自分の将来に関してよく知らない他人に問いかけてしまった非は認めるが、何もそんなに面白がらなくてもいいじゃないか。


「まあ、魔術士をやめたくなったらオレんとこに来な。そんときは助手として雇ってやるよ。あー、賃金は期待しないでくれよ? 場合に寄っちゃ現物払いになるからな」


 はぁ、と曖昧に頷いて、シトラは珈琲のカップに口をつけた。珈琲は既にぬるく冷め、ひどく薄味だった。水分補給のようにそれを飲み干して、シトラは心の中で、宮廷魔術士、と小さく呟いた。

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