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アルヴァレインの魔女  作者: 理慈
第3章
43/58

4-2. 憶測(2)


     ◇


「――っていうことが、昨日あってね」


 シトラはドーナツを半分に割り、隣に座るルカへと差し出した。彼は嬉しそうに受け取ると、満面の笑みでぱくりとドーナツにかぶりつく。千切れんばかりの尻尾が見えるようで微笑ましく、シトラもまた、自分の手に残るドーナツを口に運んだ。


 クレイスは朝から王宮へ出仕していた。修練日でもないのにルカが来て、シトラはたわいのない話をしながらのんびりとお茶を飲んでいる。


「ほれはあれれふよ。ひひょーが……」


 大きなドーナツの半分以上を口に詰め込んだルカが、もごもごと何かを言いかけ、慌てて茶器に手を伸ばした。紅茶を流し込み、残りのドーナツを口に放り込むと、ルカはふわふわの金髪を揺らしながら咀嚼してごっくんと飲み込んだ。


「それはあれですよ。師匠がシトラさんを見せたくなかったんですよ」

「どういうこと?」

「うーん。多分だけど、シトラさんの適性を隠そうとしたんじゃないですか? 魔術使ったんでしょ。俺は他人の魔力の属性まではわかんないけど、学者とか、ごく一部の人はわかるって言うし。全属性だってバレちゃったら、きっとすごいですよ。血も汗も涙も集められて、朝から夜までずっと魔術使わされて、干からびるまで研究される、きっと」


 ルカはぞっとする口調で言うと、自分の二の腕をさすった。

「俺絶対耐えられない。無理」


 その様子がおかしくて、シトラは口を押えて笑う。

 でもそうか。もしかして、パーゼルさんには気付かれちゃったかもしれないのか。


 たしかに、自分の適性が全属性だと知っているのは、ごく限られた人間だ。クレイスとルカ、あとは生家であるユーネルディア伯爵家の父と兄。生家の人間は自分の適性は知っていても魔力回路がないと信じていたから、実質知っているのは二人だと言えるだろう。もしかしたらクレイスの補佐官であるエレナも知っているのかもしれないが、はっきりと聞いたことはない。


「魔術使うだけで属性ってわかっちゃうものなの?」

「らしいですよ。でも、感じるだけではっきりとわかるわけじゃないって聞きますね。何種類もの花の香りを混ぜて嗅ぐみたいな……」


 なるほど、とシトラは下唇を摘まんだ。

 全属性が権力者にとって垂涎の果実だと聞いたのはいつのことだったか。他者と関わることがほとんどなかったせいですっかりと意識から消えていた。王都の広場で光の魔術を行使したことがあるが、あれも危険な行為だったのかもしれない。


「気をつけないと、クレイスにも迷惑かけちゃうね」

「そういうのは師匠は気にしないと思うけど、まあ、シトラさんのことになると人が変わったみたいになりますよね。師匠は」

「そうなの?」

「うん。俺、こっちで修練しない日は王宮で先輩たちと修練してるんですけどね」


 ルカはドーナツ半分では足りないとばかりに、白磁の小壺を開け、中の砂糖菓子を一つ摘まみだした。


「先輩たちにシトラさんのことを聞かれて。ほら、師匠が魔塔に人を住まわせるなんて前代未聞だから。どんな女性なんだとか、根掘り葉掘りすごかったなぁ。でも、喋ったらあとで師匠の雷が落ちるのわかってたから、何も言わなかったんです。それで、ただ師匠に、先輩たちにこんなこと聞かれましたって報告したんです。そしたら……」


 二人きりだというのに、ルカはひそひそと声を落とした。


「そしたら……?」

 思わずシトラも声を潜め、前のめりになって繰り返す。


「次の修練日、シトラさんのことを噂してた先輩たちが、消えてた」

「えっ!!」

「なんだっけな、ベラガ山岳地帯の調査隊に一か月同行するとかで。あれ俺も行ったことあるけどきっついんですよねー。宮廷魔術士の公務の中では避けたい公務上位三つに入ると思う」


 ルカは哀れみ交じりの遠い目でどこかを眺めた。


「知らなかった……なんだか、申し訳ないな」

 ベラガ山岳地帯と言えば、王国内でも最も標高の高い過酷な地域だ。公務内容がどんなものかは知らないが、もし自分に関する噂をしたせいで、クレイスが彼らを同行させたのだとしたら。


 これまでの彼の過保護さを考えれば、十分にあり得る、とシトラは思った。


 なぜ、彼がここまで自分を保護しようとするのか。それは何度も繰り返してきた問いで、答えは既に出ている。責任感、唯一の同胞。全属性という適性に対し、自分があまりに未熟で、力がないがゆえに、世の中の悪意から守ろうとしてくれているのだ。それはわかる。


 しかし、まさか噂をしただけで人事異動とは。

 シトラは心苦しくなり、眉をひそめた。


「大丈夫、大丈夫。それにほら、王宮の噂はいろいろあるから、そのうちみんな飽きてシトラさんのことも忘れちゃいますよ」

「だといいけど」

 苦笑しながら、シトラは冷めた紅茶を飲んだ。


「そうですって。最近の噂だと、帝国に留学してる王女殿下が我儘を言いまくって皇帝をげんなりさせてるとか、とある貴族が顔色を変えて人探しに躍起になってるだとか、近衛騎士団の副団長に浮いた噂がないのは忍ぶ恋をしているからだとか……他にもいろいろ、小さいのから大きいのまで」


 ルカは励まそうとするように、王宮の噂を並べ立ててみせる。その言葉にシトラはまたたき、茶器を置いた。


「とある貴族、って?」

「あー、ナントカ伯爵家……ユーネルディアだったかな。人を探してるらしいんだけど、どうにも変だって。名前もどんな人かも言わず、探してる探してるってあちこちで言いふらしてるらしいですよ。おかしいですよね。人探しなら名前くらい出せばいいのに」


 シトラは卓に伸ばしたまま固まっていた手を、そっと膝に戻した。戻した手をぎゅっと掴み、握りしめて、俯く。


 頭の中が、引き出された情報と疑問で溢れ返っていた。


 なぜ王宮で。なぜ今更。それは商会から自分が消えたからだ。商会主のセルヴァンが生家に何か伝えたとしか思えない。商会で自分の身は確かに筆頭預かりとなったのだ。


 しかしなぜ探すのか。居場所は既に把握しているはずだ。わざわざ探すなんてことをしなくても、彼の元を訪ねれば済む話だ。それを、手間暇をかけてまで噂になるほど探す。しかも名前を出さず、敢えて核心を避けるような探し方で――


 とてつもなく嫌な憶測が思い浮かび、シトラは指の関節が白くなるほど掴んだ手に力を込める。


「シトラさん? 大丈夫? どうしたんですか、突然」


 気遣わしげなルカの声に、シトラは顔を上げた。


「あ、あぁ……うん、ごめん。なんでもないの。ちょっと昔の嫌なことを思い出して」

 ごく軽く苦笑するように、シトラは唇を和らげて、首を傾げた。


 自分の憶測が外れていればいい、外れていることを確かめなければ、と、きつく思いながら。

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