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聖女は、この世界で生きることを受け入れた

結論からいうと、ゴリ押しは成功し、ハイドレンジア王子は私と結婚してくれることになった。

王子は、私への贖罪として「なんでもする」と心の中でいってたように、私のプロポーズをその場で受け入れてくれた。

王子に、マリー・ゴールド公爵令嬢という長年よりそってきた婚約者がいたということを私が知ったのは、後日のことだった。


そして、いま、マリー・ゴールド公爵令嬢は、私を階段からつきとばしたために兵に捕らえられている。

彼女ほどの身分があれば、私が「聖女」とはいえ、その程度の罪で刑を受けることはないだろう。

このひと月で学んだこちらの世界の常識で考えれば、自宅謹慎の後、遠方へと嫁がされるのではないだろうか。


私の、彼女への気持ちは複雑だ。

申し訳ないと思わないわけじゃない。

けれど、この世界で最も頼りになる味方であるハイドレンジア王子とゴリ押しで婚約したことを後悔はしていない。


王子は、あの時かんがえた以上に、私のために動いてくれる。

私だって、この手を必要としているのだ。

比べることなんてできないけれど、マリー・ゴールドよりも、きっと。


憎しみに燃えるマリー・ゴールドの緑の目に、体が震える。

ハイドレンジア王子が、それに気づいてぎゅっと抱きしめてくれた。


「だいじょうぶですよ、アン。あなたは、なにがあっても私が守ります」


私をなだめるように、王子が優しくささやく。

背を撫でられ、抱きしめられると、すくんでいた心と体が安堵した。


王子に触れられているところから、王子の気持ちが伝わってくる。

ずっとともに育ったマリー・ゴールドではなく、私を心配し、尊重してくれる心だ。


多くの人が誤解しているようだけど、王子は私に恋をしているわけではない。

王子の心をしめるのは、ただ異世界のなんのゆかりもない娘を、自分たちのために召喚し、利用していることへの罪悪感と、浚ってきた私への贖罪だ。


マリー・ゴールドへの対応が冷たいのは、私への恋心から元婚約者である彼女を疎ましく思うようになったわけではない。

王妃となるはずだったマリー・ゴールドが、この世界のために犠牲になった私への思いやりに欠ける態度をとることに憤りを覚えているからだ。


だって、マリー・ゴールドは婚約者と王妃の椅子を失ったかもしれないけれど、私のように無理矢理異世界に連れ去られたわけじゃない。

親も、生まれ育った国も、友人も、思い出のある品々も、彼女はなにひとつ奪われていないのだ。

王妃となるためにした努力が無駄になった?

私だって、高校、大学と受験勉強をがんばって、就職活動もがんばって、そして得た仕事も、経験もすべて無駄になった。

そんな私の事情を、真摯に受け止めてくれるのがハイドレンジア王子だけだったというだけだ。


「アン。俺たちも、いる。俺たちも、君を守るから」


「もうだいじょうぶだ」


「なんで、俺の傍から離れたんだ?どこかに行きたいときは、ぜったいに俺たちに言えって言ってるだろ」


グレンが、マニオンが、ソルが、口々に言う。

心配して駆けつけてくれたらしい3人は、王子の友人だ。

そして、王子の話を聞いて、私の味方になってくれた人たちだ。


私は、3人に次々抱き付いた。

そして、彼らの心が私への心配の情で満たされていることに安堵する。


彼らは、ハイドレンジア王子が用意してくれた私を守る騎士であり、味方であり、王子の「スペア」だ。


私への贖罪を真剣に考えている王子は、もしも自分が私よりも先に……それこそ明日にでも死んでしまった時のことを考え、自分が死んだ場合の私の嫁ぎ先として彼らに打診してくれたらしい。

その「もしも」に備えて、彼らは結婚もしないつもりだと聞いて、さすがに申し訳なくなった。

けれど彼らは優しくて、「迷惑かけているのは、俺らのほうだろ」って言ってくれた。

彼らに触れると、それはまぎれもない本心だったので、私はひさしぶりに申し訳なさから泣いた。


だって、彼らの申し出はありがたかったのだ。

このままハイドレンジア王子と結婚しても、すぐに王子が亡くなってしまえば、私はまたこの世界にひとりになってしまう。

この世界の地脈をおさえるという自分の役には立たない力のために、私を利用しようとする人がたくさんいるこの世界で。

真実、私の味方である彼らが生涯私を守ってくれるというなら、これほど嬉しいことはないと思ってしまうから。


私は、ずるい、卑怯な人間だ。

元の世界にいた時は、まだマシな人間だったけど、この世界で孤独と不安でいっぱいになって、どんどんひどい人間になっている。


ソルの護衛をまいて、ひとりになったのは、急にお腹が痛くなって、トイレにいきたくなったからだ。

しばらくトイレにこもるのに、扉の前にソルを立たせておくのが恥ずかしかったのだ。

けれど、その帰りにマリー・ゴールドに出会い、いつものように彼女が私に罵詈雑言をはいてきたとき、わざと挑発するように見下して笑ったのは……、そこが階段の上で、激昂したマリー・ゴールドが私をつきとばしでもしたら、彼女はもうこの城にはいられなくなるのではないかと、ちらりと考えたからだ。

それまでも、マリー・ゴールドは周囲に王子たちがいなければ、悪口を言いながら突き飛ばしたり、つねったりしてきたから。


その思惑は、うまくいってしまった。

マリー・ゴールドは私をつきとばし、私は階段から落ちて怪我をし、彼女はとらわれの身だ。

きっと、もう私の前に現れることはない。


計画通り。


私の姿を見るたび、嫌がらせを繰り返してきたマリー・ゴールドの姿をもうみなくていいのだ。

こんなことで嬉しくなる自分がいやだけど、ほっとするし、嬉しい。


いちばん私を敵視してきたマリー・ゴールドはいなくなる。

だから、もう、こんなことはこれを最後にしよう。


どこまでも優しく私を抱きしめてくれるハイドレンジア王子の腕の中で、誓う。

この世界のことを学び、いつかきっとマリー・ゴールドよりもよい王妃になることを。

それが、この異世界に浚われてきた私のことを、本心から思いやってくれた王子に対するいちばんの恩返しになるだろうから。 


そして、この世界での味方を増やし、「私」という存在が認められるようになったら、グレンたちも解放しよう。

そして、いつか、彼らと対等な友人となり、王子のよきパートナーになれればいい。


私は、「聖女」アン。

この世界で、生きるしかないのだから。

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