聖女は、王子との婚約をねだり
身勝手に、異世界に呼ばれて、身の安全も保障されていない。
不安と怒りでいっぱいの私が睨み付けると、私が「聖女」だからだろう、前列にいた人々のもやに青が混じる。
……ほんの一挙手一投足で、私への評価が変わってしまう。
私は、落ち着いて考える暇もないのに。
頭がおかしくなりそうで、救いを求めてひとりひとりの顔を見る。
味方が、欲しい。
すこしでも、信頼のおける味方が……。
人々の衣服や勲章、宝石を見ると、前列にいる人々がこの国の要職にある人なのだろう。
彼らの中から、味方を見つけられれば……。
私はただひたすら、人々を観察する。
ゆらゆら、彼らが発するもやが揺れ、金の色は青く、黒く変化する。
黒は、私への害意だった。
では、青はなんなのだろう。
私は、王様の隣に立つ青年に目をつけた。
切れ長の目が印象的な正統派のイケメンだ。
彼のもやは、ほとんどが青にそまってる。
「そこの方、前へ」
私は聖女らしさを装って、言う。
青年は、かすかな笑みをうかべて、私の足元へとひざまずいた。
「ハイドレンジアと申します。このフェヴェール国の第一王子でございます」
王子が、私を見る。
その瞬間、心臓が高鳴った。
彼が、美形の王子さまだからってわけじゃない。
王子の目には、私へのいたわりがありありとあらわれていたからだ。
「手を」
期待したくなる気持ちを抑えて、王子に手を重ねるようお願いする。
王子様は、王子様だ。
外面をよくするのはお手の物だろう。
このいたわりのまなざしは、いつわりのものかもしれない。
けれど今の私には、それを判断する能力がある。
このわけのわからない事態の中で、それは不幸中の幸いだった。
王子が、私の手に手を重ねる。
ひんやりした、大きな手だった。
そして、流れてきた王子の心は……。
(なんということだ、聖女がこの世界に戸惑っていらっしゃる。まるで彼女は、ごく普通の……我々と同じ人間のようだ。あぁ、だが、だったら我々のしたことは、なんという非道なことか。このような若い娘を、なんのゆかりもないこの世界を救うために、故郷から連れ去ってしまったとは……!)
私への、罪の意識。
そして贖罪だった。
(私たちには、彼女を元の世界へ戻す方法はない。今、こうしている時も、あらぶっていた地脈が抑えられているのを感じる……、これは彼女がなしてくださった業だというのに。……私たちは、なんということをしてしまったのだ。しかしもう取返しがつかない。かくなるうえは、この身を捧げても、彼女のために便宜をはかり、彼女を守ろう)
じっと手をつないだまま、王子の顔を見つめる。
私のかたくなな心を溶かすように、王子は微笑みをうかべているが、心の中は後悔と私へのいたわりに満ちている。
彼だ。
彼が、私の味方だ。
逃がしてはいけない、そう思った。
王子という立場なら、国のためなら異世界の娘ひとりくらい犠牲にすることを割り切れる性質が望まれると思う。
この王子は、私への同情でいっぱいで、そういった割り切りは今のところ心のうちに少しもないようだ。
ということは、次期王としての教育をうけていないかもしれない。
とはいえ、王子であるなら、この国においてそれなりの発言権はあるはずだ。
それに王子の妻ともなれば、そうそう簡単に監禁されたり、神殿に押し込められたりはしないはず。
すくなくとも、ただの異世界の小娘というイレギュラーの存在でいるよりは、この世界で「人間」として認められるはずだ。
……女は、度胸だ。
彼が、王子としてまっとうな計算をしてしまう間を与えてはいけない。
誰かに相談する間も、与えてはいけない。
私が「聖女」だと、まだこの場にいる人たちが信じている今なら、ゴリ押しも可能なはずだ。
今を逃したら、二度とチャンスはないかもしれない。
だから。
私は、ハイドレンジア王子の手をぎゅっと握りしめて、宣言した。
「私は……、聖女アン・ハヤシは、貴方を気に入りました。貴方を夫とし、この世界で生きていきましょう」
そう言うと、王子はその整った美貌を崩し、驚きの表情で私を見上げた。




