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聖女は、召喚された日を思い出さずにはいられず

王子の元婚約者であるマリー・ゴールドが私を睨みつけながら、兵に連れられて行く。

私は、王子たちに抱きしめられながら、それを見送った。

胸に広がるのは、安堵。

彼女は、私に危害を与える人だったから……かわいそうだけど、仕方ない。

私を守るという王子たちの言葉を聞きながら、私はこの世界に来た日を思い出した。



それは、五月のゴールデンウィークが終わろうとする日。


私は、月曜日という強敵にたちむかうため、友達とパフェ巡りで充電していた。

目をつけていた抹茶パフェも、大人向けチョコパフェも、写真映えするフラワーパフェも完食し、やれやれ、明日からまたお仕事ですなーと友達と言いあって、別れて、家に向かう途中。


とうとつに、地面に穴があいた。

嘘でしょ、と叫ぶ間もない。

真っ暗で、何も見えない穴を落ちていく恐怖に私は意識を失い、気づいたら「聖女」とか呼ばれていた。




地面に足がついた瞬間、意識は取り戻したのだと思う。

目を開けると、偉そうなおじさんが私の足元にひざまづき、叫んだ。


「喜べ、皆の者!聖女は、ここに召喚された!世界は安寧を取り戻した……!聖女よ、よくこの世界へ来てくださった……!我々は貴女の来訪を心より歓迎する……!」


その言葉を合図に、周囲の人がばらばらと私に向かってひざまずく。

やたらデカい外国人っぽい面々にとうとつにひざまづかれて、私はあわてふためいた。


「……えっ、なに?ここ、どこ?なんで私、こんなとこにいるのぉ?」


女子中高生かっとつっこみたくなる舌ったらずな口調になってしまったけど、許してほしい。

目にも、涙がわきでる。


わけわかんない、なにこれ。

私にひざまづいてる人たちは、映画とかでみる王侯貴族っぽい恰好をしている。

髪の色は、金銀をメインに、青とか赤とかピンクとか。

映画の撮影に紛れ込んだ?なんてとぼけたいけど、この人たちの空気感がどう考えても演技なんかじゃない。


怯えて立ちつくす私に、彼らもおそるおそる顔をあげ、困惑気に私を見た。


その瞬間、私は彼らの頭上に金色のもやがかかっているのに気づいた。

うっすらと彼らの頭から上を覆うように、赤みがかった金色のもやが見えるのだ。


なに、これ。

なんなの、これ。


ますます怖くなってふるえていると、さっきの偉そうなおじさんが私の顔色をうかがうように尋ねてきた。


「聖女?どうかなさいましたか?」


聖女?なにそれ、それって私のこと?

冗談でしょ、私はただのしがないOLで、そんなラノベに出てきそうな代物じゃない。


けれど、うっかり「聖女じゃない」なんて言ってもいいのだろうか。

もし彼らが望む「聖女」ではないとバレたら、殺されたりしない?


そのまますんなり、元の世界に戻してくれるならいい。

でも、危害を加えられるかもしれない。


どう答えるのが正解なのかわからず、私がふるえていると、おじさんはちらりと視線で右手にいた女性をうながした。


「聖女さまは、異世界へ渡られたことでお疲れなのでしょう。さぁ、こちらへおかけください」


そう言って、その女性は私の手をとる。

わりと年輩の、母くらいの年の落ち着いた雰囲気の女性だった。

私はおそるおそる彼女の手をとり、うながされたところにある椅子に腰かけようとした。


すると、頭の中に、声が響いた。


(あぁ、この方がわたくしたちが待ち望んでいた聖女様。地脈を整えてくださる偉大な方。大切にお迎えしなくては。……でも、奇妙ね。この方の反応は、まるで女神さまとは異なるようだわ。これじゃまるで、市井の小娘のよう。……あら、いやだわ、わたくしったら、聖女様に対してなんて失礼なことを)


椅子に座って、私は信じられない想いで、女性の顔を見る。


「聖女様?どうかなさいましたか?」


柔和な笑顔で私を見つめる彼女の声と、頭に響く声は同じだった。


「いいえ。そうね、すこし疲れたようですわ」


私は姿勢を正し、椅子に座る。

そして彼女をじっと観察した。


さきほど、彼女が私を「市井の娘のよう」と考えた瞬間、彼女の金色のもやに黒いものがにじんだのだ。

信じがたいことだが、先ほどの頭にひびいた声が彼女の思考なら、もやは彼女の意識に反応のして色が変じたのかもしれない。


そっと周囲に視線をむける。

目の前の人々の頭の周囲のもやは、ほとんど先ほどと変わらない金色だ。

けれど、私が呆けているうちに、すこしずつ黒や青の色が混じってきている。


「そちらの紫のローブの方。すこし手を貸してください」


私は精一杯「聖女」らしさを装いながら、ひときわもやが黒い女性を招いた。

戸惑いながら私の前に跪く老女の手をとり、笑いかけながら名前を聞く。


「あなた、お名前はなんというの?」


「クリスティアでございます、聖女様。おそれおおくも、神殿で聖職者の長を務めさせていただいています」


「そう」


やっぱり。

クリスティアの手をとると、彼女が話す声と同じ声で、頭の中に声が響く。


(なんだ、聖女というからどんなに気高い方かと思えば、ただの小娘ではないか。しかし、それなら幸運というもの。聖女を神殿に囲い込めば、神殿の力はフェヴェールはもとより、各国への影響を増すだろう。そうすれば私の名は、偉大なる導師として、後世に残るはず。なぁに、この程度の小娘、とりこむなどたやすいこと。安全のためとでもいって、神殿に閉じ込めてしまえば、なんとでもなるだろう)


冗談じゃない。


「クリスティア。ええ、覚えたわ」


お前の名前は、その魂胆とともに覚えた。

ぜーったい、関わらない。


クリスティアに下がるように命じ、あの偉そうなおじさんに声をかけた。


「あなたも、手を」


おじさんは立ち上がり、私の前にひざまずくと、丁寧に私の手を取った。


「フェヴェールの国王・ガイストでございます」


おじさんは、予想通り、王様だった。

王様のもやは、わりと綺麗な金色だった。

けれど、すこしだけ青と黒が混じる。


手を取られた瞬間、王様の思考が私の頭に響いた。


(あぁ、聖女がこの世界に来てくださった。地脈は落ち着き、これ以上、街や村が地面に沈むこともない。だが、それも聖女がいらしてのこと……。どうあっても、聖女にこの地にとどまっていただかねばならん。聖女をもとの世界に帰す方法など我々は知らぬが、聖女自身ならご存じかもしれぬ。どんな富も、喜びも、聖女がお望みになるのならお渡しして叶えてさしあげたいが、それで聖女はとどまってくださるだろうか。いっそどこかの塔にとじこめてしまうほうがよいだろうか……)


帰れないのか……。


うすうす勘付いてはいたけれど、ここは異世界らしい。

私は彼らに招かれた「聖女」。

彼らの目的である「地脈」を沈めることには成功しているらしい。


王様が心配しているような、元の世界に戻る能力なんて、私にはない。

わけわかんないし、こわいし、「なんだこれっ」って叫んで、現実拒否したい。

でも、そんなことしたら、クリスティアみたいな人間にいいようにされるだけだ。


ここには、私の味方なんていない。

人権とか訴えられる国も法もない。

王様だって私を尊重しつつも、監禁するって案も視野にいれている。


ここの人は、私のことを神様的な「聖女」だと考えていてなお、その程度の扱いをするつもりなのだ。

足元を見られるような行動をすれば、あっという間にどこかに閉じ込められ、地脈とやらを抑えるためだけに生かされるのだろう。


冗談じゃない。

私はそんなに善人ってわけじゃないけど、まじめに一生懸命に日々をすごしてきた。

彼氏はいないけど、家族とは仲がいいし、友達だっている。

情熱をもやしているわけじゃないけど、それなりに仕事だってがんばっていた。

退屈な、ささやかな喜びがいっぱいある生活と未来。

それを勝手に奪われたあげく、好きなように扱われてなるものか。


帰れないなら、ここで、最善の生活を勝ち取ってみせる。


決然と、私はひざまづきながら、こちらをうかがう面々を睨みつけた。

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