王子は、聖女との出会いを回想し
私の腕に守られて、笑顔をうかべるアンを見て、安堵した。
と同時に、マリー・ゴールドへの怒りがわく。
幼いころから婚約者としてともに育ったマリー・ゴールドは、凡庸ではあったが努力家の娘だった。
12年の歳月を経て、私との信頼も築き、王子妃としてふさわしい人格者に成長したと思っていた。
だが、その見込は外れていたらしい。
彼女と婚約破棄し、アンと私が婚約してからというもの、マリーの言動は呆れるほど愚かになった。
アンへ悪口雑言し、彼女をつまはじきにしようとする。
そして、とうとうアンを階段から突き落とすという凶行にでた。
彼女の変化を憐れと思うが、それ以上に失望を感じる。
なぜマリー・ゴールドは、こんなにも優しく健気なアンに、あんなにも辛く当たれるのか。
マリーは王子妃という未来を失い、私との婚約がなくなったことでアンを恨んでいるのだろう。
しかし、そんなものは、些末なことだ。
この世界にアンがいる、そのために彼女が払った代償を考えたことがあるのだろうか。
私の腕に頬を摺り寄せるアンのひたいに口づける。
アンは頬を染めて、笑みを浮かべた。
……この子は、私がどんな苦しみからも守る。
アンに初めて出会ったのは、ほんのひと月前のことだ。
その時、世界は危機に瀕していた。
地脈が乱れ、地が割れるという事件が頻発していたのだ。
世界の道理によれば、地面の奥深くには地脈がながれており、その流れは「聖なる力」によって管理されている、というのは初等学科で学ぶ常識である。
しかしその肝心な「聖なる力」がなんなのかは、いまだに賢者たちの研究対象であり、明確には把握されていない。
明らかになっているのは、地脈が乱れれば地面が割れ、膨大な被害が出ることと、「聖なる力」を操れるのは、異界の少女だけだということだ。
地脈は、そうそう大きく乱れることはない。
前回の「揺らぎ」は、12代前の国王の時代にあったという。
その際には、異界から「聖女」を招き、その「聖なる力」によって、地脈を抑えていただいた。
異世界から人を呼び寄せるためには、多くの聖石を消費し、多くの聖職者たちの能力を注ぎ込む必要がある。
そうすれば、我が国の守りは薄くなり、他国に付け入る隙を与えることになる。
だが、この度の「揺らぎ」の規模は大きく、この世界のほぼすべての国で大きな被害が出た。
各国から聖石が集められ、聖職者たちがこの地に集った。
唯一、異世界から「聖女」を召喚できるこのフェヴェール国へと。
すべての用意が整い、聖女を召喚できるまでに、いくつの村や町が地の底に沈んだことだろう。
我々は、この世界を守るため、聖女を召喚した。
聖女が、この世界を守ることだけを望んで。
実際、聖女アンは、この世界を救った。
召喚の儀によって、こちらの世界へ呼び寄せられた少女は、ただこの世界に姿を現しただけで世界を平定させた。
フェヴェールの王族として、地脈の乱れを体感してい私は、彼女がこちらの世界に現れた瞬間、地脈がすっと落ち着くのを体感した。
それは、なんという奇跡か。
まるで地の上にたつ我々を滅ぼさんとばかりに暴れくるっていた地脈が、アンの姿を認めた瞬間、やすらいだかのように落ち着いたのだ。
王が、歓喜の声を挙げた。
私と同様、地脈の落ち着きを感じたのだろう、フェヴェールの王族の血が流れるものたちが、次々に安堵の声をもらす。
それを見て、召喚の間に集まっていた面々の顔にも、喜びの色が浮かんだ。
「喜べ、皆の者!聖女は、ここに召喚された!世界は安寧を取り戻した……!聖女よ、よくこの世界へ来てくださった……!我々は貴女の来訪を心より歓迎する……!」
王は、聖女にひざまづき、そう叫んだ。
私も、周囲の人々も、それに習ってひざまづく。
王や王子である私が、人に膝をつくことはそうない。
だが、相手が聖女なら……この世界を守ってくださる人知を超えた存在なら、ひざまづくことになんの迷いがあろうか。
私たちは喜びいさんで、彼女をあがめた。
そこにいるのは、聖女……、人ならぬ人、女神のごとき人であるはずだった。
けれど、聖女は、小柄な人の娘の形をした女神は、おびえたように震え、私たちを見ていた。
「……えっ、なに?ここ、どこ?なんで私、こんなとこにいるのぉ?」
聖女の漆黒の目が、みるみるうちに涙でうるむ。
その瞬間、私たちは悟った。
この世界の地脈を瞬く間に抑え込んだ「聖女」。
多くの聖石を注ぎ込んでも、力ある聖職者たちが力を合わせてもなしえなかった偉業を、ただその存在だけで成しえた女神。
その「聖女」が、まるで一介の小娘のように、異なる世界にとうとつに呼ばれたことに怯えているのだと。
私たちは自身の世界を救うために、一人の少女を犠牲にしたのだと、そう気づかされた。




