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――二人の話


 その日、材料として魚が届いた。艶々の魚が二匹。

 魚は二尾と数えるのだっただろうか。

 確かこの魚は鯖というらしい。

 全て本から仕入れた知識だ。

 この知識をずっと前から持っていれば両親は私を見捨てなかっただろうか、偉いわねと笑ってくれただろうか。

 そう考えて意味がないことだと気づく。

 両親がいたときは魚なんて食べる時しか見なかったのだから。

 とにかく、二尾もあるのだから一回なら失敗しても大丈夫だと思いながら私は本を開く。魚の焼き方も書いてある本で、母が好きだったものだ。

 タイマーとにらめっこしながら一尾目を焼く。黒こげとまではいかなくてもおいしそうだとは思えない。失敗だ。

 時間だけ正確ではいけないようだ。火の強さ、というものや魚の大きさもあるのかもしれない。

 二尾目はちゃんと焼いている魚を見ながら焼いた。今度はいい出来だ。

 足もとでじゃれている黒犬に見せると楽しそうに周りをぐるぐる回る。

 褒めてくれていると取っておくことにしようと思う。黒犬には嗅覚と同じセンサーが付いているはずだから変な臭いがしていないことだけでもいいことだ。

 一応二尾とも食卓の上に置いて、残りをロボットが作ってくれるのを待つ間に玄関に向かう。

緊張する。

 ただ鍵を開けて扉を開くだけなのに、それがとても恐ろしい。

 扉をあけることをやめて部屋に戻ればいつも通りの毎日が待っているのだ。

 なにも恐怖を乗り越える必要はない、扉をあけるなんていつでもいいのだから。

 そうだ、魚を食べた後でも遅くはない。

 そう思いながらも、それではだめだと私の中で誰かが叫ぶ。

 逃げているだけではだめだ。それでは今までと変わらない。

 私は深呼吸をして膝の上にいる黒犬を抱きしめながら、そっと鍵を開けた。




 ガチャリ

 これからどこに行こうかと考えていると中から鍵をあける音がした。

 驚いて扉を見ているとゆっくりとドアノブが回っていく。

 「人が、いるのか?」

 そう呟くのと扉が開くのは同時だった。

 扉が開かれると、そこには車いすに座った少女が怯えた様子でこちらを見ていた。

 人がいるとは思わなかったのだろう、どうしていいかわからずにとりあえずこんにちはとあいさつをする。

 「あ……」

 少女はびくりと身体を震わせて、後ろに戻ろうとする。怖がらせてしまったのだろうか。

 一生懸命後ろに戻ろうとしているがドアを開けるためドアに車いすを横づけにするような形になっていたため上手く動けないようだ。

 「驚かせて悪い、まさか人に会えるなんて思わなかったんだ」

 できる限り警戒されないように言葉を選んでいるとその少女は必死に車いすを動かそうとしていたのを止めてこちらを見た。

 ドアをゆっくりを開けてこちらを見て、絶句する。

 その様子で少女があの出来事以来初めて外を見たのだと知った。

 「な、なに……何なの……?」

 「何が起きたのか知らないのか?」

 「やっぱり、この国なくなっちゃったの?だから、お父さんもお母さんも出て行ったのね」

 わかっていたことを尋ねたが答えではなくぼんやりとした呟きだけが帰ってくる。

 どうやら彼女は本当に何も知らないようだ。

 彼女の両親はきっともう生きてはいないだろう。そのことすら彼女は理解していない。

 外のことを知らないのだ。

 茫然と外を見ていた少女が落ち着くまで待つことにした。

 時間はあるのだからと空を見上げる。

 久しぶりに他人と話して落ち着いたからか、空がいつもよりもきれいに見えた。

 しばらくすると少女は自分の思考を纏め終わったようでまっすぐな目で俺に向き直った。

 「貴方も、置いて行かれたの?」

 その言葉は俺の心を見透かしているようで何も言えずに息を呑んだ。

 きっと彼女は俺の家族もどこかに逃げたのだと言いたいのだろう、それは違う。

 しかし、確かに俺は置いて行かれたのだ。世界から。

 そして、彼女も。

 「疲れて、ますよね。丁度夕ご飯の時間だからどうぞ」

 「いいのか?知らない人間を入れても」

 「かまいません。貴方が危ない人ならロボットが排除しますし、どうせ私を心配する人はいませんから」

 そういって寂しげに笑うと少女は家の中に入っていった。

 後を追うと食卓の上には湯気の立った食事が用意されており、少女のためにロボットが車いすを食卓のそばに寄せていた。

 「お客様にも食事の用意をしてね」

 少女の声を聞いてロボットがこちらを見る。自分をカメラに写して認証したあと椅子をひいてくれた。

 「すごいな、これだけロボットがいるってことは金持ちか?」

 「すごいんですか?よくわからないです。これが普通だから」

 少女は首をかしげながら箸を手に取る。話を聞く限り彼女が幼いころに足を悪くして以来この家はロボットが彼女のために稼働しているのだそうだ。

 これだけのロボットを維持していることやこんな頑丈な家を作ったことから考えて金はあったのだろう。父親があまり家に帰っていないようなので必死に働いていたのかもしれないが。

 少女は俺の話を聞きたがった。家族以外に会うのは足を痛めて以来なのだという。

 俺はできる限り楽しかったころの話を選んで口にした。

 友達との話や妹との思い出、家族で遊びに行ったこと。

 ごく普通の話をしているつもりだったが話を聞いている少女はどこか寂しげで、それでいて一つ一つの話に驚いてくれた。

 「私、一人っ子だから兄弟ってよくわからないけど、妹さんはいい子だったんだね」

 「ああ。少し泣き虫なところもあったけどな。可愛い妹だった」

 家族のことを幸せな思い出として思い出すのは久しぶりだった。

 いつも思い出すのは家族が死んだあの日のこと。後悔と絶望だけが残されたあの日のこと。

 目の前にいる少女のおかげで幸せな頃の記憶を思い出せたことに、俺は感謝した。

 「君はいつもはどういう生活をしているんだ?」

 「私ですか?そうですね、最近は本を読むことが多いかな。昔はテレビを見てたんですけど映らなくなっちゃったし、本から色々な知識を得られることを知ったから」

 少し恥ずかしげに笑う少女にどんな本を読んでいるのかと聞いて驚いた。

 本当に何でも読むらしい。俺には分からない言語で書かれた本も難なく読めるという少女はきっと一人にならなければあり得なかったことだと、寂しげにつぶやいた。




 「貴方はこれからどうするんですか?」

 久しぶりの温かい食事を食べ、体を清めた俺に少女は不安げに尋ねてきた。

 「ここに、いてくれませんか?一緒にいてくれませんか?別に、他の所でもいいけれど寂しいのはもういやだなと思うんです」

 「俺は……」

 言葉に詰まった俺を少女はじっと見つめた。

 一人が寂しいことはよくわかる。俺も、久しぶりに人と話すことができてとても嬉しかったし離れたくないと思った。

 「俺は、死にたかったんだ」

 「死ぬ、ですか?どうしてそう思ったんですか」

 「俺の家族はこの世界の人間のほとんどが死ぬ前に死んだ。その時生き残ったことが辛くて、俺は死のうとした。笑えることに死にたかった俺が生き残って死ぬなんて考えてなかったやつらが死んでいるんだがな」

 はっと嗤えば少女は怯えるようにびくりと肩を揺らす。

 そういえばこの少女は外を知らないのだ。何があったのかも、どうしてこうなったのかも。

 俺もすべてを知っているわけではないが知っている限りのことを教えることにした。

 ただ幸せそうな少女が憎かったのかもしれないし、何も知らないまま今までと変わらない生活を送る少女を哀れんだのかもしれない。

 どちらともとれない感情を胸に抱きながら俺は少女に外で見てきたことを話した。

 逃げたわけではないこと。この国で動いているのはロボット以外に自分と少女しかいないだろうこと。他の国でも同じかもしれないこと。

 少女は驚いたように目を見張り、そして肩を震わせた。

 ボロボロと大粒の涙を流しながら、それでも嘘だとは言わずにただ静かに聞いていた。

 「そう、なんですか。じゃあ、きっとお母さんたちも」

 「たぶん、な。俺は君と会うまで一人だと思っていた。死のうと思っていたくせにいざ一人になると死ぬこともできなくて、とりあえず歩いていたんだ」

 きっといつか死ぬだろう。この家の外は依然危険であふれている。

 いつ倒れてくるかわからない瓦礫も、いつなくなるかわからない食糧も、いつでも死ぬことができると俺を安心させる。

 だが、彼女はどうだろう。俺は少女を見る。

 必死に涙をぬぐう少女は生きているのだ。ここにいればもう少し生きていられるだろう。

 しかし外に出てしまえば困難ばかりだ。彼女の足では何かあっても逃げることはできない。

 俺は少女が泣きやむのを待った。その日は彼女の両親の寝室を借りた。

 久しぶりの柔らかいベッドに、俺は家族のことを思い出して涙をこぼした。




 「おはようございます」

 「おはよう……その荷物は何だ?」

 朝目を覚ますと少女がかばんに荷物を積めながら笑顔で挨拶をしてくれた。

 彼女の周りを黒い犬のロボットが楽しげにくるくる回っている。

 少女は俺の方に向き直ってまっすぐに俺を見つめてきた。

 「お願いがあるんですが、いいですか?」

 「なんだ?」

 「私を一緒に連れて行ってくれませんか?」

 その言葉は一度予想したものだった。それでも驚いたことには変わりはない。

 外に出ても救いはないのだ。彼女が両親に会えるわけではない。

 「私、空を見たかったんです。でも外が、外の人たちの目が怖くてどうしても出ることができなかった。昨日、がんばって決心してドアを開けたんです」

 少女は寂しげに視線をそらす。確かに、この世界は残酷だ。

 車いすの少女を奇異の目で見る者も哀れむものもたくさんいるだろう。

 そしてその視線は少女を傷つけるものだろう。

 「外にはもう誰もいないんですよね?」

 「そうだな、たぶん、そうだろう」

 「それならもう視線を気にしないでいい。私は空を見たい。外を見たい。私が目をそらしてきた現実を 見たいんです。でも一人って不安なんですよ。貴方とならいけるかなと思って」

 「昨日出会ったばかりなのにか?」

 「出会いって大切だと思うんです」

 にこりと笑う少女はなにか吹っ切れたようにきれいで、言い返す言葉が見つからない。

 「俺は死のうとしている。君を一人にするかもしれないぞ」

 「その時はその時です。それに、私がいた方が貴方も怖くないですよ」

 ふっと微笑まれて言葉が喉に詰まる。

 確かに、俺は一人で死ぬのが怖かった。一人になって死ねなくなった。

 二人ならどうだろう?一人じゃなければ安心して死ねるだろうか。

 それとも彼女を守ろうと生きることを選ぶのだろうか。

 どちらにしろ、彼女はもう決めたのだろう。俺も別に断りたいわけではない。

 「朝飯食ったら行くか」

 「はい!あ、この子も一緒でいいですよね?」

 少女は足元でじゃれている黒い犬を抱き上げて聞いてきたので大丈夫だと返す。

 よかったねと黒い犬に向かって少女は笑い、黒い犬は何も分かっていない癖に嬉しそうに啼いた。


 ある日少女は一人になった。

 ある日男は一人になった。



 ある日二人は旅に出た。


 これは終わった世界で始まった物語

――――――――了


これで二人の話は終わりですが二人っ牙生き残った人と出会ったりさまざまなものを見て少しだけ成長する物語へと続いたらいいなと思っています。

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