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――ある男の話


 全てが終わった世界で、自分を終わらせたかった男がいた。


 「虚しいな」

 歴史の教科書に載っているような懐かしいタバコ屋の中から無断で持ち出した煙草に火をつけて、ゆっくりと白い煙を吐きながら瓦礫の街を歩く。

 ついさっき見た崩れた家の下の親子を思い出し、やるせない気持ちになった。

 逃げようとした者、最期を家族と過ごそうとした者、狂気に侵された者、どんな人であってもあの時等しく死んだ。

 ――自分以外は

 「ったく、なんで俺だけなんだってーの」

 一番死を望んでいたはずだった。

 大切なものを奪われた。

 奪った者は大切なものだった。

 奪った者すらいなくなった、この世界で生きていくことに何の意味があるのだろう。

 死んでしまおうと思った自分だけが今こうして生きている。

 生きている気配のしない、静かな灰色の世界。

 足元の瓦礫を避けて歩き、夜は崩れていない建物を探してそこで眠る生活。

 建物が見当たらない時は安全そうな、周りに崩れてくるものがないあたりまで歩いてそこで寝た。人間として最低限の生活はもはや望めなかった。

 これは罰だろうか。

 己の命を絶つという罪に対しての、地獄の罰。

 そうだとすれば自殺はこの世で最大の罪であることになるだろう、捨てようとした世界で一人生き続けなければならないのだから。

 そう思いながら嗤った。嗤いながら、涙をこぼした。




 明日のことを笑顔で話していたであろう子供も、明日も仕事かと苦笑していただろう父親も。

 もしかしたら明日告白しようとしていた者もいたかもしれない。明日別れようとしていた者もいるかもしれない。

 自分は今たくさんの明日の残骸の上を歩いている。

 コンビニから取ってきたお茶を喉に流し込み、スナック菓子を口に放り込む。

 温かい食事をしたいとも思うがそんな設備がある場所なんてないからしかたがない。

 あったとしても食材もない。時折、自動化されたロボットが誰も食べない食材を誰も生きていない家に運んでいるところを見るがそれくらいだ。

 そのロボットから食材を取ろうかとも思ったがそんなことをしても調理する設備がないため食べることはできないだろう。

 「あ……」

 自分の責務を全うするロボットを横目に見ながら歩いていると瓦礫の下で事切れている男がいた。

 子供へのプレゼントなのか、手にはきれいに包装されていたであろう袋が握られている。

 破れた包装紙の中から見えているのは華奢な手袋だ。

 燃料になるかと手に取ってみたが、さすがに燃やす気にはなれず、かといってそこに置いていくことも憚られてしばらく悩んだ末、ポケットにねじ込んだ。

 どうせこれが本来受け取るはずである相手に届くことはないのだ。




 「お兄ちゃん、明日は早く帰ってきてね!」

 笑顔で自分を見送った妹は世界が終わる前に命を終えた。

 もしかしたら、そちらの方が幸せだったのかもしれない。こんな苦しまなくてもすんだのだから。

 友達との話が弾んだためにいつもより少し遅い時間に帰った。

 その所為で自分だけが生き残った。

 家の前で友達と別れ、遅いと怒られるだろうなと思いながらも笑顔のまま玄関のドアを開けて、絶叫した。

 目を閉じれば世界が赤く染まったあの日見たことをすべて鮮明に思い出せる。

 ノイローゼになった俺は学校に行かなくなり、死ぬために山へ向かった。

 それが俺の命を助けることになるなんて笑うことすらできない。

 自嘲の息を吐いたとき、視界の隅に動くものが見えた。

 もしやというあり得ない願いを込めてそちらへゆっくりと向かう。

 そこにあったのは降ってきた瓦礫によって後ろ脚を二つともなくし、それでも家に帰ろうとするかのように前足で宙を掻く白い犬型ロボットだった。

 昔流行ったこれを妹も持っていた。

 白と黒があるがさすがに二つは買えずに白い方を家族でプレゼントしたのだ。

 うれしそうに笑う妹に俺も両親もとても幸せでニコニコ笑っていた。

 そんな懐かしさを与えてくる白い犬型ロボットの近くには買い物袋を持った女がいた。

 急いで帰ろうとしていたのか必死の顔つきで、それでもたどり着けずに死んでしまったようだ。

 買い物袋には野菜などは入っておらず子供が好きそうなお菓子がたくさん入っていた。

 ひとつは俺にも覚えがある付録のおもちゃが子供に大人気のキャラメル菓子だ。

 小さな子供でも家にいたのだろうか、子供を置いて買い物に行っていたのだろうか。

 子供は、きっと生きてはいまい。

 いや、家事ロボットが世話をしているのならば命は長らえられるだろうが周りを見ればわかるように家が無事だとは思えない。

 なによりも、誰もいない環境で誰が生きていられるだろうか。

 キャンキャンと白い犬が啼く。

 まるで家にいる主のもとへ帰りたいと啼いているかのように。帰る場所があるのだと主張する様に。

 「俺も、家族のところに帰りてえよ」

 ぽつりとつぶやいた泣き言を聞いている存在なんて、その犬くらいだった。




 しばらく泣いていたがここで泣いていても仕方がないと再び歩き出した。

 そういえば自分はなぜ歩いているのだろうか。

 誰も生きているはずのない世界で、大切なものはすべて死んだというのに。

 自分で死ぬ勇気もなく、静かな場所に留まっていることも怖くてただ歩き続ける。

 もしかすると誰かが生きているかもしれない、そう望みながら歩いている自分はその生きている相手に何を望むのだろうか。

 殺してほしいとでも頼むつもりだろうか、自嘲しながらも足は止まらない。

 しばらく歩くと、不自然な光景を目にした。

 周りの家が崩れている中、ほとんど損傷のない家があったのだ。

 まるで何かを守るかのように頑丈に設計されたらしいその家の窓は曇りガラスになっているようで中の様子がうかがえない。

 気になって正面に回ってみるがそこも壊れた様子がないという情報しか手に入らなかった。

 もしかしたら、誰がいるのかもしれない。

 そう望んでしまいたくなるほどに、その家はそのままだったのだ。

 もちろん、そんな望みがあるはずがない。ありえない。

 家族そろって外に出ていたかもしれない。

 家の中にいて生きていたとしてもあれからかなり経ったのだ。

 さすがに家の外に出て、逃げた後かもしれない。

 だが、それでもここで一晩休むことができる。

 俺はその家を今日の寝床にしようと決めてその周辺を探索することにした。



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