――少女の話
ある日テレビがつかなくなった。
母も来なくなった。
父が来なくなったのはいつからだっただろう。
すべてが自動化され機械化されたこの家でいつも通りの生活をしているのは私と家事や遊び相手として設置されたロボットだけ。
彼らは主の不在などお構いなしに、そのバッテリーが終わる時まで働き続けるのが宿命だ。
私を起こし、朝食を作って食べさせて、掃除に洗濯、材料を持ってきたロボットからそれを受け取って昼飯と夕飯を作る。その後私をお風呂に入れて寝かしつければ一日の作業が終わり。充電装置に自ら戻って朝を待つ。
変わらない毎日を過ごすロボット達を見ているとなんだか会社員ってこんな感じなのかな、なんてずっと昔の顔しか思い出せない父のことを考えてしまった。
この家は私を守るために作ったのだと母はよく私に言い聞かせていた。
外の世界は私を傷つけるから、私を傷つけないように家を作ったのだと。
一人では歩けなくなった私を守るための、周りから奇異の目をされる私を守るための家だと。
この家は私を外の世界から守る要塞で、私を外の世界から隔離する牢屋なのだ。
私は家から出ることを許されていないから外の世界がどうなっているのか知らない。
ずっと前にこの国は戦争をしなくなったと教科書に書いてあったが、何かが変わったことがあったのかもしれない。
少し前にニュースが何かを焦ったように報道していたことは覚えているから、それこそ文字や映像の中でしか知らない戦争が起こったのかもしれない。
そうか、もしかしたらこの国は滅んだのかもしれない。滅んで、両親は一人では何もできない子供を捨てて逃げたのかもしれない。
仕方のないことだ。
こんな子供、車いすがなければ動けない子供、周りから憐れまれることしかできない子供、そんな子供は逃げるのに邪魔なだけだ。
私を見て辛そうな顔をする母親、私を見ようとしない父親。
二人は疲れていた。だから私を置いて出て行ったのだ。
それを責めるつもりも嘆くつもりもない。当たり前のことなのだから。
それに私は幸せだ。
両親が作ってくれたこの家でロボットたちが世話をしてくれるのだから。
ロボットたちがいないと生きていけないのだから、連れて行ってくれたとしても生きてはいけなかっただろうし生きていけても辛いことが多かっただろう。
それならばここにいた方が幸せだ。幸せを感じながら死ぬことができるのだから。
私は黒色の犬型ロボットの頭をなで、料理専用のロボットの作ったいつもと変わらない味付けの料理を口に運ぶ。
私にとっての家庭の味。どの家でも同じタイプのロボットを使っていれば食べることができる家庭の味。
この家の食料とロボットのバッテリーが尽きるまでが私の命の期限。
それまでこの人形の家のように変わらない世界で、ただその時を待つのが私の最後の役目なのだ。
あれからしばらくたった。何回か眠ったが、時計を見てもそれがいつなのかよくわからない。
私にとって日付けというものは意味をなさないから。ときおり母親が衣替えだと言って服を季節に合わせて入れ替える時にようやくその季節がわかるが、それだって本当は無意味なことだ。
空調もしっかりと整備されたこの家の気温は季節にお構いなく一定に保たれる。
時間や日付けもロボットの動きでなんとなくわかってもテレビが何も映さなくなった時から意味がないのだ。
そう思いながらロボットに手伝ってもらって体を起こす。
久しぶりに家族の夢を見た。笑顔の母と父のもとへ私が走って近づいていく夢。
どんなに走っても追いつけなくて、次第に足が痛くなって、座り込んだら足が重く自分のものではないように感じられた。
ああ、私の足は動かないんだ。
それを思いだしてしまったとたんに両親は顔をしかめて私から遠ざかっていく。
待ってと手を伸ばしても振り返ることはなくて、それが悲しくて泣いていると目が覚めた。
これは夢だったのか、それとも本当にあった記憶の一部だったのか。
足元にすり寄ってくる黒犬を抱き上げてなでながら、そういえばもう一体、いつも私のそばにいたはずの白い犬型ロボットはどこに行ったのだろうかとぼんやり考えた。
白い犬と黒い犬。私の周りを楽しげに走り回る姿がうらやましくて、こんなものを買った両親を恨んだこともあった。
それでも私の友達は二体の犬だけだったからいつも一緒にいたはずだったのに。
いつから見なかったのか、その記憶すら曖昧で、動かないその足がずくりとうずいた。
静かすぎると気付いたのはいつだったか。
やはり、この国は滅んだのだろう。だから誰もいないのだ。
昔は聞こえていた車が走る音も子供たちの楽しげな笑い声も聞こえない。
窓は曇りガラスでできているから外がどうなっているのかわからないけれど、きっと誰もいない街並みが広がっているのだろう。
私は誰からも忘れられて、ただ一人ここにいる。
寂しいとも思うが、だからといってどうこうしたいという願いはない。
食材がそろそろ尽きるかと思ったが自動化された機械が勝手に食材を増やしてくれていたのでなんとかなるようだ。
そういえばロボットたちはエコだのなんだのの流れでソーラーエネルギーを取り入れる仕組みになっている。私の家のロボットたちは特にその技術を取り入れていると母親が言っていた気がした。
白犬はソーラーエネルギーを充電するために外に出てそれっきりらしい。謎が解決して、何となくほっとした。
黒犬と白犬は充電の時間がずれている。黒犬も時々外に出ているから白犬はとっくの昔に帰ってきているはずだがそれは新しい謎として残っただけだ。
もしかしたら誰かが持っていったのかもしれない。あの白犬も機械であり機械の部品は高く売れるとテレビで言っていた気もする。
可哀相だが仕方のないことかもしれない。
私は黒犬だけでも戻ってきてくれることを感謝するしかないのだ。
白犬がそのままの姿で誰かの家にいることを願いながら。
白犬の問題も、そして食べ物の問題もソーラーエネルギーによって解決した。
食糧がなくならないのならば私の命の期限も少し伸びてしまったのだろう。
病気になれば死ぬことになるかもしれない。もちろん本当に死ぬかどうかわからないし、試したいわけでもないが。
別に死にたいわけでもないから確かめる意味はないだろう。
どうせ昔からこうやって一人でいることは多かったのだ。今まで暇つぶしとして眺めていたテレビが映らなくなった以外に大きな違いはない。
私はテレビの代わりに本を読むようになった。
童話を読むのも楽しかったが何度も読んで飽きてしまった私は父親が持っていた外国の言葉の本にも手を出した。
その本を読むためにさまざまな言語を学ぶようになった。
そういえば、料理にも挑戦してみた。さすがにロボットみたいに作れないが、味噌汁くらいなら作れるようになった。
なにせ時間はたくさんあるのだ。暇をつぶすために様々なことをするのもいいのかもしれない。
こんなことにならなければやろうとも思わなかった新しいことへの挑戦。
これが皮肉な運命というものなのだろうなと苦笑してみた。
世界が終わったらどうする?
そう書かれた文章を見て、私は膝の上の黒犬をなでた。
黒犬は感触センサーによって気持ちよさそうに手に頭をこすりつけてくる。
きっと、世界が終わってしまっているのならば、私は生きることを放棄するだろう。
そもそも世界が終ってしまうのならばあがいても無駄なのだ。
それに、世界と一緒に死んでしまえば私が置いていかれることはもうない。
両親と一緒に死ぬことができる。外の世界と一緒に死ぬことができる。
それは素晴らしいことのようにも思った。
世界が終る少し前にそれを知ることができたのならばこの家から外を目指すのもいいかもしれない。
私が外に出たとしても誰も見ていなければ母たちも怒るまい。
それに、どうせ世界が終るのだから怒られることはできないだろう。
そこまで考えて黒犬をなでる手が止まる。
外――――――――
考えても無駄なのはわかっている。しかし、もう一度青い空が見てみたい。
青い空の下で、もう走ることは無理でも思い切り伸びをして、太陽の光を浴びたい。
昔、とても小さいころに両親とともに見た青い空。
私が犬のように走り回っている姿を両親は楽しそうに見て笑っていた。
できないことを願っても無駄なのに、最近はそれを望んでしまう。
そして無駄な夢を思い出した今、叶うことのないはずのその夢が叶う気がしてしまう。
だって両親はもうここには来ないのだ、怒られることはないのだ。
家を出ることを、止める者はいないのだ。
それでも私は躊躇していた。
できるとわかったからこそ、怖かった。
家の外は未知の世界だ。歩くことのできない私が外へ出ても大丈夫なのだろうか。
人は私を奇異の目で見るだろう。この国で私のような存在はテレビを見る限り存在しないのだ。
まだ足を悪くしてすぐの頃の周囲からの視線を思い出すと今でも体が震える。
哀れみと蔑みと、自分と同じ種族として認めていない冷たい目。
それでも、そうだ、だってこの国には誰もいないはずなのだ。誰もいないのだから私を奇異の目で見る人もいないはずだ。
そう頭で理解していても怖かった。だから、私は賭けに出ることにした。
明日、もし明日何かいつもと違うことがあったら。
例えば今まで失敗してきた焼き魚が上手く焼けたり、読めなかった言葉が読めるようになったり、そんな何かが起きたら。
外に行ってみよう。玄関の鍵を開けて、ドアを開けて、少し外に出るだけ。
私はそう決心して、ゆっくり目を閉じる。
ああ、静かな世界が広がっている――
全てが終わった世界で、終わったことも知らずに生きる少女がいた。




