第5話 商標登録と街歩き
リトラグミが発売決定した翌朝。
「よし、じゃあ行ってくる!」
レティシアとルークは冒険者ギルドで討伐依頼を引き受け、出発していった。
「フィンは行かなくて大丈夫なの?」
「今回の討伐依頼は簡単なものなので、私がいなくても回復ポーションがあれば大丈夫ですよ。さあ、職人ギルドへ向かいましょう」
二人で通りを歩いていると、通行人にビラを配っている人がいた。
「あっ」
何気なく受け取ったビラを見て、思わず足を止める。
『ぷにぷに不思議な新食感! リトラグミ近日発売決定! お買い求めはメレーニア本店へ!』
ビラには大きくそう書かれていた。
「もう宣伝が始まってるんですね」
「だね。メレーさん、仕事が早いなぁ」
自分の開発したグミが本当に商品化されて発売されるということが嬉しくて、フィンと二人で顔を見合わせてふふっと笑った。
「着きました。ここが職人ギルドです」
「わぁ……」
冒険者ギルドとは違って、酒場のような活気はない。しかし色々な職人であろう人々で溢れていて、そこら中で何やら難しい専門用語が飛び交っているのが聞こえてきた。案内板のマップを見ると、武器や防具といった装備部門や、日用品部門、服飾部門などなど様々な部門があるのが分かった。
(まるで巨大ショッピングモールの専門店フロアみたい……)
食品部門の受付へと進む。
「すみません、商標登録の申し込みをしたいんですけど」
「新規商標登録ですね。どのような食品ですか?」
対応してくれたのはドワーフと思しき、身長の低いずんぐりとした女性。
「グミっていうお菓子です」
「グミ? どのようなものだかご説明いただけますか?」
「えっと……甘くて果実の風味がして、弾力があってぷにぷにしてて……うーんと……」
(あれ? グミって説明しようとすると意外と難しいな……)
「……実際に食べてみますか?」
リトラグミを出して渡す。受付嬢はしげしげとグミを眺めた後、指先でつまんでむにむにと押した。
「ほぉ……」
今度は引っ張る。
「ほぉぉ……?」
さらに光に透かして眺める。
(た、食べないのかな……?)
「いや、食べますけどね!」
わたしの心情を見透かしたかのようにようやくグミを口にすると、
「おぉ……!! 感じたことのないこの弾力! リトラの実をそのまま閉じ込めたかのような味と香り!」
目を輝かせて身を乗り出してきた。
「素晴らしい製造技術ですね!! 乾燥させたわけでもない、砂糖漬けでもない……どういう製法なんですか!?」
「え、えっと」
あまりの熱量に気圧されていると、フィンが苦笑しながらこっそり耳打ちしてきた。
「気にしないでください。ドワーフは新しい技術を見るとこうなるんです」
(会社の製造部長を思い出すな……)
新商品の製造方法を伝えるたびに鼻息を荒くしていたっけ。
「あの、詳しい製造方法は秘密なんですが……お話ししないとダメですかね?」
「あぁ! これは失礼いたしました。新しい技術を見るとつい興奮してしまいまして! 商標は商品が持つ新規性を証明できれば登録できますよ。このグミというお菓子は十二分に新規性を持っていますので、製造方法を開示していただかなくても登録できます」
(よ、よかった……。開発者が製法をペラペラ喋ったらダメだもんね)
それから書類に記入をしたりして、登録手続きを終えた。
「これで登録完了です」
「商標名:グミ」と記された登録証を受け取る。
(凄い……本当にこの世界で初めてのグミなんだ)
そんな感慨にふけりながら、職人ギルドを後にした。
「ふー、無事にちゃんと登録できてよかった……。ホッとしたらお腹空いてきちゃった」
「よければ食べ歩きしませんか? 屋台がたくさん並ぶ通りがあるんです」
「わぁ! 行きたい!」
フィンに案内されて、噂の通りへとやって来た。
まずはモンスターの肉を使った串焼きを頬張る。
(スパイスが効いてる。臭み消しなのかな? 仕上げにかけてた果実の酸味もアクセントになってる)
次に買ったのは、虹色に輝く細長い実を揚げた屋台料理だった。一口かじると、ぱりっと軽い食感と共に甘酸っぱい風味が広がる。
「これ、果物なんですか?」
「ええ。レイルフルーツという実ですよ」
(面白い……。噛む場所によって味が違う。グミにしたらどうなるんだろう)
最後に買ったのは、赤い小さな果実を焼いたデザート。
「これはディムンの実を焼いたものです」
「へぇ~」
一口食べてみる。
「あ、美味しい! 甘くて良い香りだね」
「ええ。生だと酸っぱすぎて食べられないんですけどね」
「そうなんだ」
「ジャムなんかによく使われるんです」
どれも知らない味わいのものばかりで刺激的だった。
フィンが一旦支払いを引き受けてくれた分を清算するために、仮の財布――役所で30万ジルトを貰った時の布袋だ――を取り出す。
(そういえば、リトラグミのお金も入るんだよね。少しぐらいなら使っても大丈夫かな?)
「ちゃんとしたお財布買おうかな。……あっ、そうだ。レティに色んなもの借りてばっかりだから、自分用の日用品も揃えなくちゃ」
「服なんかも必要ですよね。付き合いますよ」
今度は日用品や服飾品を多く取り揃える通りにやって来た。
売られていたのは、温かい飲み物が冷めにくいマグカップに、硬貨を入れると額面ごとに仕分けてくれる財布、季節に合わせて温度を調整してくれる服などなど。さすがは魔法のある世界といったところだ。
一通り必要なものを買い揃えたところで、フィンが声を掛けてきた。
「メグミさん。よければ神殿へお参りして行きませんか?」
提案に頷いて、訪れたのはセコンド中央神殿。建物の内部には、翼を生やした女性の像が祀られていた。その手には、リトラの実がしっかりと抱えられていた。
(やっぱりこの世界にとってリトラの実って特別なんだ)
「綺麗な人……」
「あれが女神リトーリア様の像です。リトラの実も、ポーションも、元々は女神様の祝福から生まれたと言われています」
「じゃあ魔法も?」
「魔法は女神様が授けてくださるスキルの仕組みを解析して生まれた技術ですね。スキルとはよく似て非なるものです」
「へぇ……」
像を見上げながら、この世界に降り立つ直前に聞いた美しい声を思い出す。
〈それでは、この世界を楽しんでくださいね〉
そう言い残していったのが、妙に印象に残っている。
(わたしがこの世界に来たのが女神様の導きなんだとしたら、一体何のために連れてきたんだろう?)
疑問を抱きながら像を見つめる。女神様は答えることなく、ただ静かに、優しい微笑みを浮かべているだけだった。
神殿を出ると、いつの間にか日が傾き始めていた。それからは冒険者ギルドに戻って、依頼を終えたレティとルークと合流し、一緒に夕食をとった。そしてレティと共に家に戻ってからは、納品用の大量のリトラグミの生成に没頭した。
何本目か分からない魔力回復ポーションに口をつけ、一気に飲み干す。
「うぅ、不味い……」
(薬草の苦みと甘味が全然まとまってない。効能優先なんだろうけど……)
口直しにリトラグミを口に放り込む。
(グミは美味しいのに……)
グミを噛み締めながらそう思ったその瞬間、あるアイデアが頭に浮かんだ。
「……このポーション、グミにしたら美味しくできないかな?」




