第4話 いざ、菓子店へ
「ここがあたしの家だ!」
レティシアに案内されて家に着く。そこは、とある飲食店が一階にある建物の上階にあるアパートのようなところだった。
扉を開けて中に入った瞬間、
「うわっ」
思わず声が漏れてしまうほど、中は荒れ放題だった。玄関から既に剣や盾に防具、マント、訓練道具らしきものが散乱している。
(商品研究開発室の方がまだ綺麗だったかも……)
「レティ、お前また片付けてなかったのか……」
とルークが呆れる。
レティシアは気にする様子もなく奥へ進み、
「この部屋が余ってるから自由に使ってくれ!」
バンッ!
扉が開けられた途端、埃が巻き上がって視界が白んだ。
「げほっごほっ」
咳込みながらも中を覗くと、案の定沢山のものが山のように積みあがって床の面積の大半を占めていた。
「……これは掃除と片付けが必要ですね……。手伝います」
「あたしもやるぞ!」
「いや、お前が原因だからな?」
四人で協力して、なんとか寝られる場所を確保した頃にはとっぷりと夜になっていた。一階の飲食店で遅めの夕食をとり、解散して寝床につく。
(今日はなんだか色々あったな……)
異世界初日は遭難から始まり、巨大蟻に追いかけられ、最後は大掃除で終わったのだった。
翌日。
「「おはよーございます!」」
冒険者ギルドにて、ダンとエマと合流する。レティシア、ルーク、フィンの三人も「今日は依頼がないから」とついてきてくれた。
二人に案内されて到着したのは、おとぎ話に出てきそうなほどメルヘンで可愛らしい外観をした大きな菓子店「メレーニア」本店だった。店内は色とりどりな様々な種類のお菓子で溢れていて、キラキラと輝いているように見えた。
(凄い……。もし日本にあったら一日中居座れるかも)
「ここのお菓子、どれもすっごく美味しいんだよ! この前やっと全種類制覇したんだ!」
「でもグミの方が好き!」
「おいおい、うちの常連を取らないでくれ」
店の奥から出てきたのは恰幅のいい男性。
「メレーのおじちゃん! このおねーさんね、グミっていうめっちゃおいしいお菓子作れるんだよ!」
「ほほう」
「はじめまして。メグミといいます。マドルさんに紹介してもらって来ました。お話を聞いてはいただけないでしょうか?」
「うちの菓子で舌が肥えてるダンとエマが気に入るんだ、聞かない訳にはいかんさ」
「ありがとうございます!」
店の二階に案内される。
「改めて自己紹介させてもらおうかね。私はここメレーニアの店長メレーだ。菓子職人一筋で三十年やらせてもらってる。さて、メグミさんの作るお菓子を見せてもらおうかね」
「はい。これがグミというお菓子です」
わたしはブドウ味やコーラ味、ハード系のものから柔らかいものまで、いくつかのグミを並べた。
「ほう……」
メレーはグミを一つ摘まみ、じっくりと眺めた。
「初めて見る菓子だな」
そう言って口へ運ぶ。
「……む? 柔らかいのに歯応えがある……」
しっかりと味わった後、再び口を開いた。
「面白くて新しいお菓子だ。この食感はどうやって出しているんだい?」
「ゼラチンというものがこの食感の元になってます。でも詳細は秘密です」
「あたしはこのコーラ味ってやつが好きだ!」
「僕はブドウの方が好みだな」
「私は全部好きです」
メレーはわたしが用意した様々な味のグミを全て試食した後、衝撃的なことを言った。
「メグミさん。君、もしかして異世界人かい?」
「えっ! どうして分かったんですか?」
「このグミとやらは、どの味も完成されているのが分かる。だがどれも知らない果実の味だ。だから異世界の果物の味ではないかと思ってね」
凄い。グミの味からそんなことが分かってしまうだなんて、さすがは菓子職人である。
「食感は素晴らしいし、子どもたちにとっても目新しくて、売れる可能性は十分にある。どの味も確かに美味しいんだが、我々には馴染みがない味で少々とっつきにくい。そこで頼みがある。リトラの実の味のグミを作ってはくれんかね」
「リトラの実?」
「リトーリア教の紋章にもなっている木の実ですね」
フィンが首飾りを掲げて見せてくれる。
「リトラの木は特別でね。世界中のどんな気候の中でも育って実をつけるんだ。女神リトーリア様のお恵みを象徴する、この世界では普遍的な果物なのさ」
(リトラの実……一体どんな味なんだろう)
「リトラの実味のグミが売れたら、間違いなく他の味のグミも売れるだろう。だからまずはリトラの実味を作ってくれ。そうすれば店に並べてやってもいい。期待してるよ」
「分かりました! 作ってみます!」
メレーニアを出てダンとエマにお礼のグミを渡して別れた後、大通りの青果物店にやってきた。
紫色の柑橘のようなものに、ハート形の果実、表面が虹色に輝く細長い実。つやつやとした新鮮な、見たことのない果物がズラリと並んでいる。
(わあぁ、全部気になる!)
キョロキョロと店内を見ていると、
「あった! これがリトラの実だ」
レティシアが声を上げた。駆け寄ると、「リトラの実 1個100ジルト」と書かれた立て札の下に、リンゴほどの大きさのその実は山積みになって置かれていた。
形は洋梨に似ているが、色は上の方がピンク色、下の方が青色でグラデーションになっている。わずかに神秘的な輝きを放っているように見えた。
(うわぁ……! なんて綺麗な実なんだろう)
こんな色の果物を見るのは初めてで、思わず興奮してしまう。
他の果物も気になるところだが、一旦リトラの実だけを購入してレティシアの家に戻った。
早速リトラの実の試食だ。
「いただきます」
桃くらいの柔らかな食感で、噛むごとに果汁がジュワリと溢れる。爽やかながらもしっかりとした味と、甘やかな香りがふわりと広がった。
(果物らしい甘さだ。でも後味に少しだけ酸味が残る。柑橘系とも違う。ベリー系とも違う。味はリンゴと洋梨の中間に近いけど、匂いはイチゴや桃に近いかな? こんなの食べたことない。なんだこの味……!)
未知の風味に感動する。
「どうだメグミ、グミにできそうか?」
「うん! 絶対美味しいグミにしてみせる!!」
そうとなれば早速グミの試作だ。
「そういえばメグミのスキルって、材料って必要なのか?」
「ブドウ味とかコーラ味とかの時は要らなかったけど、どうだろう?」
試しにリトラの実を手に持ったまま、
(リトラの実の味で、とりあえずブドウ果汁のグミと同じくらいの固さのグミ!)
と念じる。すると、
ポンッ!
手の中のリトラの実が光に包まれた。次の瞬間、実の姿は消え、代わりに見覚えのないグミが乗っていた。
「えっ!」
「おぉ!?」
「材料が変換されたのか……?」
四人でグミを食べてみる。
「おお、すごい!」
「確かにリトラの実っぽいな」
「でも少し違う気もしますね……?」
「うん、悪くないね。味も香りもちゃんと出てる。でも今のところ、風味の再現率は七割くらいかな。酸味と香りはもうちょっと強調した方が良いと思う。色も実の中身じゃなくて、皮の独特なグラデーションを再現した方が分かりやすいはず。形も実を真似た方がいいかも。弾力もこれじゃ味と合ってないから――」
ブツブツと呟きながら、理想の味と食感をイメージしていく。
試作しては食べ、調整を加えて試作しては食べ。昼食を摂るのも忘れて、開発に没頭する。
「まだ違う」
「もう少し香りを――」
「いや、先に食感かな……」
何度も何度も試作を繰り返すうちに、机の上には失敗作と試作品の山ができていく。
「あれ……?」
そのうち妙なことに気付いた。リトラの実を使った時はほとんど疲れないのに、材料なしで作ろうとすると妙に魔力を消耗するのだ。どうやら《無限グミ生成》は材料がなくても発動できるが、その分だけ魔力を余計に使うらしい。
「うーん……」
「もう一回!」
果実を模した洋梨型のフォルム。
果皮と同じピンクと青の美しいグラデーション。
噛めばジューシーな甘みに、爽やかな香りと、最後に酸味が広がる。
「――できた!!」
とうとう満足のいくグミが出来上がった頃には日が沈み出していた。
閉店準備を始めていたメレーニアに駆け込んで、メレーに完成品を披露する。
緊張しながら、メレーの反応を待つ。
「……なるほどな。確かにリトラの実だ。しかも菓子として成立している」
メレーはもう一個グミを口にしてじっくりと味わい、飲み込むと、言った。
「うん、いいだろう。これならうちの店に出してもいい。一日もしないうちにここまで仕上げるとは、驚いたよ」
「ありがとうございます!!」
メレーと握手を交わす。
「店に出す前に、君にはやってもらいたいことがある。職人ギルドに行って『グミ』の商標登録をしてきなさい」
「商標登録、ですか」
(確かに、会社でも商品名の権利関係にはうるさかったっけ)
「良いアイデアは真似されるからね。先に権利を押さえておくに越したことはないよ」
「……おっちゃん、なんか企んでるな?」
ふいにレティシアがメレーの顔をじっと見つめながら言った。さっきまで笑っていたのに、その目だけは妙に鋭かった。
メレーはしばしきょとんとした後、はっはっは、と笑った。
「勘が鋭いね。いずれはうちの系列店でグミの独占販売をさせてもらおうって魂胆さ。これは売れる商品になる。少なくとも私はそう見ているよ」
抜かりない。さすが商売人である。
それから今後の日程計画や入荷量の相談、取引価格の決定など詳細な話をした。
(開発だけじゃなくて営業会議まで異世界でやることになるなんて……。なんだか会社員時代を思い出すな)
全ての話を終えて店を出た頃には、すっかり夜になっていた。
「よし! 今日は打ち上げだな!」
「打ち上げ?」
「だってリトラグミが発売決定したんだぞ?」
「そんなこと言って、単に酒が飲みたいだけだろ」
「でも確かに、この世界で初めてグミが世に出るんですもんね。めでたいじゃないですか」
(そうか。この世界で初めてのグミなんだ)
そう考えると感慨深いものがある。
「よーし! 今日は飲むぞ~!」
「ちょ、メグミまで!」
「ふふ。ちょうどこの近くに果実酒が美味しいお店があるんですよ」
「果実酒!? 飲んでみたい!!」
「僧侶が酒に詳しいのもどうなんだ……」
そうしてわたしたちは酒場へと吸い込まれていったのだった。




