第3話 初めての街
ガタン、ゴトン。
「あれ……ここは……?」
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
「おっ! 気が付いたか。起きられるか?」
レティシアが顔を覗き込み、手を差し伸べてくれた。ありがたく手を取って上体を起こす。
「わたし……どうしちゃったんだっけ」
「魔力切れを起こしたんだ」
「魔力切れ?」
「ええ。スキルを使うのには魔力を消費しますからね。念のためこれを飲んでおいてください」
液体が入った瓶を渡される。
「これは?」
「魔力回復ポーションです。飲めばすぐ魔力が回復しますよ。味はちょっと微妙ですけどね」
言われた通り、瓶に口を付ける。独特な風味で少し飲みにくい。薬草のような苦みと、妙に甘い後味が喧嘩している。
飲み終えると、体の疲労感が抜けてエネルギーに満ちる感覚がした。
「魔力にポーション……ここ、ほんとに異世界なんだね」
「そうか、ここがどこかも知らないんだよな」
レティシアたちはここがどこなのかについて説明してくれた。
ここは人間の国ヒュメルニア。今向かっているのはセコルドという街で、国内で二番目に大きい街だそうだ。一番大きいのは首都のシュエルトスで、レティシアたち三人はセコルドとシュエルトスとを結ぶ街道の近くにある森の魔物討伐をしていたところだったそうだ。
ヒュメルニア以外にも様々な種族の国があるらしい。
「へぇ! 獣人ってほんとにいるんだ!」
「ああ。あたしは獣人の血が混ざってるんだ。尻尾とかはないけどな」
「私はエルフの血が少しだけ混ざっています。本当に少しだけなので、成長速度も寿命も人間と変わりないですけどね。ほら、耳が少しだけ長いでしょう?」
「わぁ、ほんとだ」
「純粋な人間は僕だけだな。他にはドワーフの国なんかもある」
「色んな種族がいるんだね。わたしがいた世界には人間しかいなかったから不思議な感じ」
そんな話をしていると馬車が止まった。
「街に着いたな」
門番らしき人が馬車の中を覗き込んできた。
「身分証明になるものを見せろ」
「ああ。って、あっ……メグミ、ギルドの印とかって……」
「えっ!? な、ないよ!?」
「あるわけないよな……」
「身分証明できない者は街には入れられないぞ」
(えっ、街に入れないの!?)
「ちょ、ちょっと待ってくれ! こいつは異世界人なんだ!」
「異世界人だと?」
「さっきこの世界に飛ばされてきたばかりみたいでな」
「そこを僕たちが保護したんだ」
門番は私の顔や格好をジロジロと見ながらうーん、と唸った。
「確かに見たことのない服を着てはいるが……」
するとフィンがスッと手を挙げた。
「必要なら私が身元保証人になります。私はリトーリア教会所属の僧侶ですので」
「……いいだろう。僧侶証明印を見せろ」
「はい」
フィンが翼の生えた木の実のようなデザインの首飾りを見せると、門番は頷き、何かを書き込んだ書類を手渡してきた。
「とりあえず仮の身分証明書を出しておく。三日で失効するから、早いうちに役所に行って異世界人登録をしておけ」
「あ、ありがとうございます……!」
なんとか門を通過できてホッとする。
「よし、このまま役所に行くか!」
レティシアの一声で、私たちは役所に向かうことになった。
馬車を降りて、大通りを歩いていく。多くの人が行き交っており、時折獣人やドワーフらしき人ともすれ違った。見たことのない店が沢山立ち並んでいて、中でも青果物売り場らしき店には未知の果物と思しきものがズラリと並べられていて目を引かれた。
(あの果物、どんな味がするんだろう……グミにしたら美味しいかな?)
そんなことを考えていると、大きな建物が見えてきた。
「着いたぞ。ここが役所だ」
入口で用件を伝えると、戸籍管理課の奥にある異世界人受付窓口に案内された。
「すみません、異世界人登録をしたいんですけど」
「おぉ、異世界人か。こりゃ珍しい。もう何十年ぶりかねぇ」
初老の男性職員が受付をしてくれる。
「見た感じ確かに異世界人っぽいが、証明のために、女神様にいただいた固有スキルを見せてもらうことになってる。お嬢さんはどんなスキルを授かったんだい?」
「《無限グミ生成》です」
「グミというのはなんだね?」
「お菓子です」
「見せてもらえるかい?」
私が手のひらの上にグミを生成して見せると、男性は目を丸くした。
「おお、無から有を生成するとは。これは確かに固有スキルだ。手続きを進めさせてもらうよ。お嬢さんの名前は?」
「瀬良恵です」
「どっちが名字だい?」
「瀬良です」
「メグミ・セラ……と。年齢は?」
「23歳です」
そうしていくつか書類に記入をしたりして、登録手続きを行った。見たことのない文字のはずなのに、不思議と読み書きができた。フィンに聞いてみると、女神様の加護によるものらしい。女神様様である。
「これが君の身分証明印。ブレスレットになってるから、肌身離さず持ち歩くんだよ。それから、こっちが異世界人初期援助資金の30万ジルトだ。大事に使うんだね。無くなる前に仕事を探すことをオススメするよ。手っ取り早く採取なんかの簡単な仕事を探すなら冒険者ギルドがいいんじゃないかね」
「ありがとうございます!」
「おっ、結構貰えたな。安宿なら一か月くらいは暮らせるぞ」
「そうなんだ。無一文だったからありがたいや……。早いうちに手に職をつけなくちゃ」
(そうしないとグミの研究開発もできないし!)
「んじゃ、次は冒険者ギルドだな!」
役所を出て、次にやってきたのは冒険者ギルド。剣や弓など武器を携えた人で賑わっている。酒場のような活気があり、あちこちで依頼について話し合う声が聞こえてきた。受付へと向かっていると、
「おお、レティシア一行じゃないか! 今日はどうしたんだ? まさかまた何かやらかしたんじゃないだろうな?」
声を掛けてきたのは大柄な壮年の男性。熊のように太い腕には無数の傷跡があり、一目で只者ではないと分かる貫録があった。
「よっ、マドルのおっちゃん! 別に何もやらかしてないぞ!」
「お? 見ない顔だな。新人か?」
「森で拾った!」
「拾ったじゃない。保護したんだ」
「異世界人なんですよ」
「はじめまして、恵です」
「おお! ワシはここのギルドマスターのマドルだ。よろしくな、メグミ!」
マドルと握手を交わす。さすがと言うべきか、握力が強くてびっくりした。
「長年ここのギルドにいるが、異世界人に会うのは初めてだな。ここに来たってことは、冒険者登録をするんだな? よし、特別にワシが直々に手続きしてやろう。着いてきな」
ギルドの奥に案内される。
「まずはこの用紙に必要事項を記入してくれ」
渡された紙に名前や年齢などを書き込んでいく。
「よし、できたな。次は適正確認だが、メグミ、使用武器はなんだ?」
「えっ!? つ、使えません!」
「剣も槍も弓もか?」
「どれも触ったことないです」
「そうか、分かった。使用武器なし、戦闘未経験……と。じゃあスキルはどうだ?」
「《無限グミ生成》っていうスキルを女神様から貰いました。固有スキルらしいです」
「ほう。着いてきてくれ」
マドルの後に続いて別棟へと移動していく。
「おっ、新米か。暇だし、覗いていこうぜ」
「さっき異世界人がどうとか言ってたぞ」
「異世界人!? ってことは凄いスキルが見れるんじゃないか!?」
途中、廊下にいた冒険者たちが口々に言いながらついてきた。
到着したのは体育館のような場所。
「よし、見せてみてくれ」
「はい!」
手のひら一杯にグミを出してみる。
「……それが、グミか?」
「はい! あ、もっと大きいのも出せますよ。えい!」
森で出した巨大グミも出してみる。
「……なんだあれ」
「グミ?ってなんだ?」
困惑の声が外野から聞こえてくる。
「あっ、グミっていうのはわたしが元いた世界のお菓子です。すっごく美味しいんですよ!」
説明すると、
「スキルってそれだけか?」
「お菓子作りか。ははっ、戦闘じゃ使えねぇな」
失笑が聞こえた。
「ふむ……」
マドルは真剣な表情で手のひらのグミと巨大グミをまじまじと見つめた後、口を開いた。
「メグミ。グミの大きさは自由に変えられるのか?」
「あ、はい。これくらいのサイズのものも出せます」
森で作ったのと同じ、握りこぶし大のコーラグミも出してみる。
「何個でも出せるのか?」
「はい。魔力があればいくらでも」
「何種類出せる?」
「知ってるグミなら全部です!」
「……全部、か……」
「もちろんフルーツ系もありますし、コーラ味もありますし、ハード系もソフト系も――」
「つ、つまり、出せるものは一種類じゃないんだな?」
「はい!」
外野からは、
「ハズレスキルだな……」
「無限に出せるっつってもお菓子じゃなぁ……」
という声が聞こえてくる。
(いや、美味しいんだけどなぁ……)
「ふむ……戦闘向きじゃないのは確かだな。だが、妙なスキルだ」
「妙、ですか?」
「普通の生成系なら作れる物は限られる。だが、お前のはそうじゃないらしい」
マドルはしばし考え込んだ後、顔を上げて言った。
「……よし、分かった。ではランク決定に移る。戻るぞ」
本棟へと戻ると、マドルは受付の奥から何かを持ってきた。
「メグミ・セラ。君はこれからFランクの冒険者だ。これをブレスレットに着けておいてくれ」
手渡されたのは「F」と刻印されたメダルのようなもの。
「Fランクっていうと?」
「一番下のランクだな。戦闘経験なし、専門武器なし、戦闘向きスキルでもないなら規定通りでFランクだ。依頼をこなしてポイントを稼いで、昇級試験を受ければEランクに上がれるぞ。地道に頑張ってくれ」
(まぁ、そりゃそうか)
戦闘力皆無な自分には当然の結果なので納得はするが、少しだけ落ち込む。すると、
「なーなー、ねーちゃん! それなーに?」
「食べ物? かわいくておいしそう!」
小さな男の子と女の子が話しかけてきた。どうやらわたしが手に持っているグミに興味を持ったらしい。
「おお、ダンにエマ。来てたのか。ワシの子どもたちだ。ほら、二人とも挨拶だ」
「「はじめまして!」」
「はじめまして。わたしはメグミ。これはね、グミっていうお菓子なんだよ。食べてみる?」
「いいの!?」
「わーい! 食べる食べる!」
ダンとエマは飛びつくようにグミを手に取ると、いただきます、と言ってグミを口にした。
「んん?」
「なんか変な食感!」
「ぷにぷにしてる!」
「わっ、おいしい!!」
パァッと二人の表情がほころぶ。
「なにこれなにこれ!! こんなの食べたことないよ! とーちゃんも食べてみなよ!」
「どれどれ……む? ……これは確かに美味いな」
「おねーちゃん、もっと貰ってもいい!?」
ダンとエマは次々と手を伸ばし、マドルと、いつの間にかフィンまで加わって、手のひらいっぱいだったグミはあっという間になくなってしまった。
(よかった……異世界でもグミは通用するんだ……!)
「ふむ、このグミ、売り出してみるといいかもしれないな。ダンとエマ御用達の菓子店があるから、明日にでもそこに話を付けてみたらどうだ? ワシの名前を出せば話くらいは聞いてくれるだろうよ」
「わぁ……! そうします!」
「よし! じゃあ明日は菓子屋だな!」
「うん! ……あ。そうだ、宿探しもしないと……」
「宿?」
「わたし、今日泊まる場所ないし」
「あ」
「そういえばそうだったな」
「それに異世界に来たばかりですからね……」
(うぅ、宿代っていくらするんだろう……。30万ジルトあるとはいえ、グミの材料代も残しておきたいし……)
考え込んでいると、
「だったらうちに来るか!」
レティシアが勢いよく言った。
「「え?」」
わたしとルークの声が重なった。
「ちょ、ちょっと待てレティ。いくらなんでもほぼ見ず知らずの人間を家に住まわせるのは……」
「でも困ってるんだぞ?」
「それは分かる。だが警戒心というものを持て」
「メグミが悪いやつに見えるか?」
「そういう問題じゃない」
「悪いやつだったら森で助けた時に襲われてるだろ」
「理屈が滅茶苦茶だ……」
ルークが頭を抱える。
「それに一部屋余ってるしな!」
「余っているからって他人を住まわせる理由にはならない」
「それじゃあ宿代がもったいないだろ」
「お前はいつから家計を気にするようになったんだ」
「今!」
「今かよ」
思わずツッコミを入れたルークに、レティシアは胸を張った。
「大丈夫だ! メグミはいいやつだぞ!」
「根拠は?」
「グミをくれた!」
「根拠になってない!」
周囲からくすくすと笑い声が漏れる。
「……私はレティに賛成です」
フィンが穏やかに言った。
「少なくとも、メグミさんが危険な人物には見えませんし」
「フィンまで……」
「それに異世界に来たばかりです。知り合いもいないでしょうし、とりあえず助けてあげてもいいのでは?」
ルークは大きくため息をついた。
「……君たちは本当に」
「よし! 決まりだな!」
「まだ決まってない!」
「決まった!」
「決めるな!」
レティシアは満面の笑みでわたしを見る。
「ってことでメグミ! うち来い!」
「え、えぇぇ……!?」
そんなこんなで、わたしはひとまずレティシアの家に居候させてもらうことになったのだった。
(家賃が浮いた分、グミの材料に回せるかも!)
そう考えると、少しだけ未来が明るく見えた。




