第2話 世界を超えた恵
試作した「世界を超えるグミ」を食べて眩しい光に包まれた私が目を開けると、そこは真っ白い空間だった。
「こ……ここはどこ? わたしは誰……っていや瀬良恵だけど!」
セルフツッコミを入れていると、突如として美しい声が響いた。
〈私の世界へようこそ、メグミ・セラ。私はこの世界を統べる女神です〉
「え? え? 女神? この世界ってどういうこと?」
確かに女神っぽい声だけど。
〈あなたには《無限グミ生成》スキルを与えましょう。それでは、この世界を楽しんでくださいね〉
「ちょ、ちょっと待って!! なに!? 何が起こってるの!?」
女神は問いに答えることなく、わたしは意識を失った――
――ここはどこ。わたしは誰……っていや瀬良恵だ。
二度目のセルフツッコミをしながら辺りを見渡せば、そこは森の中だった。
「……ほんとにどこ、ここ」
知らない森の中にポツンと立つわたし。
おかしい。わたしはついさっきまで会社の調理室にいたはずなのに!
(ど、ど、どうしよう!? 遭難!? スマホ……は調理室の台の上に置いてきちゃった。衛生のために時計も外しちゃったし……)
現在位置を確認する術がない。
(えっと……えっと……とにかく移動しなくちゃ。どこか道に出られるかも)
上を見上げて太陽の位置を確認する。確か今はざっと15時くらいだったはずだから、太陽のある方がざっくり南西のはずだ。
その辺に落ちていた木の枝を拾い、自分の周囲の地面に東西南北を書く。こういう時は神頼みだ。
「どーちーらーにーしーよーうーかーなー、天の神様の言うとおり!」
指差しの先は東だった。覚悟を決めて、わたしは東に進み始めた。
そういえば、スキルが何だとか女神?が言っていたっけ。
《無限グミ生成》、だったはず。名前だけ聞くとグミを作る能力っぽいけど。要するにグミを作り出せるということだろうか?
(まずは定番!! ブドウの果汁のグミ!!)
ブドウ果実の芳醇な風味を閉じ込めたプルプル食感を思い出しながら念じると、ころん、と手のひらの上にあのブドウの形をした濃い紫色のグミが出現した。
(ほ、ほんとに出てきた)
「い、いただきます」
恐る恐る食べてみる。
「……美味しい」
まんま、あのグミそのものだった。長年グミを食べに食べまくってきたので間違いない。味も食感も、間違いなくあのグミだ。
続いて果汁のグミの他の味や、他のグミも試してみる。ミカン味に、マスカット味、イチゴ味。パウダー付きの酸っぱいグミや、中にとろとろしたゼリーが入ったグミに、外国製の固めのグミまで。どれも、色も形も味も食感も、まんまそのものだった。
勢いづいたわたしは思い切って、ざっくりとした覚えしかないグミも念じてみることにした。
(今は売ってない期間限定の果汁のグミ!)
出た。
……え?
待って。これ、もう十年近く前の商品なんだけど。
(じゃ、じゃあ……子供の頃に食べたあのグミ!)
出た。
二十年くらい前の、現在は販売中止になってしまった懐かしのグミ。懐かしすぎて涙が出そうだ。
つまりこれは……どんなグミでも食べ放題ってこと!?
(神じゃん!!!!!)
最高だ。女神様に感謝しかない。
……いやちょっと待て。いくらグミ食べ放題が嬉しいと言っても、森の中で遭難している現状は何も解決していない。
「はぁぁ……」
ため息を吐きながら森の中を進んでいたその時、ガサガサと何やら草をかき分けるような音がした。
(もしかして誰か人間!?)
希望を抱いて音がした方を見る。黒い影が草むらの向こうで揺れた。人間にしては妙に低い。そして次の瞬間、その影が姿を現した。
――頭から尾まで2メートルほどの巨大な蟻だった。
「……え?」
サーッと全身の血の気が引く。
仮にここが熱帯雨林だったとしても、こんな巨大な蟻がいるなんて聞いたことがない。まさかここは日本ですら――地球ですらない?
(って、そんなこと考えてる場合じゃない!! ど、ど、どうしよう!? ……そうだ!! こういう時こそスキルってやつじゃない!?)
ゲームだったら怪物に立ち向かう時にスキルが役立つものだ。
(硬い大きなグミ!!)
ぽとっ。握りこぶしくらいある大きなコーラグミが地面に落ちた。かぶりついたら凄い弾力がありそうだ。
(違うそうじゃない!! って、お……?)
甘い香りに引き寄せられたのか、巨大蟻は落ちてきたグミへと近付き、触覚でグミを触りだした。そして大きな顎でかじりついた。もっちゃもっちゃとグミを咀嚼する音が響く。
(やった! 今のうちに逃げ……)
巨大蟻との距離が少しずつ開いていく。
助かった。そう思った瞬間だった。
「あっ!?」
木の根に足を取られてしまった。次の瞬間、体勢を立て直せないまま地面へ叩きつけられる。足首に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
どうやら足首を捻挫してしまったらしい。
コーラグミを食べ終えた巨大蟻がこちらを向いた。
「じゃっ……じゃあ!! これならどうだ!!」
超酸っぱい巨大グミ!! と念じながらグミを放つ。なんだか少し疲れてきたような気がするが、気にしている場合じゃない。
巨大蟻が人の頭くらいある巨大なグミにかぶりついた、次の瞬間。ギチギチと顎を鳴らしながら頭を激しく振る。そのまま巨大グミを放り投げた。
「効いた!?」
喜びかけたわたしだったが、巨大蟻は先ほどまでよりも勢いよくこちらへ向かってきた。
……余計に怒らせてしまったみたいだ。
逃げようにも、足が痛くて動けない。
――死ぬ。死ぬのか? ここで?
「もうグミが食べられないなんて嫌だ!!」
巨大蟻の顎が目の前まで迫り、絶望のままに思わず叫んだその時。
「たぁぁっ!!」
ガキン!!と大きな音がして、素早くわたしと巨大蟻の間に滑り込んだ影が、巨大蟻の顎を弾き返した。
「大丈夫か!!」
剣を持って巨大蟻の前に立ちはだかる、赤銅色の髪の女性。
こちらを振り返った、イチゴ味のグミのような真っ赤な瞳と目が合った。
……かっこいい。可愛らしい女の子なのに、まるで王子様みたい。
「《氷柱》! レティ! よそ見するな!」
少し離れたところから男性の声が聞こえたかと思うと、突如として目の前の地面から氷が突き出して巨大蟻を突き飛ばした。
声がした方を見やれば、深い青色の髪で、ラムネ味のグミみたいな透き通った水色の瞳の青年が杖を構えていた。
「大丈夫ですよ。足、今治しますからね」
突然のことに呆然としていると、すぐ近くで声がしてハッとして振り向けば、足元に膝をついた青年が穏やかに微笑んだ。柔らかな緑髪に、吸い込まれるような若草色の瞳。ライム味のグミを思い出す優しい色だった。
「《治癒》」
青年が本を携えて足首に手をかざすと、パァッと足首が光に包まれ、次の瞬間には痛みが嘘のように消えていた。
「これでとどめだ! 《紅蓮斬》!!」
レティと呼ばれた女性が叫んだ瞬間に剣が炎を纏う。
一閃。
炎の軌跡が空中に赤く残る。
次の瞬間には、巨大蟻は真っ二つに切り裂かれていた。
(た、助かった……)
「さすがレティ。終わりましたね。立てますか?」
「え、あ、は、はい。ありがとうございます。た、助かりました……」
(まだグミが食べられる……よ、よかった……)
ホッとして力が抜けてしまい、よろよろしながらもなんとか立ち上がる。
「全く、丸腰の一般人がなんでこんなところにいるんだ。ここで何をしてた?」
「ええっと、グミを食べたら光に包まれて、女神って人?になんかスキル?がなんとかって言われた後、気付いたら森の中にいて……」
そう言うと三人は驚いた表情で顔を見合わせた後、口々に言った。
「聞いたことがあります。女神様が異世界から招いた人には特別なスキルをお与えになると」
「異世界人ってやつか? 確かに見たことない服を着てはいるが……本当か?」
「異世界人!? すごいな! あ、そうだ。お前、名前は?」
「瀬良恵です」
「セラ……?」
「恵です」
「メグミか」
「はい」
「へぇ! あたしはレティシア」
「僕はルーク」
「私はフィンです」
「なあ、ところでグミってなんだ? 美味いのか?」
「えっ!? グミを知らないんですか!?」
驚いてポカンとしていると、三人は口々に「知らない」と言うばかりだった。
そんな、この世界にはグミがない? 信じがたい事実に驚愕する。
「これです。食べてみてください」
ブドウ味、ミカン味に、マスカット味、イチゴ味の果汁のグミ。パウダー付きの酸っぱいグミや、中にとろとろしたゼリーが入ったグミに、外国製の固めのグミまで。色んな種類のグミを出して勧めてみる。
するとなんだか少し視界が揺れたような気がしたが、今はそれどころではない。グミをこの世に知らしめなければ。
「ちょ、おい待て、今それどこから出し……」
「おお、甘いな」
「レティ!? 怪しい食べ物を安易に口にするなんて――」
「なんですかこれは!? 美味しいですね!!」
「フィンまで!!」
「なあこれ美味いぞ。ルークも食べてみろよ」
渋々といった様子でルークもグミを口にする。
「……へぇ、食感が面白い」
「でしょう!?」
グミを認めてもらえたことが嬉しくて小躍りする。
「お前、このグミってやつどこから出したんだ。まさか、それがスキルか?」
「多分そうです。《無限グミ生成》って言ったかな」
「……女神様は何を考えていらっしゃるんだ……」
ルークは頭を抱える。
「菓子を作るスキルか! いいじゃないか、食うものに困らない!」
レティは明るく言って笑った。
「それにしても美味しいですね。こんなお菓子は初めてです。もっといただけませんか?」
「どうぞどうぞ!」
「本当にいくらでも出せるんだな」
「はい! グミなら――」
そこで急に言葉が詰まった。急に視界がぐらついたのだ。
「あれ……? なんか……眠い……」
「ん? どうかしたか?」
「徹夜で……グミ開発した後みたい……」
まぶたが鉛のように重く、視界が急速に狭まっていく。足から力が抜けてバランスを崩す。地面へ向かって重力が急加速し、気付けば地面に横たわっていた。
「倒れた!?」
「おい!? しっかりしろ!」
「魔力切れかもしれません。私が診ます」
三人の声が遠ざかっていく。
わたしはそのまま意識を手放した。




