第1話 世界を超えるグミ
物心ついた頃からグミが好きだった。
きっかけは至極単純で、自分の名前――「恵」と似ていたので気になって食べてみたら、その味と食感に感動したから。
名字の「瀬良」が、グミの材料のゼラチンとちょっと似ていることに気付いた時には、おかしくて笑いながらも嬉しく思ったっけ。
そんなわけで無類のグミ好きとして成長したわたし・瀬良恵は、好きが高じてグミメーカーの商品開発部に就職した。
新しい味や食感を追い求めて試作を重ねる日々。上司からの辛口評価やら締切やらで大変でもあったけど、世界にまだないグミをこの手で作り出して世に送り出すことのできるこの仕事を、わたしはどこまでも愛していた。
そんなある日。新作グミの開発に行き詰っていたわたしは、参考になるものがないかと社の資料室でグミのレシピについて調べていた。
「えーっと、ここら辺の資料はもう商品化されてるやつだし、この辺の資料ももう全部参考にさせてもらったからダメだなぁ。まだ作ったことも食べたこともないようなレシピ、どこかに残ってないかな?」
そうして資料室の奥へ奥へと進んでいったわたしは、ふいに奇妙なものを発見した。
「……何これ?」
埃を被った、かなり古い、分厚い資料。ほとんどの試作グミには番号や記号のような識別用の名前しかついていない中で、それは異彩を放っていた。
その名も「世界を超えるグミ」。
世界を超えるとは一体どういうことだろう。世界各国の味とかそういうことだろうか?
「って、これ……!」
よく見ると、資料の作成者の名前には見覚えがあった。「美良杏奈」。この人物は、社内ではかなりの有名人だった。彼女は世間でも有名な超人気グミをいくつも世に送り出してきた天才開発者。わたしがかつて人生で初めて食べたグミすらも美良杏奈が開発したものだったと知ってからは、彼女はわたしにとって憧れの存在だった。
……もっとも、社内では別の意味でも有名だったのだけれど。
というのも、美良杏奈はある日突然、それもグミの試作中に忽然と姿を消し行方不明になってしまったというのだ。
まさか、と思って、美良杏奈が作成した他のグミのレシピも漁って日付を確認してみる。すると、「世界を超えるグミ」の一番最新の試作レシピは、彼女が残したレシピの中でも最も新しいもののようだった。……つまり、これを作っていていなくなったということだろう。
「世界を超えるグミ」なんて名前、普通なら冗談だと思う。
でも、この人は美良杏奈だ。
実際、美良杏奈のレシピには変な名前のものが多かった。「噛むと気分が変わるグミ」とか、「目が覚めるグミ」とか。商品名ではなく開発コードみたいなものなのだろう。
数々のヒット商品を生み出した天才が、最後に作ろうとしていたグミ。
「よーし! これ、作ってみよう!」
多分、縁起が悪いとかそういう理由でこの資料は資料室の奥に封印されていたのだろう。確かに、普通なら怖がるのかもしれない。でもわたしの感想は違った。
(まだ見たことないグミなんて、それもあの美良杏奈さんの開発したグミなんて、作って食べてみたいに決まってる!)
そう思ったわたしは資料を抱えて調理室へと駆け込み、早速試作に取り掛かった。
まずは資料に書いてある通りに作ってみようと考えて、レシピの材料を上から順に取り揃えていく。
グミとしては珍しいことに、世界中の様々な果物の果汁が使われていた。南国産のものもあれば寒冷地産のものもある。しかも、マンゴーやドラゴンフルーツのような定番だけではない。名前すら聞いたことのない果物まで混ざっている。そのうえ、わざわざ「国内産の果物だけでは失敗する。世界中の果物を使用すること」とまで書かれている。味の方向性がまるで見えない。こんなに種類を混ぜたら普通は味が喧嘩しそうなのに。世界のミックスフルーツグミといったところなのだろうか?
変わったレシピだな、と思いつつも材料を揃えていき――一番下まで辿り着いたところで、思わず手が止まった。
そこには「渡り鳥の羽の粉末 ひとつまみ:代用品不可!!絶対に必要!!普通の鶏じゃダメ!!」と書かれていたのだ。
(わ、渡り鳥の羽ぇ!? そんなものある訳が――)
意味が分からないと思いながらも一応材料庫を探してみると、
「……あ、あった……」
誰も触っていないような埃を被った試薬棚の一番奥に、「渡り鳥の羽 発注者:美良杏奈」と手書きで書かれたラベルの張られた、小さな小さな瓶に入った粉末が本当にそこにあった。
気持ちを切り替えて試作に取り掛かる。レシピの分量通り混ぜ合わせた果汁とゼラチンを加熱して砂糖を加え、最後の材料を入れようとしたところで再び手が止まった。
「こ……これを、入れる、のかぁ」
古びた渡り鳥の羽の粉末。こんなものを入れて食べられるのかよく分からないし、何よりも。
(やっぱり意味が分からない!!)
それが正直な感想だった。
(で、でもまぁ……あの美良杏奈さんがわざわざ入れるんだもん、きっと意味があるんだよね)
「……えい!!」
無理矢理自分を納得させ、粉末を容器に投じた。
混ぜ合わせた液体を型に流し入れて、冷却すれば「世界を超えるグミ」の完成。
出来上がったグミは奇妙な色をしていた。透明にも見えるし、虹色にも見える。光の加減で色が変わるような気がした。世界中の果物を混ぜたはずなのに、不思議と色は濁っていない。むしろ、どこまでも澄んでいた。
行方不明になった天才開発者の最後のレシピだとか、渡り鳥の羽だとか、今はもう正直どうでもよかった。わたしの頭の中を占めていたのはただ一つ。
(どんな味がするんだろう)
それだけだった。
ドキドキしながらグミを型から外す。指でつまんでみると、ぐにぐにとした独特な弾力が伝わってきた。
「……いただきます」
いざ、実食。
グミを口に放り込んで噛み締めた次の瞬間――
「わ!? な、なに!?」
わたしは眩しい光に包まれ――
結局、そのグミがどんな味だったのかは分からなかった。
グミで異世界無双する珍妙な夢を見たので書いてみることにしました。
グミって美味しいですよね。




