夕焼けとオムライス①
翌日、あたしはひなたと並んで坂を下っていた。
昨日の約束どおり、Canonへ行くためだ。パパが「店にパソコン持ってきておく」と言っていたから、自然とそういう流れになった。
スマホがないと、待ち合わせってこんなに面倒なんだなと思う。時間も場所も、ちゃんと決めておかないとすれ違う。
でも、その不便さがどこか新鮮で、少しだけ面白かった。
お店の脇にある、大きな木の下に自転車を停める。ハナミズキって木らしい。自分と同じ名前を持つこの木を、あたしはどこか分身のように感じていた。
横を見ると、ひなたは昨日と同じように静かに歩いている。何となくだけど、ほんの少し、楽しそうに見えた。
店のドアを開ける。
ベルの音が、軽やかに鳴った。
「ただいまー。パソコンは?」
店の中をきょろきょろと見回すと、カウンターの向こうからパパが顔を上げた。
「おかえり。ほら、そこだ」
指差された先――昨日と同じカウンター席の上に、黒いノートパソコンが置かれていた。
「システムエラーばっか出てな。正直ダメかと思ったが……なんとか復帰できたよ」
「おお、感謝感謝〜」
あたしは軽く手を合わせて拝むふりをする。隣で、ひなたも少し遅れて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
その声は相変わらず小さいけれど、どことなく柔らかさがあった。
「ところで、ひなた。使い方、わかる?」
「……あんまり」
「へへ、実はあたしもなの」
あたしはわざとらしく肩をすくめてから、ちら、とパパの方を見る。
「誰か教えてくれる優しい人、いないかなぁ〜」
ちらっ、ちらっ。
露骨な視線に、パパは一度ため息をついてから、口元だけで笑った。
「そう思ってな。小説サイトにすぐ飛べるようにしておいたぞ。アカウントも作ってある」
「さっすがシェフ! 仕事が早いっ」
あたしが拍手すると、パパは「やれやれ」と肩をすくめて、カウンター越しにこちらを見た。
「ほら、ひなた。開いてみなよ」
促されるまま、ひなたがノートパソコンの前に座る。指先でそっと蓋に触れて、少しだけためらうようにしてから、ゆっくりと開いた。
その瞬間――
ひらり、と。
一枚のメモ紙が、画面とキーボードのあいだから滑り落ちた。
「……あれ?」
あたしが拾い上げるより先に、ひなたの手がそれを取る。そこには、手書きで短い文章が書かれていた。
ひなたの手の中で、白いメモが小さく揺れた。あたしは横から覗き込む。
「……あ、それ、ママの字だ」
特徴のある角張った文字。雑なようでいて、妙に整っているあの感じ。
「えーとなになに……」
あたしはそのまま声に出して読み上げた。
「“記念すべき第一作目を手にした幸運なファン様へ――”」
ひなたの肩が、ほんのわずかに揺れた気がした。
「“ついでに未公開作のデータも入れといたんで、つまみ食い程度に読んでくださいな。面白いかどうかは保証できんけど(笑)”……だって」
最後の一文に、思わず苦笑が漏れる。
「ほんと、こういうとこは作家っぽいよね」
「あいつ、いつの間に」
呆れたようで、でもどこか嬉しそうにパパが言った。
ひなたは何も言わず、メモを見つめている。指先に、少しだけ力がこもっているのがわかった。あたしは軽く肩を叩く。
「とりあえずさ、ひなたの読みたいほうから見てみよっか」
ひなたは小さく頷いて、ゆっくりと画面に視線を移した。何となくだけど、その横顔は期待のようなものを持っているように見えた。
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