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コトノハを奏でて  作者: 氷河期のやもめ
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7/10

夕焼けとオムライス①

 翌日、あたしはひなたと並んで坂を下っていた。


 昨日の約束どおり、Canonへ行くためだ。パパが「店にパソコン持ってきておく」と言っていたから、自然とそういう流れになった。


 スマホがないと、待ち合わせってこんなに面倒なんだなと思う。時間も場所も、ちゃんと決めておかないとすれ違う。


 でも、その不便さがどこか新鮮で、少しだけ面白かった。


 お店の脇にある、大きな木の下に自転車を停める。ハナミズキって木らしい。自分と同じ名前を持つこの木を、あたしはどこか分身のように感じていた。


 横を見ると、ひなたは昨日と同じように静かに歩いている。何となくだけど、ほんの少し、楽しそうに見えた。


 店のドアを開ける。


 ベルの音が、軽やかに鳴った。


「ただいまー。パソコンは?」


 店の中をきょろきょろと見回すと、カウンターの向こうからパパが顔を上げた。


「おかえり。ほら、そこだ」


 指差された先――昨日と同じカウンター席の上に、黒いノートパソコンが置かれていた。


「システムエラーばっか出てな。正直ダメかと思ったが……なんとか復帰できたよ」


「おお、感謝感謝〜」


 あたしは軽く手を合わせて拝むふりをする。隣で、ひなたも少し遅れて頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


 その声は相変わらず小さいけれど、どことなく柔らかさがあった。


「ところで、ひなた。使い方、わかる?」


「……あんまり」


「へへ、実はあたしもなの」


 あたしはわざとらしく肩をすくめてから、ちら、とパパの方を見る。


「誰か教えてくれる優しい人、いないかなぁ〜」


 ちらっ、ちらっ。


 露骨な視線に、パパは一度ため息をついてから、口元だけで笑った。


「そう思ってな。小説サイトにすぐ飛べるようにしておいたぞ。アカウントも作ってある」


「さっすがシェフ! 仕事が早いっ」


 あたしが拍手すると、パパは「やれやれ」と肩をすくめて、カウンター越しにこちらを見た。


「ほら、ひなた。開いてみなよ」


 促されるまま、ひなたがノートパソコンの前に座る。指先でそっと蓋に触れて、少しだけためらうようにしてから、ゆっくりと開いた。


 その瞬間――


 ひらり、と。


 一枚のメモ紙が、画面とキーボードのあいだから滑り落ちた。


「……あれ?」


 あたしが拾い上げるより先に、ひなたの手がそれを取る。そこには、手書きで短い文章が書かれていた。


 ひなたの手の中で、白いメモが小さく揺れた。あたしは横から覗き込む。


「……あ、それ、ママの字だ」


 特徴のある角張った文字。雑なようでいて、妙に整っているあの感じ。


「えーとなになに……」


 あたしはそのまま声に出して読み上げた。


「“記念すべき第一作目を手にした幸運なファン様へ――”」


 ひなたの肩が、ほんのわずかに揺れた気がした。


「“ついでに未公開作のデータも入れといたんで、つまみ食い程度に読んでくださいな。面白いかどうかは保証できんけど(笑)”……だって」


 最後の一文に、思わず苦笑が漏れる。


「ほんと、こういうとこは作家っぽいよね」


「あいつ、いつの間に」


 呆れたようで、でもどこか嬉しそうにパパが言った。


 ひなたは何も言わず、メモを見つめている。指先に、少しだけ力がこもっているのがわかった。あたしは軽く肩を叩く。


「とりあえずさ、ひなたの読みたいほうから見てみよっか」


 ひなたは小さく頷いて、ゆっくりと画面に視線を移した。何となくだけど、その横顔は期待のようなものを持っているように見えた。

毎週木曜日投稿予定です

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