ジンジャエールとリンゴジュース③
ひなたがグラスに口をつけ、静かにリンゴジュースを啜る。その表情は、どこかほっとしたようにも見えるし、まだこの場所に馴染みきれていない迷いの色も残っている。
あたしはパパから頼まれた洗い物をしながら、その様子を見ていた。
ひとしきり落ち着いた頃、パパがふと手を止めた。
「その本、どこで手に入れたの?」
穏やかだったけれど、言葉の奥に熱いものを感じた。
「もう絶版になって久しいからね。今じゃほとんど出回ってないはずなんだ」
ひなたはグラスを置き、少し戸惑いながら答えた。
「古本屋で……偶然、見つけました。カバーもなくて、ただタイトルだけが書かれてて。……それが逆に気になって、つい……」
「うん、そうか」
パパは頷き、少しだけ目を細める。
「で、どうだった? 読んでみて」
ひなたは一瞬だけ目を伏せ、それからちょっとずつ話しはじめた。
「……ライトノベルっていうのを、これで初めて知りました。最近のとはきっと違うと思うんですけど……でも、なんだか“原点”っていう感じがして。……私にとっては、初めての“娯楽”だったんです。楽しいって、思えたんです」
その言葉に、あたしは少し驚いた。けれどそれ以上に、胸の奥にほんのり、あたたかいものが灯るようだった。
「そうか。……真唯子が聞いたら喜ぶな」
パパの頬に浮かんだ笑みは、どこか懐かしいものを想うように見えた。
「ねー」と、あたしも思わず頷く。
「けど、ママはこっちにはあんまり来ないんだよね」
「……いえ。いきなり押しかけてきたのは、私のほうですから。直接伝えられなくても……十分です」
ひなたは、そう言って静かに笑った。その顔には、少しだけ安堵がにじんでいた。
「大丈夫。ちゃんと伝えておくよ」
パパのその言葉に、ひなたは小さく頭を下げた。
「ねえ、他にも小説持ってたりする? 読むの好きなんでしょ?」
「今、持ってるのは……これだけです」
「え、どゆこと?」
首をかしげる。
「電子書籍じゃないか?」
思いついたようにパパが言った。ひなたは首を振って答える。
「スマホは持ってないの?」
「はい。……今は、祖父母の家でお世話になってるので」
意外だった。今どきスマホを持っていない高校生がいるなんて。
けど、なんだかすごく腑に落ちた。ひなたの落ち着いた話し方も、身のこなしも、どこか大人びて見える理由がわかった気がした。
「そっかぁ。でも、それなら余計、ネットで読めるほうが便利だよね? ママの作品、今はもう本になってなくて、小説投稿サイトにしか載ってないんよ」
「……そうなんですね。読みたい、です」
ひなたの目が、はっきりとこっちを向いた。あたしは、うん、と大きく頷いた。
するとパパが、ふと記憶を探るような声を出した。
「そういえば、家に古いノートパソコンがあったな。まだ動くはず。あとはネット環境さえあれば……」
「それだ!」
あたしは思わず叫んだ。
「良ければ貸してあげようか。ただ……栩木さんの家にネット回線があるなら、だけど」
「……ないです」
ひなたは申し訳なさそうに視線を伏せた。
「じゃあさ、この店のWi-Fi使って読むのってアリ? 学校の帰りとかに、ちょっとだけ寄って」
「そんな……そこまでしてもらうのは……」
困ったような顔をする彼女に、パパは少し考えて、それから三本の指を立てた。
「条件が三つ。ミズキと一緒に来ること。営業時間外の間に限ること。厨房には入らないこと。……それを守れるなら、いいよ」
「やったー!」とあたしは両手を挙げた。
「よかったね、ひなた!」
ひなたはぽかんとした顔で、あたしとパパを交互に見ていた。信じられないような、でもちょっと嬉しそうな顔だった。
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