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 先日、シィナのときは……あくどい冒険者たちの魔の手が迫っていることを知りながら、小説の筋書き通りならば彼女は助かる筈だ――と考え、すぐには助けに向かわなかった。

 しかし現実では小説とは違った。

 結果的に彼女を助け出すことはできたものの、怖い思いをさせてしまったのだ。早くに助けに向かっていれば、



 シィナのときのことを、ベルは悔いている。


 今は、逡巡(しゅんじゅん)などしない。すぐにでも助けに向かわなければ。


 というか、昨日マルクに会った時点からもっと慎重になっておけばよかった。こういう事態になることもあり得ると考え、しかるべき行動をとっておくべきだったかもしれない。




「そ、そんな。ベルさん、ヴァンパイアの拠点に行くなんて……危険です!」


 エリティアが言う。


「今、もう陽が出てきましたので、ヴァンパイアの力は多少衰えてはいるでしょうけど……それでも、一人で戦うような相手ではありませんよ! それに、ヴァンパイアが棲む地下の迷宮にはたくさんの罠が仕掛けられていると聞きます。あまりに危険です……っ」




「罠に関しては……大丈夫だ。俺は、あの地下迷宮に関してはよく知ってるから」


「え?」


 きょとん、とするエリティア。




 地下迷宮に張り巡らされた罠。


 それは、『バグだらけの勇者』の中で詳細に描写されていた。もう手元にはなくとも、ベルはその内容をはっきりと覚えている。


 まあ、小説と現実とでは色々と差異が見られるので、そこが同じであるかどうかは賭けだが。


 ベルは、賭けには強い。





「ヴァンパイアを戦うことについても、まあ……それもたぶん大丈夫。俺の″スキル″次第だけど」


「スキル? ベルさん、ヴァンパイアと戦えるようなスキルを持っていらっしゃるんですか……?」


「どうだろうな。どんなのが書けるか……」



 ベルのスキルは、″執筆″。


 メアリーからもらった懐中時計を使って、書き上げた小説の登場人物を召喚することができる。シィナのときは、巨人を召喚して、悪い冒険者たちを一掃した。



 湧き上がる衝動のままに手が動き、書き上げられていくので――この状況を打破し得る良いモノが書けるかどうかは分からない。


 それもまあ、賭けだが。




「シィナ。お前はここで大人しく待ってるんだぞ」


「何言ってんの、ベル! あたしも行くよ!」



「は?」


「マルくんは大事なオトモダチだもん! あたし、じっとなんかしてられないにゃ!」



「なに言ってんだ。話聞いてたのか? 危険だって」


「相手は魔族だかにゃんだか知らないけど、あたしだって、ただの人間じゃないもんね。獣人の血を引いてるんにゃ? そんなのに負けないよ」



「……いや。それでもだめだ。ヴァンパイアは″魅了(チャーム)″を使う。異性を魅了して操ってしまうんだ。シィナが敵に操られるなんてことになったら、それこそ手が付けられん」



「にゃ? あたしがそんなヤツにでれでれすると思ってんの!? 馬鹿にすんにゃっ」


「でれでれするとか、そういうことじゃ……」



 危険な場所にシィナを連れて行くのは気が引ける。


 ――しかし、こんな問答をしているのが時間の無駄だ。


 ひとまず、ベルは「わかった。一緒に行こう」と折れる。





 ベルは逸る気持ちを抑えながら、ひとまず宿部屋に戻り、机に向かった。

 ぱっと出現する、ペンと紙。



 ひとたびスキルを発動すれば、怒涛の速さで小説を書き上げていく。


 ″小説家″のスキルについては、精霊協会の管理目録にも情報がないので、詳しくは分からない。だが、もしかすればその者が漠然と「こういったものが書きたい」と思うものをうまく書き出してくれる仕様であるのだろうか。




 ――ものの十分ほどで書き上げられたそれは、『光の精霊』についての話。



 これからヴァンパイアと戦うベルにとって、これ以上なく頼りとなるものであった。




 準備も整った。

 これからヴァンパイアの地下迷宮へと向かうわけだが……。




「そういえば、シィナ。敵の根城は森の奥にある地下迷宮だって話だぞ。地下だから、きっとすごい暗いぞ」


「にゃっ?」


「トイレに行っとけ。ちびるかもしれん」


「う、にゃぁ……。そうだね、出すもの出しとかないと……」



 そう言って、トイレに向かうシィナ。



 ぱたん、とトイレの戸が締められたのを確認すると、ベルはささっとメモ書きをして、――すぐに、酒場を発った。




『部屋でおとなしく待っていなさい』



 トイレの前に置かれたメモ。




 やはり、シィナを連れて行くのは気が引けた。




 ベルは少女がトイレへ行っているうちに、――一人、ヴァンパイアの討伐へと向かったのだ。

 マルクを、助けるために。


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