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――――『バグだらけの勇者』――――
14歳の少女マルク・ルプルが率いる女性冒険者パーティ『星のアクアリエン』は、ヴァンパイア討伐のために地下迷宮に潜入した。
実力者ぞろいのパーティだったが、迷宮の各所に仕掛けられた罠にかかり、パーティは分断されてしまう。
散り散りになった仲間の身を案じながらも、一人、遺跡を進んでゆくマルク。
なおも張り巡らされた罠をことごとく往なし、彼女はやがて最奥部へ。
そこに待ちかまえていたのは、近隣の村娘を夜な夜なかどわかすヴァンパイアと、――彼の″魅了″にかかり、理性を失った仲間たちだった。
ヴァンパイアの魔眼は、異性を骨抜きにする。
マルクはその強い抗魔力によって耐えられたが、しかし仲間たちを盾にされては手が出せない。
今は日中。たとえ暗い地下であっても、ヴァンパイアの力は衰えている。
本来なら、たとえマルク一人であっても敵を倒すことは可能なのだ。仲間が正気を取り戻してくれさえすれば……。
操られた仲間たちは、マルクを壁際まで追い詰めた。
死を間近に感じて、切実な表情を浮かべる少女を見下ろす女冒険者たち――。
――そこで、ふと、異変が起こる。
ヴァンパイアに操られて、意識の無かった仲間たちだったが、――不意に、瞳に彩が戻る。
少女を見下ろしながら、なにやら妙にそわそわし始める。
『マ、ま……』
『『マルクちゃん! かわいい!!!』』
仲間たちは声を揃えてそう叫ぶと、それぞれ構えていた武器を手放し、――マルクに抱き着いた。
『!!???』
突然の事態に困惑の表情を浮かべる少女。
そんな顔にさらに情欲を煽られ、より強く少女を抱き囲む女冒険者たち……。
マルクは困惑しながらも、確とそれを感じていた。
窮地の中、突如として、自分の身にスキルが宿ったのだ。
これほど何の前触れもなくスキルが現れることなどあり得ない。
すなわち、バグだ。
急に発現するという事象自体がバグであるうえ、さらにそのスキルの概要もまたバグ。
マルクに宿ったスキルは、″魅了″。
そう、いま、対峙しているヴァンパイアが持っているもの。かの種族固有のスキルである。
魔法職の枠を超えるにとどまらず、種族の垣根さえ超えてスキルを得てしまった。
ヴァンパイアだけが扱うはずの″魅了″。
ただし、マルクが得たそれは少々歪んでいる。……本来ならば対象は″異性″なのであるが、彼女の場合、対象は″同性″。
もはやカオス。
マルク・ルプルは、バグだらけなのである。
ヴァンパイアたちに魅了されていた仲間たちを、それを上回る魅了によって取り返したマルク。
もはや邪魔立てはない。
無防備になったヴァンパイアに向けて、光の魔法を繰り出し、灰にした――。
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――ベルは、数日前に書き記した小説の筋書きを思い浮かべていた。
『バグだらけの勇者』。ザブが燃やしてしまった後半部である。
作中では女の子であるところの――マルクは、窮地の中、″魅了″を発現する。
それは異性ではなく、同性に対して効果を発揮するのだ。
仲間を見事″魅了し返した″マルクは、ヴァンパイアを倒すのだが、そのあともそのあとで少々彼女は苦難する。
というのも、マルクにすっかり魅了されてしまった仲間たちは、お互いがまるで恋敵なのだ。
旅の道中は、みな隙あらばマルクにすり寄りようとして、常に火花を散らす。
街で宿部屋を借りるときなど大変だ。三人部屋と二人部屋……誰がマルクと二人で夜を過ごすか、なんてことで、当のマルクの制止も聞かずに醜い争いを始める。
そうして、結局マルクはパーティを脱退して、一人の旅を余儀なくされてしまう。
しかし仲間たちはマルクのことを諦めきれず、こっそり後をついていったりなんかするのだが。
――とまあ、それが小説の筋書きだったのだ。
(これも、小説が燃えてしまって、現実が改変された影響なのか……。マルクの″魅了″は、本当なら地下の遺跡の中で発現するはずだったけど、現実ではその前からすでに発現していた状態だったんだ)
現実でのマルクは男の子になったから、
バグを孕んだ″魅了″のスキルは、――その対象が同性の男に。
(しかし……それがまさか、ヴァンパイアにまで効いてしまうなんてな。たぶんマルクも想定外のことだっただろう)
ヴァンパイアが魅了されるなんて、本当ならあり得ないことだ。まさにバグ。
「たいへんにゃ、ベル! マルくんがヴァンパイアに連れていかれたにゃんて……は、早く、助けに行かないと!」
シィナに服の袖をくいくいと引かれ、我に返るベル。
「……ああ。分かってる。助けに行こう」
なぜ少年がヴァンパイアに攫われてしまったのか、ベルはそれを知っている。
マルクは彼の書いた小説の登場人物だから。
――そう。だから、彼のことを放ってなどおけない。
マルクを助けに行かなければ。……ベルは、シィナの懸命な訴えに、コクと頷き返した。




