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少年の細い首筋に突き立つ、ヴァンパイアの鋭い歯。
「うぁっ――!?」
血を吸われるのか……と思ったが、違った。
吸われたのは、『魔力』だ。
「うっ、なっ、なに……っ」
魔力を吸い上げられるのは、曰く言い難い奇妙な感覚であった。
ずるずる、と、なにか『体の芯』を引き抜かれていくような感じで、居心地が悪く、背筋がぞわぞわとする。
急激な魔力吸引に伴い、体の力も抜けてしまう。
ジタバタさせていた足が、ぷらん、と垂れさがる。
ヴァンパイアが手を離すと、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「ふむ。なかなか美味であるな」
血を吸ったわけではないが、歯で皮膚を突き破っているので、高貴なヴァンパイアの口元はわずかに少年の血がついていた。
それを手の甲で拭いながら、満足そうににやりと笑う。
立ちはだかって来た少年をあっさり無力化したので、目的の若い女性――エリティアを連れてさっさと帰ろうと、歩み出すヴァンパイア。
しかし……。
「まっ、……待て!」
マルクは、また、それを制止する。
うまく体に力が入らない。
がくがくと震わせながらも地面に手を突き、なんとか顔を起こすマルク。
しかしそこまで。足は持ち上がらず、立つことができない。
当然、戦える状態ではない。
それなのに――ヴァンパイアを、きっ、と力強く睨んでいる。その瞳にまだ戦意を灯しているのだ。
「ふはは。子供のくせに、なかなかどうして勇敢であるな。しかし、吾輩は高貴なるヴァンパイアである。若い娘を飼うことを嗜好している。貴様などには用はない」
地面に倒れる女性を抱え上げようとしていた手を止め、ヴァンパイアは振り返り、少年を見下ろす。
「このまま見逃してやろうかと思っていたのだが。この期に及んでもまだそう睨み付けるのであるなら……殺してしまおうか」
そう言いながら、――おもむろに、少年の首に手を回す。
「――っ」
マルクの細い首筋に、つつ、とヴァンパイアの冷ややかな指が這う。
そして首を掴み、そのまま力が籠められようとする――……。
そのとき。
死を間近に感じて、切実な表情を浮かべる少年を、正面から見据えるヴァンパイア――。
高貴な魔族の中に、ふと、妙な感覚が湧き上がる。
「む? なんであるか、これは……」
ふつと湧いたそれは、たちどころに肥大化し、ヴァンパイアの頭の中まで迸る。
「なっ、こ、ここ、これは……つ!? お、お前は――」
ヴァンパイアの様子がおかしい。
なおも首に手を回されたまま、マルクは困惑した顔で敵を見上げる。
そうして上目で見られ、高貴なヴァンパイアはその感情をついに爆発させる。カッと目を見開きながら、叫びをあげる。
「お前は、なんと可愛らしいのであろうかッッッッ!!!」
「…………、え?」
ヴァンパイアの叫びに、マルクは、きょとん、と呆けた顔をする。
すぐに、首に回された手が離れた。
しかし自由にされるのではない。
ヴァンパイアは、今度は少年の背と足に腕を回すと、そのまま彼の軽い体をひょいと掬い上げたのだ。
「んなっ――!?」
いわゆるお姫様抱っこ。
「さきほどの女など、どうでもよい。お前だ。今夜の獲物はお前である! さあ、往こうぞ、森の奥に広がる地下迷宮、その最奥こそ、吾輩の城である!」
ヴァンパイアがそう言うと、たちまち、無数のコウモリが周囲を囲む。
このまま、マルクを連れて帰るつもりなのだ……。
ひとまず命は助かったし、エリティアが攫われることもなくなった。それは良いのだが、しかし……。
そんなところへ連れていかれて堪るか!
そう思うが、体に力が入らない。
(く、くそ。しまった。ま、まさか、――ヴァンパイア相手にも効いてしまうなんて!)
予想外の事態だ。
まさか、バグによって生じてしまったあの忌まわしきスキルが、……当のヴァンパイア相手にさえ作用してしまうなどとは思いもしなかったのだ。
しかし、悔いても遅い。
困惑するままに視界は暗闇に覆われ、同時に意識も遮断された――。
――少年が連れ去られてしまう様子を、エリティアは見ていた。
体に力が入らず、動けない。
かろうじて残っていた意識も、次第に希薄なものになっていく……。
そして、数時間後。
彼女は、ベルに肩を揺すられて、目を覚ましたのだ。
・・・
なぜ、ヴァンパイは、エリティアを置いてマルクを連れ去ったのか。
エリティアから話しを聞いた村人たちは、少年の身を案じながらも、それを疑問に思い、首をかしげていた。
ヴァンパイア討伐のためにギルドから派遣されてきた″勇者″は、確かに見かけは女の子だが、エリティアの話では、マルクが男の子であることをヴァンパイアは気付いていた様子だったのだ。
それなのに、少年の首に手をかけ、ついにとどめを刺そうとした矢先――突如、態度を変えた。そのまま少年を連れ去ってしまったのだ。
村人たちは不思議そうにしているが……ベルは、その理由をいち早く察していた。
(そうか。これも、小説の筋書きと現実との差異……。マルクの″あのスキル″は、ヴァンパイアと対峙するよりも前からすでに発現されていたんだ。それでいて、マルクの性別は男になってたから……)
ベルは、その手で書いた小説――『バグだらけの勇者』の内容を思い返していた。
ザブの手によって燃やされてしまった、後半の部分である――……。




