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 マルク・ルプルは、昇給の際に生じたバグの影響で、職の枠組みを超えて様々なスキルが扱える。


 ″超感覚″は、特殊魔法系のスキルで、危機察知能力及び魔力の知覚能力に長けている。



「そこまでです!」



 夜、ハッと目を覚ました少年。

 常時発動型のそのスキルによって、邪悪な気配を察知したのだ。


 すぐに飛び起き、部屋を出た。扉を閉めることもせず、廊下を突っ切り、階段を駆け下りて、酒場のフロアへ……。



 酒場の看板娘に迫っていた黒い影……ヴァンパイアを、慌てて制止したのだ。




「ゆっ、勇者、さん……」


 魅了を受け、体の自由が利かないエリティア。絞り出すように言った。




「″勇者″……。ほう、上位職ではないか。まだ子供だが、大したものだな」


「ボクは、お前を討伐するためにここへ来たんです。覚悟してくださいッ!」



「しかし妙な″勇者″であるな。女装をしているなどとは」


「あっ、ち、違、これは――」



 マルクは一見して……というかたとえ凝視したとしても、少女にしか見えない。


 だが、 ヴァンパイアの目には彼が男の子であるとすぐに分かったらしい。異性に魅了を仕掛ける卑しい魔族ならではの眼力だろうか。



 服装をなじられ、たちどころに顔を上気させて動揺する″女勇者″。



 ――その一瞬のスキをつくヴァンパイア。




 ばさばさばさ、と、ヴァンパイアのコートの中から無数のコウモリが飛び出してきた。

 それらはヴァンパイアとエリティアの周囲を円で囲み、ぐるぐると旋回……二人を完全に覆い隠し、そのまま夜の闇に溶けて見えなくなってしまったのだ。




「なっ――」



(て、転移魔法!? ……いや違う、姿を消しただけだ! 落ち着け、落ち着いて気配を……!)




 マルクは目を伏せ、辺り一帯の闇夜に向けて″超感覚″を張り巡らせた。



(――あそこだ!)



 少年はぐるりと振り返り、酒場の外へ視線を向ける。



 手をかざし、風の初級魔法を放った。

 目に見えぬ衝撃波が打ち出される。宵闇に完全に溶け込んでいたヴァンパイアに命中し、姿を追い隠していたコウモリたちを一斉に吹き飛ばした。


 女性を抱き上げたヴァンパイアの姿が闇の中から浮かび上がる。




「ふむ。この吾輩の気配を察知し、魔法も使うとは。ただの″勇者″ではないな」


 


「逃がしませんよ、ヴァンパイア! 若い娘を次々に連れ指す卑しい魔族め……ここでボクが仕留めます!」



 剣を構え、堂々と宣言するマルクだが……。


 内心、焦りを感じていた。




(くそ、こんな夜にヴァンパイアと戦うことになるなんて……。日中だったら余裕のはずだけど、今は……)




 夜の(とばり)が降りている今こそ、ヴァンパイアは本領を発揮する。

 高位の魔族として、その力を存分に振るえるのだ。



 人間が相手どるには不利が過ぎる。

 それも、一人で戦うなんてもはや無謀だ。



 それは分かっている。


 それでも、やるしかない。


 このままではエリティアが連れ去られてしまう。……マルクには″勇者″としての矜持(きょうじ)がある、ここで退くわけにはいかない。





(でもい、ヴァンパイアには弱点がある。――日光! 光の魔法で倒せるはず。まず剣スキルで連撃して少し怯ませてから、精霊獣を召喚して時間を稼いで、そのうちに詠唱して、光の魔法でとどめを……!)



 つい先日脱退してしまったが……『星のアクアリエン』はかなり名の知れたパーティだ。

 上級職・上位職の者ばかりで構成されるそのパーティを先陣切って率いていたマルク。


 若干14歳ながら、相当の場数を踏んでいる。


 この状況でも、決して臆さず、冷静に作戦を組み立てていた。





「――――やああっ!」



 剣をぐっと握りしめ、やにわに駆け出す少年。




 これは純粋な″勇者″の能力――通常の人間よりも数段跳ねあがった身体能力。力強く地面を蹴りつけ、数舜で彼我(ひが)の距離を詰める。



 すでに目の前にまで迫られた――と敵が悟ったときには、すでに鋭い切っ先が就き出されていた。

 大きな黒いマントで全身を包むヴァンパイア。その腹に、剣が突き刺さる。




(よかった。速度では、こちらに分がある!)


 ″勇者″による豪速の突き。

 さしものヴァンパイアも躱せないようだ。



 しかし、相手は魔族。剣を一突きしただけでは、致命傷には程遠い。


 マルクはすぐ、ヴァンパイアの体を蹴りつけながら剣を引き抜いた。

 そして間髪入れず、振り上げる。

 今度は息をつかせぬ連斬りを繰り出そうとする。




 次なる剣技を奮おうとしていたところ、刹那、――対峙するヴァンパイアがその口をにやりと吊り上げているのに気づいた。



 いくら、こちらが速度で上回っているとしても、だからといって回避も反撃も試みる素振りすらない……完全に舐められている。




(ボクはこれでも上位職だ、いくらヴァンパイアに有利な状況だからって、そんなに余裕な態度をとるなんて……ボクが女の格好してるからか!? 女装してる勇者なんて、恐れるに足りない、とか、そういうことですかっ!)



 マルクはその胸に静かな怒りを湛えながら、あるいはそれを原動力としながら、渾身の力で剣を振り下ろそうと――。




 がしっっ。



「――――!?」



 突如、何者かに腕を掴まれた。




 同時に、背後におぞましい気配を感じる。

 ヴァンパイアの気配……。

 だがおかしい、黒マントで身を包むその魔族は、目の前にいるのに。




「愚かな″勇者″よ。お前の剣は、吾輩には届かぬよ」



 後ろから聞こえたのは、紛れもなくヴァンパイアの声……。


 背後から両手首をぎりり、と握られる。その力はすさまじく、全く振りほどけない。




「な、なんでっ……」


「お前が先ほど剣を突き立てたのは、――ほうら、幻だ」



 マルクの目の前に立っていた黒い影が、すう、と溶けて、消えていく……。



 しかし、抱えていた女性、エリティアは本物。

 ヴァンパイアの腕が消えた途端、支えを失い、どさり、と地面に落とされた。




「今は夜。吾輩の真なる力を以ってすれば、幻に実体を持たせることさえ可能である」



 ただの幻ならば、マルクの″超感覚″で気付けない筈はない。


 だが、実体があるから、そこに明確な『気配』も生じる。

 実体の手でエリティアを抱えていたし、剣を突き刺したときに確かな手ごたえも感じられた。



 もはや幻ではなくそれは本物とも言えるだろう。さしものマルクでも、それを見破ることはできない……。





「く、くそっ、放せっ……!」


 背後に立たれては睨み付けることさえ出来ない。歯痒い思いを噛みしめながら、少年はもがく。



 ――直後、首に鋭い痛みが走った。





「うぁっ――!?」



 ヴァンパイアの鋭い歯が、少年の細い首に突き立てられた。

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