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「う……、んっ」


 小さな声を上げながら、マルク・ルプルは目を覚ました。



「ようやくお目覚めであるか、お姫様」


 目の前には、腕組みをしてにやりと笑うヴァンパイア。

 魔眼の視線は体の各所を隈なく滑る。まさに嘗め回すような目で見られ、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。




「ヴァンパイア!」


「ヴラァド、と、吾輩のことは是非、名で呼びたまえ。『ご主人様』でも構わないが」


「ご、ごしゅじっ……っ、だれがそんな――」



 言葉の途中で、ズキン、と右腕に鋭い痛みを覚えた。



 ――見ると、右の前腕部の皮膚に奇妙な文様があった。





「な、なんだ、これ……」


「吾輩の歯を、埋め込んでいる」


「歯っ……!?」



「ヴァンパイアの歯は魔力吸引の力があるからな。吾輩の歯をお前の腕に埋め、呪式で封をした。お前は常に魔力を吸われ続けるのだ」


「うぐっ……」



 言われてみれば、ぞくりぞくり、と魔力を吸い上げられる感覚が継続している。


 おそらくヴラァド本体から離れているため、吸引力は弱まっているのだろう、右腕こそ力が入らず持ち上げることはできないが、さきほどヤツに魔力を吸われたときほどの、全身が弛緩して動けなくなるほどの感覚ではない。



 ……が、当然、魔法は使えない。

 右腕はだらりと垂れさがり、左腕は壁に括り付けられている。


 魔法は使えない。……抜け出す手立てが、ない。




「抜いた歯であっても、こうして近くにあれば、吸引した魔力を吾輩に還元できるのだ。……嗚呼、感じるぞ。お前の魔力は実に甘美である。今はこうしてお前の魔力を味わうだけでも満足であるぞ。……もちろん、いつまでもこの味だけで満たされることもなかろうが」



 にやり、とまた不気味に笑うヴァンパイア。



「しかし事はそう急くまい。安心するが良い、あまりお前の嫌がることはせぬよう、心に留めよう。もちろん、痛めつけるようなことは断じてない。お前は吾輩の愛しき姫なのである」




「ひっ、姫!? さっきも言ってましたけど……一体、どういう意味ですか! ボ、ボクは、男ですよっ!?」



「知っているとも。男を姫と呼んで何が悪いかね」


「――へ!?」



「ふはは、呆けた顔も実に愛くるしいなあ。今まで攫ったどの村娘と比べても、お前が一等愛らしい。吾輩の子を産ませるのは娘どもにさせるが、真の伴侶はお前である」


「あ、あの……」



「安心するが良い。ちゃんと可愛がってやるぞ」


「…………っ」



 ぞぞぞ、と、また深く悪寒が走った。




(こ、このままじゃ、まずいっ。コイツに、一生飼い殺されてしまう! ――で、でも、この状態じゃ、どうやったって逃げ出せない……!)


 マルクは表情を翳らせる。




 状況は絶望的。


 とはいえ。拘束され、さらに魔力が吸収されていても、……できることがないわけではない。魔力消費を伴わないスキルだってあるのだ。



 たとえば、常時発動されている『超感覚』とか、

 ――あと、『念話』だ。



 特殊魔法系のそのスキルは、遠く離れた相手にメッセージを送ることができる。

 ……そうだ、このような状況ではうってつけ。

 敵に悟られることもなく、助けを呼ぶことができる。




 ……が、だめだ。


 ふと垣間見えた一抹の希望は、しかしすぐに消えて失せてしまう。




 ――せめて、前の仲間たちとの『念話』の登録を解除せずにおけば……。



 マルクは、先日、冒険者パーティ『星のアクアリエン』を脱退した。パーティの仲間たちとは、脱退の際、その登録を解除してしまっている。


 せっかくの『念話』のスキルも、送る相手がいなければ意味がない……。




 パーティを脱退してしまったのも。こんな状況になったのも。

 すべては忌まわしき……バグの″魅了(チャーム)″のせい。




(い、いや、諦めちゃだめだッ……。そうだ、そもそもボクは、バグのせいで念話のスキルを使えちゃってるんだから……何かの間違いで、登録していない相手にも念波が届くかもしれない。とにかく念じ続ければ、いつかはッ――!)



 そう考え、少年は心を奮い立たせる。



 そして、念じる。



(だれかっ、だれか――助けてくださいっ……!)




        /




 ベルは、はた、と足を止めた。



 村を出て、森の中へと入っていた。ヴァンパイアの棲む地下迷宮へと急いで向かっていたのだが、不意に、声が聞こえたのだ。



(なんだ? もしかして、シィナが追いかけてきたか……?)



 彼女がトイレに行っている間に、こっそり一人で出発した。

 シィナの足なら、追いつかれても不思議ではないが……。



(いや、違う。シィナの声じゃない……)



 小さく聞こえる声は、ここ二・三日ずっとすぐ隣で聞かされてきた少女の声ではない。

 それに、後ろから呼び掛けてくるような聞こえ方でもない。



 どこからともなく聞こえ、頭の中に響いて来るような声……。





 ――さい、……だれか、たすけて――





「…………!!」



 まだ遠く小さい声だが、しかし、はっきりとわかった。



 マルクだ。



 そこでベルは察する。おそらくこれは彼のスキル、″念話″。

 特殊魔法系のそのスキルは、遠く離れた相手にもメッセージを送ることができる便利なもの。だが……念波を送れるのは予め儀式登録をした相手に限られるはずだが。



 なぜ登録をしていない自分に、彼の声が聞こえるのか……。


 これも、マルクがその身に抱えるバグによる影響なのか。


 それとも。


 ベルの、影響なのか。




 ″小説家″のスキルにより、彼はマルクの物語を記述した。書いた中とでは性別のほか、色々と際は見られるが……マルク・ルプルであることに違いはない。


 ベルがマルクのことを書き起こした結果、彼となにか縁が出来たのか……魂の奥底で深い絆のようなものが結ばれたのか。



 昨日、初めて彼と会ったとき、やはり他人のような気がしなかった。

 古くから知り合っている仲のように感じられたが……それは、もしかしたら彼の方も同じく感じられていたのかもしれない。




 そういえば、とベルは思い至る。


 マルクは、ベルに対して強く拒否反応を示していた。



 シィナに抱き着かれたときより、ベルが腕をつかんだ時の方が過剰に避けるような反応だったが、あれは……もしかしたら、″魅了(チャーム)″のスキルが誤って発動してしまうのを恐れたからかもしれない。

ベルが肌に触れた途端に、″魅了(チャーム)″してしまうかもしれないと思い、強引に身を引いたのだろう。



 そうだとしたら、マルクは自分のことを嫌っているわけではないかもしれない。



 ――ならもう、気兼ねはない。




 昨夜、「もうボクに関わらないで」と言われた。

 だが今、「助けて」と、彼の声が聞こえる……。



 どちらの言葉を尊重するか。――そんなものは、当然、考えるまでもない。


 ベルは改めて奮起し、ヴァンパイアの棲む地下迷宮を――マルクのもとを目指し、駆けて行った。

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