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「私、猫人さんを見たのは初めてです。とってもカワイイですね!」
ケレナ村の酒場は、旅人向けの宿部屋も用意している。
宿泊の手続きを終えた後、酒場の看板娘のエリティアがそう言った。素朴な笑顔を見せながらそう言ったのだ。
「猫人さんは、猫耳と尻尾にピアスをするんですね。おしゃれで、素敵です」
そう言われると、シィナはふふん、と胸を張る。
「でも、耳とか尻尾にピアスを開けるなんて、とっても痛そう……。大丈夫だったんですか?」
「えっ、あ、うーん……。ヨユーだよ! まーちょっと痛かったけど。でもぜんぜん、ちょろいもんにゃ!」
(…………)
どうにもコイツは強がりを言うなあ、と、ベルは呆れたように溜め息をつく。
「でも、猫ちゃんとってもカワイイから……夜は、気を付けて下さいね」
「気を付ける? にゃにを?」
「……ヴァンパイアのことか?」
ベルが聞くと、エリティアは笑顔から一変、深刻そうに顔を伏せる。
「ええ……。ケレナを含め、近隣の村の娘は次々に攫われています。一応、村にいる魔術師が各家に保護呪文をかけてくれていますが……安心はできません。相手は魔族ですから、素人の呪文なんて……」
実際、保護呪文はその役目を果たせてはいない様子。今まで、近隣の村娘は何人も攫われているのだ。
ベルのかつての仲間、天才少年テオは、上位職″結界術師″だった。
魔法学院を飛び級したほどだ。彼ならばきっとヴァンパイアをも退ける強力な結界を張れるだろうが……。小さな村にいる魔術師など、高く見積もっても中級職が良いところだろう。
「あの女の子――あ、いえ、男の子なんですね。ヴァンパイア討伐のために来て下さった、マルクさん。明日には討伐に向かって下さるとのことですが……。本当に、大丈夫なんでしょうか」
依頼を受け、冒険者ギルドから派遣されてきたのだから、実力者には違いない筈だが……かような小柄な少年が一人でヴァンパイアを倒せるものなのだろうか。彼女にとっては、どうにも不安は禁じ得ないようだ。
「安心していいよ。マルクは、一人でパーティ一個分のスキルを使える、すごい子なんだ。いくら相手が魔族でも、余裕だよ」
娘の不安を拭ってやろうと、ベルはそう言った。
この目で直接見たわけではないが、しかし、マルクの実力はよく知っている。
「……。えっと、さきほども一緒にお話しされていたようですけど、あなた方とマルクさんはお知り合いなんですか?」
「あ、いや、なんというか……」
何と言ったものか、ベルがわずかに言葉を詰まらせていると、すかさず、シィが口を開いた。
「そうにゃ! マルくんはあたしたちのオトモダチなの!」
堂々と断言するシィナ。
彼女の中では、もうそれは既成の事実となっているらしい。
「とにかく、夜は気を付けて下さいね。今晩は私が宿直で、バーカウンターの向こうの部屋にいますから。もし何かあれば、遠慮なくお申し付けくださいね」
/
夜。
「にゃーんでだめなのー?」
うにゃうにゃと、駄々っ子を捏ねるようにするシィナ。
「ダメに決まってるだろ。いきなり他人の部屋に入ったら」
酒場二階の宿部屋。五つ並んだうち、階段を上がってすぐの部屋を宛がわれた。
本日、この村を訪れた旅人は彼ら以外には一人だけ。――一番奥の部屋に、マルクがいる。
彼の部屋に突撃しに行こうとするシィナを、ベルは引き留めていた。
「他人じゃないよ。あたしたちとマルくんは、オトモダチでしょ? あたし、ベルから小説のお話しを聞いて、そのときからもう、マルくんのことは大切なオトモダチだって、思ってたんだもん。まあ、小説の中では女の子だったけどさ」
「……俺も、マルクのことは赤の他人だとは思えないよ。俺自身が、あの子のことを小説として書き表したわけだから。まあ、小説の中では女の子だったけど」
「じゃあ、いいにゃ! もっと仲良くなるために、一緒にマルくんとお話ししに行こうにゃ!」
「……いや。俺たちがあの子のことを身近に感じていたって、当の本人は、そうは思ってないんだろ。
シィナの場合は、――前の街の地下施設で初めて彼女と対面したとき、シィナの方もベルに対して不思議な親近感を抱いてくれたようだった。
シィナとは、すぐに打ち解けてしまった。
いやむしろ、解けるも何も、出会う以前からすでにお互い親情が溶け合っていたようにさえ思える。
だからこそ、実はまだ出会って三日目だというのに、こうして一切の気詰まりもなく二人で一緒に居られる。
それはひとえに、″小説家″のスキルの影響ではないだろうか。
ベルがシィナのことを小説として記述したとき、顔も名前も知らない筈の二人の間に、なにかこう魂のつながりのような深い縁ができたような、……ベルにはそう思える。
ならば、マルクの場合もそうなるだろうかと思えたが……違った。
少年は、まさに初対面の人間にいきなり馴れ馴れしく接せられた、という感じで、ツンと去って行ってしまった。
いっそ、シィナよりも、小説の記述者であるベルの方にこそ、忌避を露にしていたように感じた。
猫娘に抱き着かれたときと比べ、ベルが腕をつかんだときの方が、ずっと過敏に反応していたのだ。
(なんか、嫌われたような感じするよなあ……)
と、内心しょんぼりとするベル。
これ以上、あの子に対して強引に距離を詰めようとするべきではない。
そう思っていた。
だから、今にも彼の部屋に飛び込んでいきそうな勢いのシィナを引っ掴んで止める。
/
少年は、ベッドに横になりながら、ぼうっと考え込んでいた。
「…………」
村に着いてすぐ、酒場を訪れた。そこで……二人の旅人に声をかけられた。
いや、声をかけられたというか、少女の方にいきなり抱き着かれたのだが。
猫の方は、シィナ。
もう一人、青年は――ベル。
妙だった。
初めて会った筈の二人に、なにか不思議な親近感を抱いていた。正直、自分は割と、人見知りをする方なのだ。
一度仲間として気心知れ合えれば、その親情はむしろ人一倍大切にする。
自分で言うのもなんだが、『仲間想い』な気質であると自負している。
ただその反面、初対面の相手にはつい距離を取ってしまいがちだ。緊張して、あんまりうまく話せない。
だが、さきほどの二人……。
突き放すような態度をとってしまったが、あれは意図的なもの。そもそも親しくもない相手には、あれほど強気に物を言えない。
(どうしてだろ。……特にあの男の人。昔から知っていた人みたいに感じた。ベルなんて名前すら聞いたことなかったはずなのに)
不思議な感覚だった。
つい先日脱退したパーティ『星のアクアリエン』――かつての仲間たちへ抱いていた信頼感。それと同じものを感じた。
メンバーたちへのそれは、パーティを組んでから時間をかけて醸成してきたものだが、同じ熱量の親近感を初対面の男に抱くなんて、妙である。
――でも、だからこそ。
前の仲間たちと同じくらいの親情を抱いたからこそ、ベルとは距離を取るべきだ。
話をするのも避けるべきだし、触れさせるのなんてもってのほかだ。
もう、あの二人とは関わらない方がよいだろう。
マルク・ルプルは、その身に生じたバグを呪いながら、明日に向けて早めに就寝した。




