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「とにかく、あなたが″小説家″かなんだか知りませんが、ボクには関係ありません。ボクは、ギルドから派遣されて、単身、ここに来たんです。依頼を果たせればそれでいいんです。ほうっておいてください!」
マルクは、むっとしながらそう言う。
「依頼って、ヴァンパイアの討伐だろ?」
「え、ええ……。そうですけど」
「単身って……仲間はどうしたんだ? 『星のアクアリエン』っていう冒険者パーティに入ってるんじゃないのか?」
「パーティ名まで、知ってるんですか……。そ、それも、あなたの書いた小説に?」
「ああ。君は仲間たちと一緒に、ヴァンパイアのいる地下迷宮に潜入する。そういう筋書きだった」
「…………。じゃあ、やっぱりその小説は、正確ではないですね」
マルクは、少しやるせないといった表情をしながら、言うのだ。
「パーティは、抜けたんです。ボクは今フリーですよ。単独で、この依頼を受けて来たんです」
「えっ? パーティを抜けた?」
ベルは、意外そうに眼を見開く。
マルクがパーティを抜けるなんて、そんなの、小説の筋書きにはなかったのだ。
「一体、どうして?」
「……どうして、って……。そんなの、ボクの個人的な都合です。あなたたちに話す義理はありません」
つい、と目を逸らしてマルクはそう言う。
「にゃ? じゃあマルくん、一人で『ばんぱいあ』を倒しに行くつもりにゃ?」
「ま、マルくん……?」
シィナの珍妙な呼び方に、顔を引きつらせるが、すぐにキリと威勢を張る。
「…………。あなたたちは妙にボクに馴れ馴れしくしてきますが……一人で討伐任務に向かうのを心配してくれるというなら、その点は安心してもらっていいですよ。
一人で大丈夫です。ボクは、まあ……色々とバグがあって。男なのに″女勇者″なんて職名だったり、髪とか衣装がこんなだったり……そこは困ってますけど、でも戦闘面に関してはむしろバグのおかげで助かってるんです。
なにせ、剣技以外にも魔法とか色々使えますからね。
一人でパーティ一個分の能力があるんですから。そのうえ、そもそもボクは、最年少で″勇者″職になったんですから、腕には自信があります。ヴァンパイア討伐なんてボク一人で余裕ですよ」
ふふん、と威厳高に胸を張るマルク。
外見上はまるきり少女であるがあまり、″まだ成長の兆しのない貧相な胸だな″とつい思ってしまうが、そうじゃない、彼は男なのでそこは平坦であって然るべきなのだ。
「…………」
ベルは、余裕の笑みを浮かべる少年を見ながら、ふと考えた。
確かに、彼の言う通りかもしれない。
色々と事実の改変は散見されるが、マルクがバグの影響で多彩なスキルを扱える点は変わっていない。
剣士系の上位職″勇者″でありながら(バグによって職名は″女勇者″となっているが)、魔法系のスキルを始めとして召喚術、治癒術、
さらに特殊系の念話(予め設定した相手にテレパシーを送れる。送信のみ)や、
超感覚(主に魔力探知。前の街でシィナ馴染みの質屋の主人がベルの所持する魔法具に気付いたような)
など、
……彼は魔法職の枠組みを超えてあらゆるスキルを扱える。
『マルク・ルプル』の実力は、ベルが書き記した小説と違わず、非常に優れたものである。
小説の筋書きでは、彼は(というか小説の中では″彼女は″だが)パーティの仲間と共にヴァンパイアに挑むが、かの魔族が持つ固有スキル″魅了″によって仲間たちが敵に操られ、そのせいで苦戦を強いられる……。
だが、もし仲間を盾にされることがなければ……苦戦を強いられることは、ないのだ。
――現に、ザブによって燃やされてしまった小説の後半部では、爽快な逆転劇となっていた。
仲間を盾にされて手も足も出ないマルクだったが……窮地に陥ったそのとき、彼女の身に、さらなるバグが発生し、通常ではあり得ないスキルが発現する。
そのおかげで仲間の正気を取り戻す。
そしてそれは同時に勝機となる。
仲間が盾にされることがなければ、はっきり言ってマルクの圧勝なのだ。多彩なスキルを扱う彼にさすがの魔族も手も足も出ず、あえなく討伐されてしまう……。
ベルは、その顛末を知っている。
小説では、そのような展開だったが……現実では、なぜかは知らないがマルクはパーティを脱退していて、始めから一人でヴァンパイアに挑むという。
ならば苦戦を強いられる要素がない。
小説の内容を踏まえて考えても、――目の前の少年が言う通り、ヴァンパイア討伐は彼一人で十分余裕であるとベルにも思えた。
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「本当は村に到着し次第、すぐに討伐に向かおうと思っていたんですが。まったく、もう。あなたたちと長々話しをしているうちに、気付けばもうこんな時間です」
ふと時計を見て、マルクはため息交じりに言う。
「一旦夜を明かして、明日、改めて、地下迷宮へと向かう方がよさそうですね」
「なんでにゃ?」
「夜は、ヴァンパイアの力が増すんです。というか夜こそ本来の力が発揮されると言うべきでしょうか。腕に自信があるとは言いましたが、わざわざ敵が有利になる状況で戦いに臨むことはしません」
ヴァンパイアは日光が弱点だ。だからこそ、日のはいらない地下迷宮に棲みついているわけである。
地下で直接陽の光を浴びずとも、それでも日中は力が弱まる。ヴァンパイアを討伐は日中に決行するのが定石なのだ。
「ボクは明朝、早くに討伐に向かいます。あなたたちは、明日の午前中にでも村を発つのですか? だとしたら……入れ違いになるかもしれませんね。もうあなたたちとはこれっきりお別れかもしれません」
「え? そんにゃあ!」
彼の口ぶりから、例えばこのまま夜の食事を共に――などという考えはさらさらないらしい。
「ボクが小説の登場人物だとか、なんだとか……よく分からない話でしたが、まあ、興味深いお話しではありました。あなたたちとお話しして、なんだかんだ、楽しかったです。ありがとうございました」
軽く一礼をして、マルクは酒場二階の宿部屋へさっさと向かおうとする。
――が、ベルが、慌てて少年を制止した。
「ちょ、ちょっと待ってくれマルク」
このまま、マルクと別れてしまってよいのだろうか……。
逡巡し、そして思わず、少年の、――まさに少女のような細い腕、をがしっと掴んだ。
そのとき、マルクが急に過剰な反応を見せる。
「――っ、だ、だめです! 触らないでください!」
ばばっっ、と、慌ててベルの腕を振り払い、距離を取る。
「…………、え、あ、すまん」
予想外の反応をされて、ベルはきょとんと呆けた顔をする。
「い、いえ。すみません、ボクの方こそ……」
避けるような反応をしてしまって申し訳ない、と、謝りながらも、まだじりじりと後ずさっているマルク。
――シィナに抱き着かれたときには、ここまでの反応はしていなかったが。
「でも、とにかくもう、ボクに関わらないでください。″小説家″だか何だか知りませんが、ボクのことを知っているからといって、馴れ馴れしくしないでください。ボクは、――あなたたちのことなんか知りません!」
マルクはきっと睨み付けながらそう言って、すぐ、逃げ去るように階段を駆け上がって行った。
「……あ~あ。ベルぅ、何してるんにゃ。マルくん行っちゃったよ」
じと、と、猫少女が詰るような視線を向けてきていた。




