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「しょ、小説……?」



 ケレナ村の酒場。

 ベルとシィナは、さきほど酒場へ入って来た少女――ではなく少年、『マルク』と向かい合わせで座っていた。



 自分たちが何者か、なぜマルクの名を知っていたのか。――その説明をした。


 すなわちベルの特殊な魔法職″小説家″について。

 彼が書いた小説のひとつに、マルクが登場してきたのだということを。





「ボクが、あなたの書いた小説に登場したって……。そんなことを言われても、あまりピンと来ないんですけど……」



「でも、そこでは女の子という設定だったんだよな。実在していたキミが、まさか男の子だったとは」



「なっ……! ボクはれっきとした男ですよ! ちゃんと男として生まれて、生きてきました! そんな、小説の登場人物とたまたま同じ名前だったからって、そんな勘違いしないでください!」



 マルクはぐっと身を乗り出すようにして訴える。




「んにゃー、別に、ベルの小説とか関係なくても勘違いするにゃ。カワイイ顔してて、髪長くてふわふわで、てゆーかスカートも履いてるじゃん。どっからどー見ても女の子にゃん?」



「――っ、か、顔はともかく、髪や服は……これも、バグなんです。男なのに、″女勇者″っていう訳の分からない職名になって。その装備でスカートとか、髪もなぜか長くなって……、職装備の影響で髪形まで変わるなんて普通はないのに」


 毛先をくりくりといじりながら、困った様子でマルクは言う。






 魔法職には、″装備″が設定される場合がある。

 職に応じた衣装が固定化されるのだ。


 魔法使いなら魔法使い、剣士なら剣士、――それぞれ職衣がある。


 始めから装備の設定がない職もあるし、同じ職に就いても装備が設定される者とされない者がいる。

 おそらく、魔法の起源たる″精霊″の気まぐれなのだろう。どのような理屈で装備が設定されるのかは、魔法に関する事象を管理する″精霊協会″でさえ把握していない。



 魔法職の装備は、魔力によって換装される。

 服を持ち運ぶ必要もなく、どれだけ汚れても″換装″し直せば清潔な衣装になるので、普通、装備が設定される方が都合が良いとされるものである。



 しかし、マルクの場合は違う。彼は……自身の装備設定が恨めしくて仕方がない。




 そもそも″女勇者″という職は存在しない。″勇者″に性別によって区別は為されないはずなのだ。

 職自体が″バグ″っているためか、――その装備も、おかしいのである。



 最も忌むは、淡い桃色のスカート。


 マルクは、中性的な顔立ちをしている。小さな頃から女の子に間違われることは多かったのだ。とはいえ、さすがにそれが常であったわけではない。まあ、半々、というところか。

 ――と、本来ならどちらにも振り切れない平均的な天秤であるはずが、このスカートが載れば完全に″少女″の方へと傾いてしまうのだ。スカートを履いていれば女の子と思うのは当然であろう。



 あるいは、マントは良いとしても、その首巻の下に覗くセーラーカラーの襟もさりげなく少女らしさを助長している。


 また、剣を振るうのに十分な筋力は備わっているはずなのになぜかそれが表れない細い腕は、彼にとって一種のコンプレックスなのだが……ノースリーブの服は、そのしなやかな腕をちっとも隠させてくれない。



 極めつけは、髪だ。

 通常、髪形が″装備″の一部として固定化されることはあり得ないはずなのだが、彼の場合はそんな常識は通じない。

 ……この職へと昇級したとき、途端、彼の髪は腰の少し上あたりまでの長さに伸びてしまったのだ。

 少しウェーブがかってふんわりと広がる髪は、もはや少女らしさを越えてどこか婀娜(あだ)っぽく、――彼のなけなしの″男らしさ″についにトドメを刺した。もう、天秤なんてとうに壊れている。




 職に″装備″が設定されている場合、スキル発動の際は必ずそれを換装しておく必要がある。




 職のスキルを発動する際、必ず、装備を換装しておく必要がある。したがってマルクが″勇者″として剣技などを振るうとき、必ずこの格好をしなければならないのだ。

 髪も装備の一部なので……もし短く切っていても、職衣を換装すれば髪はたちまちまた長く伸びてしまう。



 このような姿では、少女に見られても仕方がない……と、マルク自身、自覚はしている。

 だが、だからといって開き直ることはしない。






「こんな格好してますけどっ、……でも、ボクは正真正銘、男ですから!」



 そう、胸を張って言う。

 もちろん、その胸に膨らみなどない。予定地でもない。





「んー。そう言われても、信じられないにゃあ。証拠を見せてもらわにゃいと」


「しょ、証拠?」



「そうにゃ。悪いけどあたしはベルの小説の方がリアルだと思ってるからね。そんにゃに言うなら、ほら、証拠見せてほしいにゃ」


「証拠……ギルドの登録証でいいですか? そこにちゃんと、男って書いてありますから」



「んーにゃ、あたし、そんなの見ても分かんにゃいし。もっとカンタンに見せられる証拠、あるにゃ」


「な、なんですか、カンタンな証拠って……」





「男なら、ついてるにゃ? チ〇チ〇」



「…………なっ!!??」





「ホラ、それを見せたら男だって分かるにゃ? あたしにはついてにゃいもん。本当に自分が男だって言うなら、チ〇チ〇見せるにゃ」


「そッ、そんなの見せられるわけ……」



「あー、ここじゃダメか。じゃあトイレ行くかにゃ。しょーがにゃいから男子トイレでもいいけど。トイレ行って見せてにゃ、チン〇〇」


「い、いや、そういう問題じゃ……ッ」



「にゃんか問題あるの? 早く見せろにゃ、チ〇〇〇」



「て、ていうか、女の子がそんな、チ……、ン、チ、…………とか、軽々しく連呼しないでくださいよ!!」


「いやお前は男なら言えにゃ」






 ――などと、少年少女がわちゃわちゃしている中、ベルは至極冷静に、この状況について考え込んでいた……。



(やっぱり――小説が半分なくなったせいで、事実が変わってしまったってことなのか……?)



 前のパーティに手土産として渡した小説。

 その後、どうやらそれぞれの後半部が燃やされるか破られるかなりされたようなのだ。ベルは察知していた。あれらには彼の魔力が込められているので、それが欠ければ分かる。




 ″小説家″のスキルは、現実の事象を書き出す。


 書き出したものが壊されると、現実の事象そのものが改変されてしまう――という、実は″小説家″のスキルは何気に大それたものなのである。



 シィナの場合、彼女自身に変化はなかった。

 変化があったのは、あの街の領主の息子だ。彼は本来ならば誠実な青年だったはずなのだが、事実が改変され、かなりクズな野郎に成り下がっていた。


 人そのものが変化する場合もあるのだ。




 『バグだらけの勇者』の場合は、なんと、主人公である『マルク・ルプル』の性別が変わってしまったということなのだろう。



 もちろん、小説が燃やされた瞬間にマルクの性別がすげ変わったという話ではなく、″彼は生来男である″というのがすでにこの世界の事実と成ったわけである。




(なんか、考えてると頭が痛くなってくるような話だな……。まあ、深くは考えず、とりあえず″そういうもん″だと納得しておこう。とにかくマルクは男の子。それは疑いようのない事実なんだな)




 ――と、頭の中で結論を出したベル。


 考え(ふけ)って周りが見えていなかった。

 我に返ったところ、目の前では……シィナが、無理やりマルクのスカートを引っぺがそうとしていた。





「ちょっ、ちょっと待てシィナ!!」


 ベルは慌てて、暴走する猫娘を引っ掴まえた。

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