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「おはよっ、ベル!」


 朝から溌剌(はつらつ)な笑顔を向けるシィナ。朝一番にさっそくピアスを付けたらしく、ちりりん、と尻尾の鈴が軽快な音を鳴らした。



 猫っ娘に強引に起こされたベルは、いつにも増して気だるそうな目を擦りながら、身支度を進める。

 支度を終えてバンガローから出ると、シィナが「にゃああぁぁぁ・・」と、清々しい朝日のもとでぐっと伸びをしていた。



「さっ、ベル。出発にゃん!」


 屈託のない笑みを向け、シィナは言う。

 朝から元気だなあ……と、ベルは少し呆れ顔。



 ・・・



「東へ向かうのかい?」


 バンガローの管理人に挨拶をしに管理棟へ寄ったところ、五十代半ばでまるまると太ったその男は、ベルに、向かう先を尋ねた。



 ――ベルが、そうだと答えると、男は言うのだ……。



「ああ、じゃあ気をつけた方がいいぞ。この街道の先のケレナ村で、最近、事件が起こってるみたいだからな」


「事件?」



「そう。近くの山にヴァンパイアが棲みついてるとかでな。夜な夜な、若い娘が(さら)われちまうんだと。……だから村で一泊するなら、お嬢ちゃんなんかは重々気を付けるんだぞ」




 男は、同じく若い娘であるシィナに注意を促す(と言うも、件の村の事件で標的とされる娘と比べてばシィナは若すぎるが)。


 ともかく警告されたシィナだったが、当の彼女は……中年の管理人ではなく、共に旅をする青年の方へ顔を向けていた。

 ぱちくり、と、目を見開いている。




「にゃ、ベ、ベル……ヴァンパイア、って、それって……」



 昨日、休憩がてらにベルから話を聞いた。

 ベルが書いた小説、そのうちの一つ、――『バグだらけの勇者』。


 それは、マルクという少女がヴァンパイアと戦う話だったが……。




        /




「ねえねえ、ベル! これってさ、その村に行けば、ベルのお話しに出てきた『マルクちゃん』に会えるってことだよね!」


「いや、さすがにそれは、どうだろうな……」



 確かに、あの小説……『バグだらけの勇者』に、ヴァンパイアが登場する。そして、夜な夜な近隣の村娘を攫って行く……というのも同じ。


 だが、それだけではなんとも言えない。



「確かにヴァンパイアが村の娘を攫ってるっていうのは同じだけど、だからって俺の書いた小説と同じとは限らないしな……」



「そんにゃー。だって、ベルは小説に出てきてたあたしに本当に会えてびっくりしたわけでしょ? だったら、他のお話しの人たちにも会えたっておかしくないにゃ!」


「確かに俺はシィナに会えたけど、だからって他の話の登場人物も同じように会えるものとは……」



「むー。どうしてそう否定的にゃの。ベルだって、『マルクちゃん』に会いたいでしょ?」


「そりゃまあ、一応。でも、そもそも『マルク・ルプル』っていう女の子が本当にいるかどうかも分からないしな」



「きっと、いるに決まってるにゃ! 勇者の女の子、『マルクちゃん』はいるし、きっとスゴクかわいーし、いいコだし、からかい甲斐のあるおもしろいコだし、オトモダチになるし、仲間になるにゃ!」


「どんだけイメージ先行してんだ……」



 ――と、シィナとそんな話をして、ついには『賭け』のような形に。

 本当に、『マルク・ルプル』という少女とこの先で会えるかどうか。是がシィナ、否がベル。




 ……

 …………

 そうして、数時間ののち。





「ああ。確かにあんたの言う通り……ヴァンパイア討伐の冒険者ギルドに依頼して、手練れのパーティを派遣してくれると言われた。もう今日にでも到着はするはずだが」



 ベルとシィナは、森を抜けた先、小さな村に到着した。

 ケレナ村である。



 村へ到着するや否や、この日の宿を探すよりも先にしたのが、かの″女勇者″についての情報収集。




「にゃー! やっぱり、ヴァンパイアの討伐のために冒険者を呼んだって! もうすぐ到着するってにゃ、――きっと、『マルクちゃん』に違いないにゃ!」



 酒場の中で、シィナの明るい声が響き渡る。



 小さな村の中の、唯一の酒場。

 旅人向けの宿部屋もここで用意されており、ここで待っていればギルドから派遣されてくるというその冒険者に会えるはずだと踏み、ベルはシィナと共に酒場へ入った。




「いやだから、まだ、『マルク』だと決まったわけじゃないって」


 ――と、ベルは言うのだが、シィナはもはや完全に決めつけており「楽しみだにゃあ。どんな子かなあ」と、尻尾を振り振りしながら待っていた。




 ――ぎぃいいい……、と、酒場の扉が軋んだ音を鳴らす。


 誰かが入ってきた様子。……見ると、それは小柄な少女のようであった。

 格好から、冒険者であることは察しが付く。





「にゃっ!」


 シィナは、その姿を見るや否や、――もはやそれが待ちわびていたその少女だとすっかり決めつけてしまい、そしてはやる気持ちを抑えられず、つい飛びついていった。




「!!?!??」



 ″その者″からすれば、酒場に入った途端、急に猫耳少女が勢いよく飛びついて来て、がばっとハグまでするものだから、……驚きで声も出ない。




「にゃーっ!」


「――なっ、なな、なんですか、キミはっ!」



「うにゃあ、ごめんごめん。つい気持ちを抑えられにゃくて。……あなた、『マルク・ルプル』にゃ?」


「えっ……、どうしてボクの名前をっ?」


 シィナに抱き着かれながら、困惑の表情を浮かべる、――『マルク』。




「にゃー。色々知ってるよ。ベルから聞いたからね。なんかバグかなんかで、職業が″女勇者″なんだよね」


「え、え、そのことまで……っ、キミは一体??」



 マルクは訳が分からず、説明を求めるが……。

 シィナにとってはよほど待ちわびた出会いだったのだろう、

 落ち着いて説明をしようとする様子はなく、抱き着いたまま、さらにすりすりと頬ずりまでしてしまう。




 少女に頬を寄せられ、――ぼっ、と、瞬く間に赤面するマルク。


「なにがなんだかわかりませんケドっ、ととと、とにかくっ、まずは離れてくれませんか」


「えー。別にいいにゃ? 女の子同士なんだし、にゃにを照れてるんにゃー」


「おんなのこっ――」




 その言葉を聞いた瞬間、カッ、と瞳に力がこもる。


 途端、がばっ、と、強引に猫娘の抱擁から抜け出した。




「……にゃ?」


 急に距離を取られて、シィナはきょとんと首をかしげる。



 そんな猫少女を前に、わなわなと肩を震わせるマルク……。



 この猫耳少女が何者なのか、なぜ自分のことを知っているのか、それらを問うよりもまず訴えたかったのだろう、――マルクは、顔の赤らみを引かせぬままに、言うのだ。




「さッ、さっきから、一体何なんですか……、あなたが誰だか、なぜボクの名前を知っているのか、さっぱり分かりませんが……これだけは言っておきますッ!


 ――ボクは、男です!!!」



 酒場に、こだまする。



「…………、にゃ?」



 きょとん、を目を丸くするシィナ。

 あるいは、離れたところから様子を窺っていたベルも、同様に驚いている……。




 若干癖のある長い髪、

 丸く大きな目、

 照明を受けて艶と光る肌、

 マントの首巻の下にはセーラーカラーの襟が覗き、

 下は……淡い桃色のスカート。




 その姿を見て、十人中十人が、″女の子だ″と思うだろう。

 回答者を百人、千人と増やしても……確率は変わらないように思う。



 しかし、そうではない。


 マルク・ルプル――――むむむ、と憤慨しているその顔もまさに可憐な少女のようであるが、その実、彼は男なのである。

 

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