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「にゃー、これが『バンガロー』! なんかイイね!」
「……そうか? 別にそんなテンションを上げるようなモノじゃないと思うけど」
ただの平屋の山小屋が、五つ建ち並んでいる。
少しだけ離れた位置にこれらよりはいくらか立派な家屋があり、それは管理棟兼管理人の家。そこで受付をして、前払いを済ませた。
トイレもシャワーもキッチンもない、ごくごく簡易的な宿泊施設だ(それら設備は共有である)。
テントで夜を明かすよりはまあマシか、と思う程度のモノだが、猫少女はやたらと嬉しそうだ。
ちりんちりん、と忙しなく鳴る尻尾の鈴の音が、まさに彼女の喜色を表しているよう。
(まあ、そうか。この子はあのスラム街でずっと暮らしてきたんだもんな)
道中もそうだ。シィナが、ゆっくり行こうと何度言おうとも聞かなかったのは、初めての旅立ちに浮足立って、気が逸ってしまっていたからこそであろう。
今も、たとい簡易なただの山小屋といえども、彼女にとっては初めての外泊。気が昂るのも当然だ。
……が、狭い中でこう駆け回られては落ち着いて荷物も下せない。
ベルは少女の襟首を引っ掴んで大人しくさせた。
/
――夜。
狭いバンガローの中、シィナと二人、寝袋を並べて眠りに就いた。
『太陽のキャノウプス』にいたころ、基本的に一人で寝ることはなかった。
こういったバンガローやテントなどで仲間と一緒に眠りに就くわけだが、ベルは、ついに最後までそれに慣れることはなかった。
あの半年間、あまり満足な睡眠は得られなかったのだ。
まあ、男どもで固まって寝るわけで、
ザブのいびきがうるさかったり、
テオの寝相が悪かったり、
あるいは普段はクールなロイドが意外にも寝言が激しかったりなど、
……寝入る環境としては非常に劣悪であったわけだが。
それに比べると、今は、実に落ち着いていた。
明かりを消した後の微妙な沈黙の空気なども、気まずいとはちっとも感じない。
非情に安らかな心地のまま、すう、と溶け入るように入眠していた。
……がさがさ。
(……ん?)
安らかに眠っていたベルだったが、何かの物音で不意に目を覚ました。
がさ、ごそごそ……。
どうやら、衣擦れの音だ。そして、
ンう~…
と、唸るような声。
(なんだ……?)
ぼんやりしていた意識が、次第にはっきりとしていった。
ぱちっと目を開いて、音のする方――シィナが寝ている側へと、顔を向けた。
「ど、どうした、シィナ……?」
暗い小屋の中でその姿はよく見えないが、どうやらシィナが体を起こしているのが窺えた。
そして暗がりの中にぼんやりと浮かぶそのシルエットが、なにやら……もじもじと蠢いている。
「あ、ベル……」
「どうした? 眠れないのか?」
「ううん、違くて、えと……」
ベルは上体を起こして、ランプを付けた。
――シィナは、下腹部の辺りできゅっと拳を結んでいる。
切実そうな瞳でベルを見て、そして、躊躇いがちに言うのだ。
「あの、ちょと、お願いが……」
「なんだ?」
「――ついてきて」
「え?」
「おっ・・オシッコ、ついてきて……」
/
小屋から少し離れた共有トイレまで、少女を連れていく。
今夜は雲が多く、月が隠されている。当然、外灯なんてものはなく、まさに一寸先は闇といった状態。
暗い夜道を歩く中、シィナは心細そうに、ベルの服の袖を掴んでいた。
体を強張らせているのは、尿意を堪えているからだけではない。
「ふひいー、あー、危なかったにゃ……」
トイレから出てきたシィナは、爽やかな顔でそう言う。
ありがちな、トイレの中から「いるー?」、「ちゃんといるー?」って確認をされる流れもしっかりあった。
「…………」
「わっ、悪い!? 夜トイレに行くのが怖くて悪いかにゃ!?」
「いや別に俺何も言ってないだろ」
「だ、だって、おばけとかっ! 出るかもしれないにゃ!」
「だから何も言ってないって」
別に、まだ年端もいかない少女が夜一人でトイレに立てないからといって可笑しいと思ったりしない。
ただ、疑問には思うことがあった。
「……でも、じゃあ今までどうしてたんだ? シィナ、ずっと独りで暮らしてきたんだろ?」
今は、切実な表情でベルに付き添いを頼んできたが……今までは、そうするような相手はいなかったのではないか。
「え? う、うん。……まあ、スラム街なんて、トイレとかもやっぱり共有のモノしかなかったね、あたしの家にそんなのなかったよ。トイレに行くには、外を歩かないといけにゃいね」
「まあ、そうだよな。どうしてたんだ」
「だからもう、寝る前にちゃんとトイレ行っておくよ。ちゃんと出すもの出しとく!」
「出すものって……。うん、でも、それでも夜中にトイレ行きたくなることはあったんじゃないのか?」
「あったねー……。それはもう、朝になるまで我慢してたにゃあ……」
「だ、だめだろ、そんなことしちゃ。膀胱炎になるぞ!」
「ぼーこーえん? にゃにそれ、知らないけど、そんなのどうせあんまり怖くないよ。オバケの方が怖いに決まってる」
「それは……、どうだろうな……」
お化けと膀胱炎のどちらか怖いか、なんとも言い難いが、……少なくとも膀胱炎の方は実害がある。
(やっぱ、この子には色々と教えてやらないといけないっぽいなあ……)
共有トイレから小屋へと戻る中、ベルはそう思い、はあ、と息をついた。
その道中もやはり、シィナはぎゅっと彼の服の裾を掴んだままであった。




