20
一晩空けて、明朝。
ベルは、シィナと共に街を出た。
「にゃはー。今日はいい天気だね。旅立ちにぴったりの快晴、いい気持ちだにゃあ」
シィナは、両手をいっぱい広げて空を仰いで陽光を一身に浴びる。そしてくるりと振り返ると、ベルに対して、子供らしい無邪気な笑顔を見せた。
「そうだな。いい天気だ」
そう答えるベルは、実に朗らかな心持であった。
彼女とは昨日出会ったばかりのはずなのだが、まるでかねてから傍にいた存在であるかのように感じる。
こうして二人で街道を歩いていると、これが本来の日常の風景であるように思えた。
「ほらー、ベル! 早く早く!」
「そんなに急ぐなよ。ゆっくり歩いても、日暮れまでには次の街に着ける筈だから」
嬉しそうに、とたとたと駆けるシィナ。
小ぶりな尻が跳ねる度、尻尾の先の鈴がちりりんと鳴る。昨日開けた尻尾ピアスの輪に小さな鈴を通したのだ。
軽快な鈴の音に引かれていくように、ベルは先行する少女についていく。
・・・
「遅いよベルー!」
「はは、だからそんなに慌てなくても……」
・・・
「だからぁー、遅いってば!」
「いや、あの、そんなペースで行かれると、ちょっと……」
・・・
「もう、ベルってば。へろへろじゃん。大丈夫?」
「…………、ちょっと、休憩させてくれ……」
ベルは、少女の体力を侮っていた。
……シィナは、猫人族の血を引いているのだ。小さな体ながらに体力は成人男性のそれを大きく上回る。
そのうえ、生まれて初めての旅路とあって彼女はすっかり張り切っている。
始めはなんとか彼女のペースに食らいついていたベルだったが、それも長くは持たなかった。
……近くにあった岩にだらしなく座り込んだ大人を見て、シィナは、(まったくゥ……)と、ため息をつくのだった。
/
「ねーねー、ベル」
「ん? なんだ?」
肩を並べて岩に腰かけるベルトシィナ。緩やかに風が流れ、さわさわと優しい葉擦れの音が響く中、少女は男に尋ねた。
「ベルは、前のパーティを抜けるとき、スキルで″小説″を書いて渡したって言ってたよね。その一つが、あたしの話だったって」
「ああ。そうだよ」
「じゃあ、他のはどんなお話しだったんにゃ?」
「他の話か……」
ベルは、休憩がてら、他の四つの小説の筋書きをシィナに聞かせてやった。
シィナは目を輝かせ、ふんふん、と興味深そうにベルの語りを聞く。
・・・
「――ふはあっ」
すべて聞き終えて、シィナは大きく息を吐いた。
集中して他人の話を聞き続けるのにあまり慣れていないのだろう。
それでも飽きることなく聞き通せたのは、ひとえにそれら物語に人の気持ちを惹きつける魔力が込められているからこそであろうか。
シィナは、ふとあることに気付き、ベルに尋ねる。
「ベルにとっては、″小説″の登場人物だと思ってたあたしが本当にいてびっくり! って感じだったわけでにゃ? ……じゃあ、その他の小説に出て来る人たちも、どこかに本当にいるってことにゃのかな」
「……そうだな。その可能性は高いかもしれない」
「えへへ、じゃあ、これからその人たちに会えるかもしれないね!」
もしそうあれば心底楽しみだ、と言わんばかりに満面の笑みを咲かせるシィナ。
「――特に、あたしのお気に入りは、″女勇者″の子だにゃあ」
「どうしてだ?」
「んー、なんとなく? にゃんかさ、からかい甲斐がありそう」
「からかい甲斐って……。いや別に、もし実在したとして物語通りのような人物だとも限らないけど」
――と言いながらベルは、目の前のシィナと、数日前に紙面上に書き表した『マルク』の二人が対面し、猫の少女が″女勇者″をからかって愉しんでいる様子を、ごく自然なこととして頭に思い描いていた。
いつか、そんなことが現実に起こるかもしれない。そう思えた。
「――さ! きゅーけい終わり! もう行こうよ、ベル!」
「ああ。……あんまり飛ばさないでくれよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、ベルに会わせて、ゆっくり歩いてあげるから!」
笑顔でそう言うシィナだが、自由奔放な猫娘がそれを履行するわけがなかった。
先へ先へと足早に進んで行くシィナ。遅れるベルを常に急かし立て、ときには強引に手を引くなどして彼の体力をゴリゴリと削っていく。
そのせいで予定よりもこまめに休憩を取らざるを得ず、結果、普通に歩くよりもむしろ時間を喰ってしまうのだった。
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「よかった。旅人向けのバンガローがあるみたいだ」
街道は、森の中を突っ切る形で続く。
森の中の道を歩きながら、じきに日暮れが訪れるのを予感し始めていた頃、ふと、太い幹に立てかけられた看板を見かけた。
看板が指し示す先には、街道から枝分かれするように小道が伸びている。その小道の向こうに、旅人向けの宿泊施設があるようだ。
それを見て、ふう、と安堵の息を漏らすベル。
「えー? このまま急いで行けばいいじゃん。頑張れば夜までに町に着けるよ、きっと」
「お前の足ならな。でも生憎、俺はもうへとへとだ。結局町に着けずに森の中でテントを張るぐらいなら、このままバンガローに入った方がいい」
「まったくゥ、ベルってば貧弱サンなんだから。これじゃ先が思いやられるよう」
「ちゃんと予定通りのペースで行ってれば、こんなことにはなってないんだよ……!」
はあ、と重いため息を吐きつつ、ベルは街道から逸れて、看板が示す小道へと入っていく。
すでに体力はぎりぎり。その足取りは足取りに重い。
そんな男の隣につき、まったく情けないにゃあ、などと呆れ顔で言うシィナ。
二人で旅をしているのだから、相手のペースを考慮することも大切なんだぞ、と、ちゃんと教えてやりたいところだが……今はもうシィナにそれを言い聞かせる気力もなかった。




