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聞けば、それは古く猫人族の間で行われる習わしであるという。
独り立ちし、故郷を離れることとなった者は、その猫耳にピアスを空ける。
もちろんシィナは純血の猫人族ではないし、かの種族が行うというその習わしもかなり古いもので、現代ではそれほど重んじられているわけではないとのことだが、
まあ、シィナにとっては自身の血にまつわる慣習に倣わねばという思いより、せっかくだしこの機にピアスなんか開けてみたい……という、単なる好奇心の方が大きい。
そんなわけで、その小さな胸をどきどきと高鳴らせながら、ベルと共に訪れたのは、街の一角にあるピアス専門店。
「いらっしゃい。――あら? あなたは……」
小さな店を営んでいるのは、二十代後半の女性。
妖艶な雰囲気を漂わせる女性は、来店してきた少女を見て、にっこりと微笑んだ。
「シィナちゃんじゃない」
「にゃ? あたしのこと知ってるんにゃ?」
「ええ。あなた、この街では有名人だもの。私、あなたのファンなのよ」
「えっ! あたしの、ふぁん!? にゃはは、あたし知らない間にそんなアイドルみたいにゃカンジになってたのかあ!」
ずいぶん嬉しそうに言うシィナ。アイドルに憧れでもあるのだろうか。
「ええ。あなたがいつか私の店に来てくれたらな……って、思ってたんだけど。まさか本当に来てくれるなんてね。嬉しいわあ。ウチに来たってことは……そのカワイイ猫ちゃんのお耳に、ピアスを開けるつもりなんでしょう?」
「うん! あたしね、街を出ることにしたんにゃ。だから、ピアス、開けてみよーかなって!」
「あら。猫人族の習わし? もう廃れた習慣だって聞くけど。律儀なのね」
女性職人は、ピアスに携わる者として、その風習を知っているらしい。
「猫耳にピアスを開けるのは結構痛いらしいケド……平気かしら?」
女性は、にっこりと微笑むながら少女に尋ねた。
「……けっこう痛いらしいけど。大丈夫か、シィナ?」
付き添いで来たベルは、心配そうにシィナに声をかける。
「ふふんっ、何言ってんにゃベル、そんにゃの、ちょろいもんだよ」
「あら、噂通りの強気な猫ちゃんなのね。ふふ、優しくしてあげるから安心していいわよ?」
女性職人はにこやかな笑みだが……その笑顔がどこか怪しげなものに思えて、ベルは心配になるが、シィナはやる気満々の様子だ、やめておけとは言えない。
「じゃ、ちょっと待っててね、ベル」
そう言って、女性職人と共に奥の施術室へと向かうシィナ。
ベルは黙ってその背中を見送った。
ちょろいもんだと、豪語していたシィナだったが。
施術室に入る。扉を閉じると、がちゃりとカギを締められた。
その瞬間に、不意に不安が込み上げてきてしまった。
壁一面に、物々しい器具が掛けられている。
「さ。こっちよ。どうぞ座って」
女性は、柔らかな笑みを湛えながら猫娘に着席を促す。
ぴく、と肩を震わせつつも、シィナは椅子に腰を下ろした。
かちゃかちゃ、と、器具を準備する女性。
どれが良いかしら、なんて言いながら、愉しそうに笑う。
「あっ、あの……や、優しくして、……くださいにゃ……?」
「ふふ、大丈夫よお。ホラ、肩の力を抜いて」
穿孔器を手にしながら、そっと少女の細い方を撫で遣る女性。
その頬は、なぜか、わずかに上気している。
「あの……、にゃ、なんで、そんなに嬉しそうなの?」
「あら。だって、こんなにカワイイ猫耳に穴を開けてあげられるなんて、ピアス職人としてはとっても光栄なことよ? ふふふふふ」
そう言って、そっとシィナの猫耳に触れる。
「んにゃっ!?」
シィナは、びくっっ、と、肩を震わせた。
獣人にとって、耳は、神経がとても鋭敏なところである。そっと撫でられたらビクリと反応してしまう。
「ホラ。猫耳ってとっても敏感だから、穴を開けるのはけっこー痛いのよね」
「あ、あう、あの、やっぱりあたし――」
「だぁめ、危ないから大人しくしなさい? 痛いって言っても、ほんの一瞬だから……」
不安のため、目じりに淡い涙の粒を浮かばせている少女。
そんな少女の猫耳に、そっと、穿孔器が宛がわれる……。
「あ、あの、優しくおねが――」
と、シィナが口を開いている最中。
――――パチン、と。
「ぃにゃ″あああぁぁぁぁぁ」
……施術室の向こうから悲痛な叫びが聞こえて来る。
ベルは、(だから言ったのに……)と、半ば呆れた様子で施術室の扉を眺めていた。
/
「ベルっ!」
「……大丈夫だったか?」
「へ、へへ、平気にゃ! ちょーっと、痛かったけど……でもこんなのちょろいもんにゃ」
引き攣った笑みを見せながら、シィナは言う。
強情な猫だなあ……、と、ベルは呆れつつも、ぽん、とシィナの頭に手を置いてやる。
「うにゃ、ちょ、今、耳に触んにゃいでッ」
頭に触れたとき、小指の先がちょん、と彼女の耳に触れてしまった。頭の左側の耳だ。
「あ、ああ、すまん。い、痛かったか?」
「痛くは、にゃいけどっ」
――まあ、これは強がりではない。実際もう痛みはない。
ピアス職人は、特殊な治癒魔法を扱う。
穿孔を終えてすぐにその治癒魔法をかけ、穴を安定させてくれるのだ。すぐにでもピアスを嵌められる。
「ああそうだ、シィナちゃん?」
がちゃん、と施術が開き、職人の女性が顔を出した。
「にゃ、なにっ、にゃんですかっ?」
「あのね。猫人族にまつわる風習って、耳にピアスを開けるのと……もう一つ、尻尾の方にも、ピアスを開ける場合もあるのよね」
「……へ? し、しっぽ……?」
「そう。尻尾。うーん、耳の方はまだ一応残されてる風習でしょうけど、尻尾は……たぶん純血種の猫ちゃんたちもほとんどやってない古い慣習ね……。でも、尻尾にピアス通すなんてとってもカッコイイと思うわよ?」
「にゃ、いや、あの……」
「せっかくだし、そっちはサービスでいいわよお? どう、ぜひ?」
「…………」
おそらく、尻尾の方が痛いのではないだろうか……と、シィナは考えたのだろう、かなり葛藤をしている様子で、しばし黙っている。
――当然、別に興味がないのなら断ればよいのだが。
やはりつい強がってしまうらしい……シィナは顔を引きつらせながらも、コク、と小さく頷くのだ。
また、「ぃにゃ″あああぁぁぁぁぁ」と、施術室の向こうから悲痛な鳴き声が響くのだった……。




