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悪魔公女Ⅱ 『ネタバレ倉庫』  作者: 春の日びより
第二章・現代社会見学編
41/47

2-19 悪魔の爪痕


 

『…タス…ケ…テ……』

『……タ……スケ…テ』

『…タ…ス…ケテ……』

 

 そんな『音』が絶え間なく鳴り響く。

 全体像が見えない……。【魔神(デヴィル)】である私がこうなのだから、力があっても人間ならただの天に昇る光……『柱』のように見えるでしょう。

 

 人間の『願い』と『欲望』の集合体。

 渦巻く欲望を『祈り』として捧げられた、人間が生み出した『人』の為だけの神。

 人の究極の理想……真なる神。

 真神……【東京】……。

 

 でも……早すぎる。

 

『……タスケテッ!!!!』

 

 津波のような力の奔流が私を襲う。

「『護りの光在れ、輝聖盾』…っ!」

 即座に展開した輝聖盾と【東京】の力が衝突して激しい衝撃波を撒き散らすと、パキン…と涼しげな音を立てて輝聖盾の効果が消滅した。

「……会話にはならないか」

 仕方ないね……。全力で相手してあげる。

 私の白目の部分が浸食されたように黒く染まり、瞳の色が真紅に変わる。真紅の牙と爪が顕現し、私は悪魔としての全魔力を解放した。

 

 ………ズン…ッ。

 

 私の魔力に大地が震えた。

 おそらく現実世界にも影響が出ている。それまで無人に見えた東京の街に、半透明の人間達が現れて不思議そうな顔で上空を見上げていた。

 その中に何人か……数千人に一人程度の割合で、空を見上げて恐怖に顔を引きつらせた人達が見えた。彼らは神や悪魔が見えるような『魂』の強い人間達だ。

 いいよ。見せてあげる。

 あなた達『人間』の敵である『悪魔』の力を。

 

「『射貫く暗き夜の闇よ在れ』……」

 初めて使う光属性を反転させた『闇』の神霊魔法により、私の手に黒い弓と矢が握られる。

「『夜の弓』…っ!」

 

 物理攻撃力のない、完全な精神破壊用の矢が数百に分かれて東京の街に降り注ぐ。

 

『……タスケテ……ッ!』

 

 【東京】から轟音が放たれ、力となって私の【夜の弓】を相殺した。

 その衝突の余波だけで、あちらこちらのビルの窓硝子に亀裂が走り、人間達の悲鳴が聞こえた。

 それだけでなく、【東京】の生み出した力は天へと昇り、ドーム野球場よりも巨大な八つ首の蛇が私を押し潰すように迫ってくる。

「お任せ下さい」

 私の背後からティナの声が聞こえると、【ゴルゴン】の本性を現した彼女が蛇に変えた黄金の髪で応戦した。

 ……腰に気を失った四十万くんをぶらさげて。それは置いてきなさいよ。

 

 でも……かなり厄介ね。あんなのを際限なく生み出されたら、こっちの手が足りなくなる。

 だけど、いくら【神】と言っても、何の対価も無しに生み出せる訳がない。その証拠に東京の街にいる人達……女性達が貧血を起こしたように蹲っていた。

 人の想いから生まれた真神【東京】を倒す方法はある。

 単純に東京に住む人間を皆殺しにすれば、【東京】はその力の大部分を失い消滅するでしょう。

 だから【東京】は畏れた。

 人間の敵である【悪魔】を畏れた。

 あの襲撃はすべて、人間を悪魔の手から守ろうとした神の『愛』だ。

「……まぁ、ほとんどが自愛なんだけどね」

 【東京】はいつも『タスケテ』と私に命乞いをしていたんだから。

 ……とは言っても、私もさすがに数百万規模の大量虐殺する根性はない。それにこんな味の薄そうな魂を大量に得ても処分に困る。

 こんな時こそ、【吸収】と【解放】で大規模攻撃が出来る双子悪魔がいれば【東京】にも効果的な攻撃が出来るのだけど、居ないものは仕方がない。

 

『タスケテ……ッ!!』

 

 【東京】の悲鳴に大地から細い光に柱が立ち上る。四十万くんの知識から光属性を覚えたのか。

「『天上の夜空より振る闇よ在れ』……」

 私は防御魔法ではなく、闇系の攻撃魔法で応戦する。

「…『夜の雨』…」

 

 空が一瞬だけ夜空に替わり、黒い雨が光の柱を相殺していった。でも今度は私の攻撃のほうが数が多い。

「ほら、さっさと相殺しないと、人間達に当たるわよ?」

 私、めっちゃ悪役です。

 私の声が聞こえたのか、さらに光の柱が立ち上がり私の【夜の雨】を相殺する。

 ちゃんと狙い通りに向こうの力を減らしたけど、【東京】にはまだ余力がある。今は力が拮抗しているけど、このままでは私の魔力のほうが先に底をつく。

 リンネが来てくれれば総量的には【東京】を上回るけど、私達どっちも大規模攻撃は苦手なのよね。

 

「ちょっとやばいかも…?」

 

   *

 

「きゃっ」

「また地震か……」

 とある病院の一室で、数人の男女が不安そうにそんな会話をしている。

 彼らのいる病室では、一人の老人がベッドに横たわり天寿を全うしようとしていた。

 家族に囲まれた死は不幸とは言えないが、それ以上に老人の顔は安らかに見えた。

 彼の前世の名はギアス。

 日本で生まれ、異世界に転生し、故郷に戻る為に沢山の罪を犯しながら、美しい悪魔の気まぐれで失った幸せを取り戻すことが出来た。

「……もう悔いはない……」

「お祖父ちゃん、気弱になっちゃダメだよ」

「そうですよ、父さん。まだまだ長生きしなくちゃ」

「……そうか」

 そう言いながらも家族もギアス本人も長くないことを知っている。

 そして、仕えることを誓った『主』が大いなる存在と戦っていることを、契約の鎖が教えてくれた。

「……いま……お側に……」

 そうして、老人は家族に囲まれながら七十余年の『人間』の人生に幕を下ろした。

 

   *

 

「……ん?」

 何か……来る。

 私の手にあるイチゴ柄の鎖が形を変え、手の中に真っ黒な『魂』が出現する。

 美味しそう。……じゃなくて。

「ギアスさんか……」

 幾多の罪に染まり完全熟成された“からすみ”のような魂は、鈍く光りながら鼓動するように息づいている。

「…………これなら行けるかな?」

 この魂一つで、私の魔力をかなり回復することが出来る。

 でも、二度の異世界転生を耐え抜き、記憶を取り戻し、数多の罪と苦悩で熟成された魂を食用にするのは勿体ない。それに……

「ギアスさん。約束通り私に仕えますか?」

 私の呟きに、ギアスさんの魂が強く光った。

「ふふ、……あなたの魂なら無茶ぶりに耐えてくれそうで嬉しいです」

 若干、ギアスさんの魂が震えたけど気にしない。

「私、ユールシア、【悪魔公女】の名において、汝が魂を悪魔に堕とす。契約により私に仕え、永遠にその忠誠を捧げよ……」

 適当な略式だけど、私は強引に悪魔の魔力をギアスさんの魂に注ぎ込んで、悪魔に転生させる。

 ……どろり…と魂の形状が崩れて、ギアスさんは悪魔の幼生体になって転生が終わった。

 そのまま私は知識を無理矢理詰め込んで、悪魔としての種族と能力を設定し、魔力で無理矢理成長させていく。

 

「ユールシア様っ!」

 危険を知らせるようなティナの声がまた聞こえた。

 あの蛇を倒せたみたいだけど、こちらに飛んでくるティナは魔力が減っているのか、速度が落ちている。

 同時に【東京】からも力が沸き上がってくるのを感じていた。おそらく大規模攻撃が来る。多少の被害が街に出ても私を倒すことを最優先にしたみたい。

 でも私の準備がまだ整っていない。

 私が先か、【東京】が先か……。【東京】の力が高まるにつれ、大地の震えが鳴動するように響き、東京の街から数多くの悲鳴が聞こえてきた。

 ……間に合うかな?

 

「『時の狭間に在る数多の精霊よ、我が魔力を捧げ、その力持て天と空を砕け』…… ディメンションバスターッ!!」

 

「四十万くんっ?」

 突然ティナに拘束されたままだった四十万くんが魔法を使った。でも私にじゃない。その空間系破壊魔法は、まっすぐに【東京】へと撃ち放たれ、溜められていた力をわずかに拡散させた。

 四十万くんは悪魔化した私の姿に微妙に顔を歪め、それでもはっきりと口にする。

「……あれを放置したら拙いんだろ? あれはまだ早い」

「……うん」

「なら、早くしろっ。それと………すまない」

「………」

 四十万くんの言った通り、あれはまだ早い(・・)

 精霊も悪魔もいなくなった世界で、人を生かす為のカンフル剤的な存在に思える。

 あれが……真神【東京】が生まれるには、まだ時が早い。

 まだ怯える幼子のような意思しかなく、今の状態で【神】として解き放たれたら、日本以外の衰退が加速する。

 まぁ、目覚めた原因も私が来たからだと思うけどね。

 だから……もうしばらく眠りなさい。私の準備はもう終わったから。

 

「ギアスさん。私の魔力と共に、あなたに『種族名』を授けます」

 残っていたほとんどの魔力をギアスさんに注ぎ込むと、その姿が変わり始めた。

 

「私の敵を倒せ……魔獣【ベヒモス】…ッ」

 

 グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ………

 

 天と地を振るわせる咆吼。

 岩のような体皮と牛のような角を持つ、山よりも巨大な熊のよう【魔獣】が東京の上空に出現し、咆吼の衝撃波が真神【東京】を撃ち叩いた。

 

『ァアアアアアアアァアアアアアアッタスケテェエエエエエエエエエエエエエエッ』

 

 そのすぐあとに【東京】の大規模攻撃が解き放たれる。

 相殺ではなく相打ち。【ベヒモス】の攻撃は真神【東京】を撃ち、【東京】の攻撃は【ベヒモス】を吹き飛ばした後で私達にも襲いかかった。

 

「『護りの光在れ、輝聖盾』っ!」

 私は全員に【輝聖盾】とそれだけでなく【城塞】【結界】の加護魔法を重ねる。

 悪魔のティナとファニーは『聖』属性の加護に顔を顰めていたけど、直撃を受けるよりマシだし、ついでに四十万くんと恩坐さんをガードして貰いたい。

 なんかあっちこっちでビルが竹のように揺れてる……。色々被害が出てそうだけど、【東京】の攻撃の余波がまだ渦巻いているから私も動けない。

 

 パキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィンッ!

 

 複数の硝子が一斉に割れるような音がすると、私達の周りの空間が破壊されていた。

 これは放っておくと、この国全体に被害が出そう。それに空間を直さないと私達が移動できないんだけど、これ、どうやって直すの?

 

「……こちら側と向こう側……両方から魔力で修復すれば、閉じるはずだ」

 そう言ってきたのは四十万くんだった。

「四十万くん、出来るの?」

「……ああ。やり方も教える。たぶん……そっちの白髪の『悪魔』なら上手く出来るだろう?」

 四十万くんは呟きながらちらりとファニーを見た。悪魔だと分かるのね?

「……四十万くん、あなた、何者?」

「俺は……この世界じゃない『テス』と言う世界の勇者だった。仲間に……この世界から召喚された異世界の勇者に裏切られて殺され、この世界に転生した」

 血を吐くような顔で四十万くんは教えてくれた。やっぱり勇者系か。

「戻りたいの? ……復讐する為に」

「戻りたかった。……だが、この世界でケジメを付ける必要がある」

 

 四十万くんは視線を移し、私もそれを追う。そこには東京の街に同化するように沈んでいく真神【東京】の姿があった。

 さすが【神】だね。あの攻撃でも滅んでいない。まぁ、滅んだらこの日本だけ衰退が加速するから問題あるんだけど。

 

「俺は、あの存在を見張る必要がある。命尽きるまで……」

「そうね」

 憑かれていた時に犯した罪を精算しようとしている。……真面目だなぁ。

 でもそうなると、向こう側から空間を閉じる者が必要だ。向こうに行ったらまたこの世界に戻れるなんて確証はない。

 四十万くんは……私という『悪魔』もこの世界から排除しようしている。さすがは勇者と言うべきか。やんなっちゃう。

 そんな思いも込めて軽く睨むと、四十万くんもそれに気付いて軽く肩を竦めた。

 でも私もそう簡単には引かないよ?

「帰ろうとしていたら、あなたの世界の位置も調べているのでしょ?」

「………一応は…な」

「ふふ、あなたの無念を私が晴らしてあげても良くてよ?」

「………」

 私がニッコリ微笑むと四十万くんは渋い顔をしながら、ファニーに何かを伝えていたみたいです。大変結構。

 私が悪魔でも、ある程度は信頼してくれたのかな?

 

「ユールシアっ」

「リンネっ」

 結界が消滅したのか、リンネが飛んでくるのが見えた。同じく魔力を使い果たして、すっかり縮んだギアスさんがへろへろと戻ってくる。

 これで全員集まったかな? 四十万くんは空間の裂け目から離れて、私達は空間の中に入った。

 神である真神【東京】は眠りについたが、まだ滅んでいない。

 私達も生き残ったけど、この世界から弾かれるような形になった。

 神との戦いは引き分けか……。ううん、数年後か数百年後かまた【東京】が復活するのなら実質負けかも。

 この世界に悪魔の爪痕は多少残せたけど……少し足りないな。

「少し時間をちょうだい」

「ユールシア?」

 リンネや四十万くんが怪訝そうな顔をする中、私はティナから受け取った魂で魔力を補充して、全身に満たす。

 

『人間よ、聞こえますか?』

 

 魔力を乗せた『神霊語』を空に向けて拡散するように解き放った。

 

『今は引き下がりましょう。ですが、百年後…千年後…悪魔は必ずこの世界に戻り、この世界を神共々喰らってあげる』

 

 普通の人には聞こえない。でも魂の強い人間……政治家や国のトップ。力在る者達には必ず聞こえているはず。

 四十万くんの顔も微妙に引きつっていた。

 

『少しの間だけ平和を愉しみなさい。次は悪魔の軍勢と共にお目に掛かりましょう…』

 

 そうして私は、この世界への餞別に、悪魔の爪痕を刻みつけた。

 後は……恩坐さんかな。

 



次回、第二章最終話です。

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魔獣【ベヒモス】 > 正史(?)のクマのぬいぐるみなギアスのイメージのせいだろうか、角の生えたデッカいグルーミーの暴れる光景が浮かんできた! 違う! このイメージじゃない! もっとシリアスなシーンなん…
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