2-18 真 神 ③
2-17に抜けていたセリフを追加しました。
「うがぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
私の威圧を振り払うように、四十万くんは全身から魔力を解き放つ。
うん、半分くらい人間辞めてるね。私の幼なじみである勇者の数倍近い魔力を放っているけど、身体が耐えきれないのか浮き出た血管から血が噴き出していた。
「この子は私が相手するから、手を出さないでね」
そう言うとファニーはこくんと頷いたけど、ティナは私のほうへ一歩近づき、真面目な顔で助言をしてくれた。
「あの者は、全国でラーメンを買いあさっておりました。お気を付けて」
「分かったわ……」
………何を気をつけろと?
ダンッ! と踏みつけた石畳を砕くようにして、私と四十万くんは同時に飛び出す。
風の魔術かな? かなり速い。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「っ、」
横降りに繰り出された大剣を片手で受け止めようとしたら、わずかに押されてしまった。私の腕力は速度に比べて大したことないけど、それでも自動車を投げ飛ばせる程度の力はあるのに、四十万くんはそれを上回っていた。
あの剣の重さと振り回す遠心力があるから、まともに食らったら拙そう。
ブンッ! と振り回す剣撃に私の髪の毛が数本切られて宙に舞う。背後で従者達から怒りの気配が感じられたけど、私はそれを無視して切られた髪の一本を宙で掴み、魔力で針のように硬化させてから四十万くんに向けて指で弾いた。
「…っ!」
そのまま突っ込んでくるかと思ったけど、四十万くんがそれを剣で弾くこともせずに横っ飛びで躱すと、そのまま飛んでいった髪の針は、突き刺さった地面数メートルごと腐らせて消滅した。
良く躱したね、さすが勇者。……避けなかったら死んでたよ。
「ライトニングスピアッ!」
近づくと危ないと思ったのか、四十万くんが魔法を放つ。私の知っている雷撃槍と同じ魔法かな?
「『光在れ』」
神聖魔法の『城塞』と『結界』を纏うと、四十万くんの魔法は私に届く前に、あっさりと消滅した。
「返すよっ。『貫く光在れ』…」
神聖魔法ではなく神霊魔法で生み出した黄金の槍を掲げる。
「『輝聖槍』っ」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
「っ!?」
投げ放たれた槍を全力で回避する四十万くん。
自重は投げ捨てるもの。私の輝聖槍が大きな森を一瞬で蒸発させると、その余波で四十万くんの身体が台風に巻き込まれた傘のように地面を転がっていった。
良しッ、まだ死んでない。
私の『輝聖』シリーズは対悪魔用の『聖』属性兵器だから、光の加護を受けている四十万くんには効果が薄いんだけど、太陽の光を浴び続けさせるだけでも人は死ぬ。
「ごめんね……私、攻撃苦手だからこれ以下は無いのよ」
「うううううううううううっ」
地面転がったまま、覆面が取れた四十万くんが私を睨む。
もう少しかな…?
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ボコ……と、四十万くんの雄叫びに反応するように地面が盛り上がり、そこから現れたのは、三体の奇妙なペンで殴り書きしたような蜘蛛だった。
「ぅわぁ……」
結構きもい。静止画だったら落書きなんだけど、線がうじゃうじゃ動いているのは、見ていて気持ちのいいものじゃない。
『キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ』
蜘蛛たちが奇声をあげると、四十万くんに光や炎が飛んでいく。
「…え?」
「うおおおおおおおおおっ!」
次の瞬間、四十万くんが私に飛びかかってきた。
ダメージが消えてる? さっきのは回復魔法? それと防御系や強化系の加護のように見えた。
繰り出された炎の剣を私は後ろに下がって避ける。さっきのは炎の付呪か。そんなことを考えていると、四十万くんと同じ強化を受けた一体の蜘蛛が私の背後より迫っていた。
バチッ! と物理防御系の『城塞』と魔法防御系の『結界』が蜘蛛の攻撃で火花をあげる。……なにこのきもい『勇者パーティ』は。あと何回か受けたら神聖魔法の加護も消えちゃうかな。
仲間と協力する『勇者』は、その力を何倍にも高めるんだけど。
「ティナ、ファニー、適当に相手してあげて」
「「はいっ」」
でもそんなのに付き合う義理はない。私、痛いの嫌いだし。
奇妙な『戦士』『僧侶』『魔法使い』を従者達に押し付けて、私は四十万くんのほうへ駆け出した。
「『輝聖槍』っ!」
作り出した黄金の槍を、今度は投げずに私は片手で構えた。もちろん私に武術の経験も知識もないけど、威力が違いすぎるから受けることも出来ず、自分よりも速い相手が適当に振り回す槍を避け続けるのは、援護魔法を受けた彼でも難しい。
「ぐ…っ!」
苦し紛れに突き出された剣を槍で弾くと、大剣は真ん中から砕け折れた。四十万くんは残った柄と鍔を私に投げつけるとそのまま私から距離を取る。
そして格好良くそれを打ち落とそうとして空振りすると、柄がカコーンと私の額に当たった。
……四十万くん、許すまじ。
*
「……む」
「……どうした、リンネさん」
最後の蜘蛛を捻りつぶしたリンネが声を漏らすと、恩坐が疲れた顔で律儀にそれを尋ねる。
二人は倒しても倒しても湧いてくる蜘蛛と戦闘を続けていた。
恩坐はリンネとの力の差に唖然としていたが、あの少女の知り合いなら非常識でも仕方ないかと思えるくらいには毒されている。
恩坐は正面から蜘蛛と戦う力はなかったが、彼なりの戦闘経験で、リンネの一撃を受けてもまだ動いている蜘蛛にとどめを刺し、新たに湧き出てきた蜘蛛が形を整える隙を突いて戦っていた。
今まで人間の戦士など働き蟻と兵隊蟻程度の区別しか出来なかったリンネも、恩坐の戦い方をそれなりに感心している。
「……ユールシアが攻撃を受けたような感覚があった」
「な、なにっ!?」
恩坐はリンネの言葉に顔を引きつらせた。
リンネとユールシアに『霊的』な繋がりがあるように感じていた恩坐は、リンネの言葉を疑っていない。ユールシアは気づいていないが、常に彼女の言動を気に掛けているリンネに、同じ保護者枠として共感のような仲間意識を持っていたせいもある。
「くそっ、早く助けにいかねぇと…」
「恩坐は、ずいぶんとユールシアを気に掛けるのだな」
何気ない一言に恩坐も自分で首を捻る。
「……なんだろうな。でもピンチになったら助けるって約束したからなっ」
「そうか」
リンネは子供のような少女との約束を守ろうとする恩坐を不思議そうに見つめ、またぼこぼこと湧き出してきた蜘蛛を横目に見ながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
「それなら、恩坐、行ってこい」
「……は?」
*
「『時の狭間に在る数多の精霊よ、我が魔力を捧げ、その力持て空を斬り裂け』…… ディメンションブレイク!!」
四十万くんが呪文を唱えて魔法を完成させた。
私の知らない魔法だ……。神霊語で勝手に翻訳された感じから、空間系の精霊魔法かな?
「『護りの光在れ…輝聖盾』っ!」
神霊魔法の最上級加護魔法。
属性的には最適じゃないけど、私は膨大な悪魔の魔力でそれを支える。
「…………」
輝聖盾が軋むような感覚があった。四十万くんだけの力じゃないね。でもその力を解放すればするほど四十万くんの身体は血を吹き上げて崩壊していくように感じる。
そして、……その背後にいる『存在』も見えてきた。
「……見つけた」
私は輝聖盾を解除して、四十万くんの精霊魔法の中に突入した。
防御魔法を解除したのは、その繊細な空間の隙間に防御を付けたままでは触れられなかったからだ。
空間系の刃がそんな私の身体を切り刻んでいく。……結構痛い。
「ユールシア様っ!」
蜘蛛たちを倒したファニーとティナが私の盾になろうと割り込んでくる。
空間系の刃が二人を斬り、それだけでなく亜空間みたいな切れ目から新しい剣を取り出した四十万くんは、その剣を私の胸に突き出した。
「…ごふ、」
「………え?」
その剣が突き刺さる瞬間、もう一人割り込んでその刃を胸に受けた。
私の手に巻き付いている『契約の鎖』がきらきら煌めいて、その人……恩坐さんに繋がっていた。
ちょ、なんで恩坐さんがここにいるの!?
「……嬢ちゃん、無事か?」
「恩坐さんっ! なにやってんの!?」
「いや……、なんか…リンネさんが、お前なら行けるって、ぶん投げられて…」
「………ホントになにやってんの」
きっと私が奇妙な気配と戦闘を始めたと感じたリンネが、この結界に入れる恩坐さんだけを『契約の鎖』を使って送ってくれたみたい。
リンネにずいぶん信用されたんだね……恩坐さん。
……だからって、恩坐さんも馬鹿正直に助けてくれなくても良かったのに。
「本当に……お人好しね」
「へへ……ごふ」
血を吐く恩坐さんを、四十万くんは呆然とした顔で見つめていた。
この世界のただの『人間』である恩坐さんを刺したことで、四十万くんに憑いていた気配が剥がれ掛けている。
「とりあえず休みなさい。……二人とも」
「ぐはっ!」
私は四十万くんの剣を握り潰して、そのままあまり手加減せずに彼を殴り飛ばしてから、恩坐さんをそっと地に横たえた。
「ファニー、恩坐さんの手当を。ティナ、四十万くんを拘束しておいて」
「うん」
「かしこましました」
斬り裂かれていてもほとんどダメージを受けていなさそうな二人が、私の命令で動き出す。
私も斬られた身体を魔力で治して、さっき見つけた空間の裂け目に指で触れた。
「……私から隠れられると思わないでね」
力が収束している場所を、私が悪魔の魔力で焼き払い、追い込まれた四十万くんがその力を何度も引き出してくれたから、やっと微かな隙間を見つけることが出来た。
折角恩坐さんが頑張ってくれたんだから無駄にはしない。
じわじわと隙間から魔力を流してこじ開けていく。その隙間が一定値まで広がると、突然ひび割れて、薄皮を剥がすように『世界』の色が変わる。
「………初めまして」
ここと同じようで、でも少しだけ違う世界。
見えている景色は変わらない。でも少しだけ『色』が違う。
悪魔の翼を出して上空へと昇った私は、それに目を向ける。
日本の中心……東京の街に重なるような巨大な影。
日本の新しい文化の中心。日本人の意識の象徴。世界中から沢山の意識が向けられる場所。
たぶん……ここだけだ。八百万の神を祀る日本人だから、こんな街が出来た。
どんなものでも魂が宿ると知っている日本人だから生まれた。
私の中の【魔神】と【人間】の知識が教えてくれる。
人の想いが集中する場所。
人の憧れと、腐った魂が怨念のように渦巻く場所。
小さな想い……微かな想いが、数万…数千万…数億と集まり、それは収束されて一つの【意思】となる。
想いが……願いが生み出した、人間が理想とする真の神……。
「……真神……【東京】……」
次回、悪魔が神に挑みます。




